0068:強奪
イリス様がこちらも予備動作無く、いつの間にか手にしていたメダル……の様な魔道具を発動させた。魔道具は詠唱がいらない。さらに、イリス様のそれほど多く無い魔力でも問題無く起動する。
予備動作無く、踏み込む。解放された聖なる装備の具合を、若干確認していたような白ジジイに向かって無造作に距離を詰めた。速い。
白ジジイは全くついていけてない。驚愕の顔が変な表情に歪む。
一閃。両手に二刀、構えた剣が振り払われる。
ゴト……。
聖なる防具である篭手が剣もろともテーブルに落ちた。
「!」
声が出ていない。イリス様の長い足が、その落ちた腕と剣もろとも、テーブルを斜めに蹴り上げた。左の剣は同時に鞘に戻している。この辺の流れるような動きが見事だ。
ストップモーションの様に浮いた聖剣を掴み、それでそのまま、大きく踏み込んだ。吹き飛んだテーブルの陰から、いきなり現れたように見えたハズだ。血しぶきが舞っている。
右の剣で今度は黒ジジイの左腕を断つ。実は……これが今回の裏の目的でもあった。斬り落とされた両者の片腕。浮き上がったまま、それを聖剣で突き刺して……奪う。赤いタレを付けたネギマのネギ……のようだ。
「返していただく。我が友の術を」
黒ジジイの顔がさらに驚愕に歪む。実はこいつは自分の娘の術を、呪いを利用して奪い、左腕に紋様を刻み定着させたのだ。白ジジイは篭手部分、肘から先だったのに、黒ジジイは腕の根元からなのは、そこからでないと奪い返せないからだ。
そしてバックステップ。聖剣に突き刺さった腕が2本。長いのと短いの。まあ、あまり……見ていて気持ちの良いモノじゃ無い。
「聖剣は……魔力を与えれば応えるんだったな」
「なっ」
「や、やめ」
切断された身体の心配では無く、切断された方の腕、剣に突き刺さったままのそれを奪い返そうと彼らが動こうとした瞬間……。
2つの長さの違う腕は音も無くボロボロと崩れ落ちた。残されたのは青く輝く聖剣。明らかに、先ほどの白ジジイが使っていたときよりも激しく輝いている。
これで2人の腕の欠損は修復できなくなった。腕の残骸次第だが、ある程度でも残っていれば、高位の癒しの術で回復は可能だそうだ。だが、全く無いところからの消失部位の完全修復は不可能だという。
「王よ。貴方の両腕のさらにその片腕をいただいた。これ以上やるのであれば、命をいただかなければいけなくなるのですが……いかがいたしましょう?」
イリス様が口の端を上げ、笑った。上手い。もの凄く自然だ。が。その分だけ怖い。いい年したジジイ3人が驚愕の顔でこちらも見ている。
「私としてはこの辺で手討ちとするのが、最も穏便な仕置きかと愚考致しますが。いかかでしょう? お急ぎください。治療しなければ、王は両腕を失い兼ねません」
血は止まっていない。黒ジジイは当然として、白ジジイは聖騎士なので、それなりに高位の癒やしの術が使えるはずだ。が……まあ、うん、使わないのでは無く、使えないのだね。先ほどの魔道具。絶対魔法消去、アンチマジックイレースの効果は完璧のようだ。
膨大な魔力を使用するため、そう簡単に使えるようなモノでは無い。それこそ過去に使用された記録はここ百年で2回ほどしか見つかっていないという。が、イリス様は三つ首竜の魔石を所持していた。その魔力を封入? してある。ファランさんの予想では30分以上は起動していられるんじゃないか? だそうだ。それだけあれば……こういうことも出来る。
実は、この魔道具には欠陥がある。武器や防具等に直接魔力を流すタイプの装備には一切効果が無いのだ。つまり、これを使えば……例えば、今イリス様の手の中にある聖剣「のみ」が魔術を施された武器となって、脅威となる。だから最初に奪った感じ。うん。威圧のせいで一切反応ができなかったからね。
白ジジイあたりなら、このメダルの存在を既に理解しているだろう。
「わ、判った、な、何が望みか」
「オベニス領に余計な手出しは御無用。余計なことをしないのであれば、特別扱いも必要ありませぬ。以前に決まった取り決め通りでいかがでしょう? ああ、今回の件の賠償金はいただきます。額はそちらがお決めください。その額次第でどれほどの誠意が込められているのかを判断させて頂きます」
「あ、ああ」
王が力なく頷く。
「今日……「第二王子殿下に化けていた魔族との戦闘」に於いて、第二王子殿下が自らの命と、さらに王の両腕たるお二方の片腕と引き換えに魔族の暴走を食い止められた。さらに各騎士団から選抜された精鋭30名とそれに付き従う者30名が死亡」
黒ジジイがイリス様を睨む。まあ、そういう言い訳を考えるのはこいつの仕事だろうしね。
「そして数日前の話となるが、魔族の奇襲にいち早く対応した、第二王子旗下第四王国騎士団は今回の魔族が率いていた魔物の大集団と、王領マイラ地方に於いて激しい戦闘の上、全滅した」
「なんだと!」
まあ、白ジジイにはちょっとね。うん。ショックだろうね。騎士団が一つ丸々だからね。でも調べればすぐに判るだろうし。
「これが事実ということで。……この国を滅ぼしたいのであれば……この王都を焼け野原にしたいのであれば、オベニスへ攻め込んでいただいても一切問題はありませんが。私は」
今度は王が、先ほどの黒ジジイと同じ様な驚愕の表情を浮かべた。
聖剣を投げ捨て、魔道具のメダルを取りだし、魔力を遮断。スイッチを切る。その瞬間、白ジジイの鎧が淡く光った。アレだ、常時回復系の術が発動するようになっているのだろう。さすがレアアイテム。あっさりと血が止まる。さらに、慌てて、黒ジジイに術を掛ける。まあ、こっちも死にはしない……だろう。多分。
まあでも、死んでも良いよな。ヒトデナシだ。
「ああ、オーバット卿。私は今回の件と共に、我が友の件で貴方の命を奪うことに躊躇はない。王との約束故に今はこれ以上は控えるが……」
強烈な威圧。ピンポイントで貫いたその不可視の力は、黒ジジイの身体の自由を奪う。集中させたその力は……筋肉だけでなく、内臓、いや、人の身体のあらゆる器官を硬直させるようだ。息も出来なくなる。長時間続ければ命を奪うことも可能かもしれないと言っていた。
「今後、御自愛なされよ」
威圧が緩んだ。カハッと口から息吹と共に、嘔吐。赤い血が吹き出る。ああ、やっぱ、身体的に何かダメージを受けていたのか。病気か……いや、寿命か。俺も昔一度やってもらったことがあるんだけど、苦しいんだよなぁ……アレ。ヤツは大魔術士みたいだから、そこまでじゃないかもだけど。
芝居がかったターンでイリス様が3人に背を向ける。それを止めたり咎めたり、追いかけることは出来ないようだ。
立ち去るその姿は……多分。保存しておきたいレベルで絵になってると思われた。
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