0067:ダメ押し

 ミスハルたちが騎士に襲いかかった直後。モリヤ隊の二番手、副頭のアリエリの手引きで、イリス様は再度、王宮に潜り込んでいた。


 王宮、謁見の間に続く正面の入り口周辺は騎士が多く、安易に忍び込むことは出来ない。が。奥のテラスには中に続くドアがいくつも用意されている。当然戸締まりはしているだろうが、中から開けるのであれば、侵入はそう難しいモノでは無い。


 アリエリはイリス様の謁見の際に既に、潜入し、王宮の見取り図の確認、その後は別の部屋に潜んでいたのだ。


 今回の首謀者たちは、未だ、謁見の間にいるようだ。うーん。こちらが「やられる前にやった」ってことを認められないのかな……。この国本当に、大丈夫かな。


 謁見の間周辺にさほどの戦力は残されていなかった。騎士が4名。ちゅーか舐めすぎなんだよなぁ。アレか、他全員は襲撃に向かわせたか。増員というか、補充の騎士が到着してないのか。まだ。遅え。間に合わないよ~王様、それは間に合わない。


 守衛はアリエリによってあっという間に倒される。まずは灯り。灯りの魔道具は投げナイフの一投で木っ端微塵にはじけ飛ぶ。


 暗闇密室でモリヤ隊が相手では、瞬時の対応が必要になる。が。声を上げる前に息の根を止められた2人の騎士。謁見の間の左右に設置されている守衛所は順番に沈黙した。


 ごく普通に。当たり前の様にドアを開けてイリス様が謁見の間に入った。そこにはテーブルと椅子が運び込まれ、正面に王、左右に「聖騎士」と「できぬことなし」の2人。本当に舐めてるのか、思考停止しているのか。危機感なさ過ぎなんじゃないのか? この国の首脳陣。侵入しといてなんだけど、心配になってくる。


 そもそも、あんなことがあって、下手人が近所にいるのに、さっきと同じ部屋で指揮を執っているって……何? まあ、騎士に下命するのに都合が良いとか、あ。そもそも騎士はこの部屋以上に踏み込めないルールとか……そんなか。バカか。


「なっ!」


「貴様!」


 先ほどと違い、イリス様は両の腰に剣を佩いている。着ている装備も「戦闘用」だ。元々は普通の茶色系の皮鎧だったようだが、今ではすっかり濃黒、つや消し黒ってやつだ。まあ、その色のほとんどが魔物や人の血みたいですけどね。


 獲物持ち、物騒な格好で現れたとあって、一瞬にして「聖騎士」が剣を抜いた。その片手剣は淡く青い光を帯びている。これも聖剣とかそういう特別な剣なのだろう。レアアイテムってヤツだ。付与魔術を掛けなくても、常に魔術効果が発揮されているという感じ?


「き、きっさまーーー!」


「何を……」


「ああ、大丈夫ですよ。威圧は使わないでおいて差し上げます。「聖騎士」様以外は会話ができなくなってしまうようですからね」


 うんうん、イリス様……さっきの、最初の謁見時よりはちゃんとセリフになってるので良かった。あまりにも棒読みでビックリしたからな~さっきは。


「さあ、王よ。まだ、やりますか?」


 両腕を広げ、芝居がかったポーズを取りながらのセリフ。イリス様の声。そこまで目立つ特徴的な声では無いし、声を張ったわけではない。が、3人がビクッとした。威圧のスキルは発動していないが、言葉には無意識のうちに載ってしまうのだろう。恫喝ってヤツだ。


「や、やるとはどういうことだ……」


「できぬことなし」……まあ、面倒だから黒ジジイでいいか。黒ジジイが少し苦しい感じで呟いた。彼は身体能力的にかなりツライ様だ。幾ら魔術士でも筆頭ならある程度は鍛えないとじゃないのかなー。身体能力強化系の術とか……使えないのかな? というか、確実に彼よりもひ弱な俺が言っちゃダメ。うん。


「そこの黒ジジイ……あ、いや、オーバット卿の発案であろう、オベニス領に対する策について、ですよ」


 カッ! という擬音が相応しいくらい、3人が同様に目を見開いた。いやーそんな顔しちゃったら、イロイロとバレバレというか……この人たち、諸外国との外交交渉とかどうしてんだろう。

 

「そちらの都合で勝手に殺されるのはごめんです。私自身、そんな死はいただけない、関わってしまった以上、オベニス領の未来も心配ですからね」


 既にこの3人には、威圧と目の前で第二王子を潰すことでこちらの力は見せつけている。さらに話をする余地があると思わせなければならない。


「策はこの国のことを考えてのことでしょうが。蔑ろにされた者はたまったものではありません。そのお顔から考えるに、一度も思い浮かばなかったようですね。こうして飼い犬に先手を打たれて噛まれることを」


「な、何を……」


「くだらない策だと言ったのです」


 ワナワナと……もう、なんていうか、判りやすい。黒ジジイをバカにしていたら、白ジジイが臨戦状態になっている。


ブオッ!


 スムーズな……金属製の鎧を身につけているとは思えない流れるような移動。そして振りかぶった聖剣が青い燐光を撒き散らせながら、ノーモーションで振り下ろされる。


 凄まじいまでのスピード……のようで、そうでもない。イリス様の動きを身近で見て感じているせいかもしれない。


 何ごとも無かったかのように、振り下ろされた聖剣を避ける。しかもほんの僅かな、ギリギリの距離で、だ。ほんの数ミリじゃないだろうか? 他からは捉えられず、すり抜けた……ように見えたと思う。


「還らぬ使途の剣に拘束されし魔の精霊よ、その力を解き我が前に示したまえ。我が契約の名において命ずる。聖なる証の力よ顕現せよ。聖封解放……」


 黒ジジイの詠唱に白ジジイの聖剣と鎧が反応する。青く淡く発していた光が、紫にそして強く光るようになった。ああ、これが聞いていた、聖なる武器防具の、真の力を呼び起こす術なのだろう。


 この2人がいるのであれば、それが確実に使われるというファランさんの予想は正しかった。黒ジジイの攻撃系の術を存分に使うには、室内では狭すぎるのだ。この謁見の間で無ければまた違ったかもしれないのだが。誘眠の術なんかはここで使えば、自分も寝ちゃうしね。

 

 さすがに、この部屋は、魔術による様々な結界が張ってあるだろうし。


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