0070:奇貨一枚目

「全て女で5人だ。既にこの屋敷の客間に2人。そしてこの街に2人ほど滞在し、面接を待っている」


「うわ、待たせちゃいましたか? それは申し訳ない」


「イリス、いや、領主様がいなければ、重要な役職の決定が多い故、裁可は出来ぬと言ってある。まあ、それが普通だしな。屋敷に止め置いた2人は特に有能だぞ」



「パトリシア・エーグスと申します。よろしくお願い致します」


 次の日から早速、というか、すでに待たせすぎな気がしたので早速面接を開始した。履歴書……というか、プロフィール書というのか、身辺覚えを見返す。


◆パトリシア・エーグス 25歳◆

 エーグス子爵家の長女。一人娘であったため、当然の如く子爵家の継嗣として育てられ、本人もそのつもりで行動。領主と成った際に困らぬように、経済学、農学、治水学など様々な学問を学んだ結果、婚期(この世界の女性の14〜18歳。遅くとも20歳までにというのがギリで、それ以降は何か問題があると思われても仕方ないらしい)、結婚適齢期を逃してしまう。

 子爵領の副領主として補佐に付いていたが、数年前に現領主である父親が再婚し、若い義母が嫡男、さらに次男を出産。当然の様に義母から、息子達の将来に影を及ぼすとして存在を疎まれるようになり、最終的には蟄居を命じられていた。


「私は……悔しいのです。全ては我が領のために学んで来たことが、何にもならず、朽ち墜ちていくことが。全ては女であるから。女の身である以上、領地経営には相応しくないと。弟達が生まれる前はあれほど、私がいてくれて良かったと……感謝の言葉を述べていた父が。もはや、あの父、そして憎き義母を見返せるのであれば、領主の地位などどうでも良いのです。私は私の力で、私を蔑ろにした者達に、私の力を見せつけてやりたい。家を出て参りましたので、エーグスの名は絶縁状が届き次第捨てねばなりませぬし、出奔してきた身としては差し出せる財貨も幾ばくかしかございません。使えるものはこの我が身のみとなってしまうのが不甲斐ないとは思いますが、伯爵様にはよろしくご高察お願いしたく」


 目が……怖い。……初期のモリヤ隊の方々……よりもヤバイ。赤毛のパトリシアは……顔立ちは北欧系というのだろうか? ちょい面長? 可愛い系ではないな。美人系か。美人? うーん。ギリギリ?

 でもなんか、目が怖い。アレで迫られたらちょっとヤダ。目の大きい女優さんがホラー系の映画の主役をやってる感じ?


 が。提出された、彼女がオベニスに着いてから街を巡り考察した街の改定案は、ほぼ、俺の考えていたモノと一致していた。さらに、治水工事の施行方法、スケジュールなど、おおよその試案も提出してくれている。この世界の工事の実情についてキチンと理解出来ている! 素晴らしい!


 俺がやるとどうしても、日本の常識と交じってしまって、リアルにまとめるのに時間がかかるのよ。現場監督、総監督、さらにその上の責任者も問題無さそうだ。


 これで経済、税に関してもいけそうなら……トンデモナイ逸材だ。まあ、でも、そりゃそうか……領主として1人で立つ予定だったのだから。


 うちの領主様があまりにも正反対なために、普通の領主がどれくらい仕事が出来るのか、サッパリ判らないからな~。


 というか、彼女のような……うーん。同時に幾つかの事案を検討、進行させながら、発展的な提案も重ねて、失敗を含めて未来の姿を思い浮かべる……というタイプの人、いるんだな。なんか非常に少ない気がする。

 この世界なのか、国なのか判らないが。ファランさんなんてもの凄く賢いし、知識もあるのに、新しい何かを始めるのが非常に苦手な様だ。


 まあ、こういう人は尽く国を率いているのかもしれない。ってああ、男限定だけど。で。女性もこのタイプはさらに少ないのだが、政治や行政に関わることが無いので、人材がいたとしても見逃されているってことだろう。


「あ、ああ、どうだ、モリヤ」


「?」


 イリス様にぐいぐい迫っていたパトリシアはこの段階になって、初めて、俺の事を認識した。と思う。品定めするかのような目線で見つめられると、さらに怖くなる。切れ長の細目ってスゲー目力あるんだなぁ。


「ええ、素晴らしい逸材だと存じます。パトリシア様であれば何の問題も無く、領地経営の一端をお任せできるかと。何よりも……この街の弱点も指摘していただきましたし」


「……」


「ああ、すまぬな。彼は私の家宰、片腕か。我が領の総務長を努めてもらっている。ショウイチ・モリヤだ。領政に関しては全て彼の管轄になる」


「モリヤで結構です、パトリシア様」


「ああ、ええ、私はパティで構いません。では貴方が上司となるわけですね? モリヤ様」


「いえ、それでは貴方ほどの力量のある方には足かせにしかならないでしょう。イリス様、パティさんは私とは別の命令軸として活動していただいてよろしいですか?」


「ああ、構わない」


「ではパティさん、一番やりたい仕事をお教えいただけますか? お任せしたいと思います」


 パティは思う存分仕事が出来そうな環境に喜びを隠せていなかった。よほど溜まっていたのだろう。


 この領をよくするための仕事であれば、なんでも構わないと言ってくれたので、治水と都市計画を中心に計画を練ってもらうことにした。彼女が一番得意なのは農学なんだそうだが、このオベニス領には平坦な地が少なく、その能力はしばらく生かせそうにない。


 どうせなら、税や領予算をお願いしたかったのだが、お金に関する業務は信頼関係を築いてからでなければと固辞されてしまった。


 この領は俺が指揮するようになってから、異常に書類が増えてしまっている。多分、指揮系統が別になったとしても、最初はパティも鬱陶しく感じる部分があるはずだ。その辺をキチンと説明しなくては。


 ああ、それにしても、書類に使われている紙が異常に質が低い。植物紙だと思うのだが、和紙に近いというか、繊維が粗いというか。だが、俺には生産チート系の能力などほぼ皆無。その手の小説やTVのチャレンジ系番組なんかの、あっさーい知識くらいしか持ち合わせていない。さらに詳細までは覚えてもいない。ネットになー繋がればなーウィキって偉大だったんだなー。ちゃんとネットに繋がる太陽光充電機能付きのスマホがあればなー。




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