0065:謀略戦
「先ほど……謁見の間周辺にいたのが三十ちょい。そして……その背後というか、後ろから、隠れるように詰めてきているのがさらに同じくらい……でしょうか」
「……影だっけ? 王直属の暗部」
「ですね……暗殺など屋敷などでの戦闘の場合、そっちの方が厄介です」
「本当に?」
「あ、いえ……申し訳ありません。お館様。我々には関係ありません。ご命令あらば数瞬で」
ミアリアはその実力から現在ではモリヤ隊の筆頭となっていた。
モリヤ隊の十人は筆頭戦という模擬戦で勝負を行って、勝った者が筆頭の座を射止めることになっている。やはり、自力や努力が大切なのか、マッサージをする前の実力が大きく影響しているようだ。それが直感的に判ったのか、モリヤ隊では自分が強くなった後も鍛錬を怠る者がいない。良いことだ。
そもそも、直接戦闘用ではない魔術が得意な人もいるのだから、あまり張り合わなくても……と言ったら、
「筆頭は近衛、お館様をお守りする位置です。直接戦闘に秀でている者でなければいけません」
と、強弁された。そう言われちゃったら、しょうがない。
「ミスハル、こちらの戦闘指揮は任せる。眠らせて叩くんじゃ多分意味が無い。正面から。殲滅してかまわないよ」
「了解しました」
「俺は……イリス様に集中するから。向こうは一人だからね。万が一があってはいけない」
「はい」
どう考えても足手まといな俺がここにいる、前線にいなくてはいけない理由。
それは今回、こうして出たとこ勝負で細かい指示を出すためだ。特に謁見の間での交渉? ああ、あれでも立派な交渉なのだ。言わなくていけない事を言う。でないと、ただの暴力となり、今後に繋がらない。……遠隔操作というと言葉が悪いが、イリス様に何か難しい話をさせようとするコト自体が間違っている。
さらに言えば、様々な状況に合わせて返答や対応を用意しておいて……というのもちゃんと踏まえられるか判らない。なので、その都度指示を出す……しかやりようがないのだ。TV番組の収録なんかの様に、まさか、目の前にいてカンペを出すなんてことは不可能なのだし。
ぶっちゃけ……イリス様を始め、ファランさん、ミスハルやモリヤ隊の面々……全員、作戦的な何かを考えるのが苦手過ぎるのだ。策謀を張り巡らそうなんていう人が一人もいない。
まあ、そういうのを職業にしている人は、軍の司令部付き参謀とかじゃないとそんなもんなのかもしれないけど、向いていそうってレベルな人も見つからなかった。
さらに同様の理由で交渉を任せてOKという人もだ。
この世界、なんとなくだが、イロイロと企む人……が非常に少ない気がする。良い言い方をすれば「企む人」が圧倒的に少ないのだ。
何かムカつくこと面倒な事があったら、直接的というか、 力でドカーンとかそんな解決法になるというか。そういう思考になるというか。歴史を紐解いてもここ数百年はほぼ、そんな感じらしい。
なので、罠を仕掛けられて、理詰めで来られると、あっさりと囚われて殺されたりしてしまう。でっち上げられた罪に憤りながら獄中死、なんてのも珍しくないようだ。
イリス様とファランさん、ミスハル。この3人は、戦士、魔術士、狩人、専門職の中ではかなり優秀だ。が……謀略や詭弁という分野の能力は圧倒的に低い。少々不自然なくらい。
特にファランさんは様々な膨大な知識を記憶しているのだが、その応用が苦手過ぎるのだ。知識っていうのは経験不足を埋めてくれる大切な情報だと思うのだが、過去の事例を、現在の状況に重ね合わせて置き換える……なんてことがいまいち出来ない。
それこそ……「過去に第一王子が謀叛を企んだとして、囚われ、処刑された。だが、これは当時の第二王子の企てた冤罪だった」という記録があったとする。それが何年前の何という国での出来事かは覚えているのだが、その情報と同じことが現在でも発生する可能性がある……ということを予想出来ない。騙し騙され……という状況が理解出来てないのかもしれない。
他人を騙そうとする悪人がいないわけじゃないのだ。捏造で陥れようとする邪悪な者も存在する。だが二重三重の謀略で無い限り、大抵の悪巧みは魔道具で露呈されてしまう。悪意から身を守ることは比較的容易なのだ。そのためか、騙し合いの技術が異様に低い気がする。
今回の企みも気付いた俺がスゴイ……みたいになっているが、いやいや、様々な詐欺と隣り合わせの日本人なら普通に、簡単に気がつくだろうというか。だっておかしいんだもん。
こんなことなら、「三国志」に「孫氏の兵法書」とか歴史書、軍記物をもっと読み込んでおけばよかった。ほとんど覚えてないよ……。
「仕掛けます。まずは後ろから。影を墜とします」
ミスハルが臨戦態勢でドアを開け出て行く。モリヤ隊の2人も館の各所から後へ続くのが判った。館に残ったのはミアリアのみだ。戦闘よりも俺の護衛を優先できるのが筆頭の権利……らしい。モリヤ隊の最大戦力を護衛とはいえ、使用しないのはもったいない気がするのだが。まあ、当然、被害が増加するようなら即前線へ向かう約束になっている。
館の周囲、王城の内部は所々に松明が焚かれており、うす明るい所も多い。が。この館の周辺は、妙に暗かった。微妙に松明が灯されてないのだ。死角が幾つも生まれている。
騎士たちが館を囲むように、闇に紛れている。まあ、専門じゃないからだろうが、鎧の金具がぶつかって、たまに音を立てている。鎧の稼働部に布などを当てて音が漏れないようにしたようだが、完全防音とまではいかなかったらしい。
その闇の周囲、騎士を判りやすく囮にしながら。
深い黒の中に影と呼ばれるこの国の暗部、暗殺、対人密偵専門の諜報員が分散して配置されていた。
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