0066:瞬殺

 あちらの作戦は多分こうだ。騎士たちが館に突入した後も、影はここで待機。館外へ逃亡してきた者を押さえ始末する。そして多分だが……騎士もろとも館の後始末だ。もしもその段で生き残りがいれば当然、それも消し去る。


 影は全てを消し去り影に帰る。なんて言葉があるそうで。


 この国では騎士団よりも影の方が重要な任務を担っているらしい。まあ、確かに他国にもこの手の策略、謀略を軽視する流れがあるのであれば……下手な軍事力よりも遙かに有用だけどね。


 騎士団はそこそこ精強ではあるモノの、周辺他国に比べてそこまで強大な戦力を保有しないメールミア王国。そんな全方位からの侵攻を防いでいるのは、「影」である自分たちだという自負もあるのかもしれない。と。ファリスさんが言っていた。


 ちなみに影の元締めは黒ジジイこと「できぬものなし」のオーバットだ。この組織を創りだし運営しているのも彼だという。数代前にはこの手の隠密部隊など存在しなかったようだ。


 ファリスさんの予想では……今回の、元平民の領主には逃げようのない策略はヤツの発案、主導によるもの……らしい。


 あ、ちなみに影は一切、オベニス領に派遣されていない。この冬の間になんらかの情報収集を行うハズ……と思ってモリヤ隊に常に警戒させていたのだが、無駄になってしまった。腹立たしい。イリス様をオベニス領を舐め腐っている、いた、ということなのだろう。


 結果論として考えれば、それもまた致し方ないか……とも思う。だって……別に自分がスゴイとは思っていないけど、俺がいなかったらこの領はキチンと税金を徴収することも出来ていなかったと思う。そもそもの資料を読み解いて、それに従って指示を出す者が少なくともこの冬には居なかった。ファランさんも言っていたが、あのままだったら自滅するしかなかったのだ。多分。そんな相手に情報収集なんて……しないよな。うん。ちぇ。


 だが、もう遅い。


フツ……。


 音はほぼ聞こえない。モリヤ隊のメンバーは「くゆらせ」と「しょうしつ」をほぼ同時使用することで、周りの影に自らの存在を覚られること無く、対象を排除していく。


 彼女たちの獲物は暗器、極太極大の針だ。魔鉄製の縫い針を箸くらいの大きさにして持ち手を付けてある。それに付与魔術をかけることで、魔術的な防御を打ち破り、その下を貫く。


 ナイフや短剣で切り裂くよりも、人相手であればこちらの方が圧倒的に音がしない。消音の術っていうのもあるみたいだが、現状のモリヤ隊では使える者がいない。


 人を刺した感触が、意識と共に伝わってくる。なかなか……重いが、慣れるしかない。というかもう、慣れた。イリス様の騎士団殲滅はなかなかの歯ごたえだった。


「影……殲滅しました。探知範囲内に存在しません」


 ミスハルからの意識が伝わってくる。では次の仕掛けを。


 目の前には騎士。屋敷を3方向から囲んでいる。これはアレか……謁見の間の隠し部屋、3つに別れていたのは……団ごとだったってことか。んーと。第四は潰した。なので、第一、第二、第三か。第一、第二が国王直属で、第三が第一王子。魔術士はいないということは、第六騎士団は動いていない……んだろうか? 何か別件で間に合っていない? か?


 本格的な魔術士がいれば、影の次に潰しておかなければいけなかったのだが、いないのなら仕方ない。残りは正面から潰させてもらおう。


 屋敷の玄関で音を立てさせる。ただ単にドアに向かって石を投げさせただけだ。突入を今か今かと待ち構えていたいた騎士の意識が一瞬ズレた。


「いつから騎士が盗賊の真似事をするようになったのだ? この国ではそれが当たり前か」


 騎士は……誰一人気付けなかったはずだ。隙を付いて移動し「くゆらせ」を解除しただけだ。ミスハルの両手には短剣。こないだの謁見の間での無双に無駄に力は入ってる感じ? まあ、彼女、イリス様に憧れているからね。うん。


野蛮人ノルドが……」


 驚愕で固まっていた口からやっと出てきたのは……種族的な侮蔑的発言。子供かよ。


「愚かな王に仕えたこと、後悔なさい」


 まあ、うん、可哀想だけど全員死んでもらう。しかも正面から斬殺だ。


ガッ! 


 さすがに訓練された騎士……ということなのだろう。この手の対人遭遇戦の訓練はバッチリされている。ミスハルに対して全方位、まあ、4人が囲むように近づいて行こうとした瞬間に、二本の短剣が一番近かった騎士の首筋を撫でた。


 金属音。膝を突き、ゆっくりとフルプレートアーマーを着装した騎士が倒れた。鈍く低い音、ガシャガシャ……という騒々しい物音を立てて。

 音と共に、その光景に目を奪われた騎士たち。万に一つも、この光景は想定していなかったのだろう。明らかに怯んでいるのが判った。


 怯んだ……とハッキリ判った瞬間に、移動したミスハルが後ろから騎士の命を奪う。為す術無く、打ち果てていく騎士。まあ、夜目が無い時点で夜の戦闘は不利だし向いてない。声を上げることも出来ず無造作に倒れて行く。


 ミスハルが向かい合った正面の敵、10人は数瞬で屍と化した。残りの2方向の騎士もモリヤ隊の2人によってほぼ変わらず瞬殺された様だ。相手が対人戦特化された影で、正面からやり合ったのであれば苦戦もしただろうが、集団戦が職業の騎士団では無理がある。相性の問題もあるだろう。


 そもそも、うちのノルド隊が術的に優秀なのもバレていない……ハズだ。これだけ情報差があれば、瞬殺も当たり前というか。


 ってまあ、それでも1対10で擦り傷も負っていないのはどうかと思うけど。

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