0064:包囲殲滅
「完全に囲まれた様です。……ですが……この建物ごと我々を消す気は無いようですね」
ミスハルが目を瞑ったまま、囁く。さすが昏き森のノルド族随一の狩人。「しゅうい」に感知の術を組み合わせ、かなり詳細な周辺探知が可能になっている。
「燃やしてしまうには王城や主要施設と近すぎるだろうね」
一時期屈辱にまみれたものの、最近では完全復活というか、イリス様の自称近衛隊長(隊員一人だけど)として大活躍している。まあ、ぶっちゃけ、能力的に本当に有能なので、モリヤ隊メンバーと張り合うのはやめて欲しい。
自分でもマッサージのおかげなのは大いに判っているのだろう。俺に対しての態度はまあ、かなり素直になっている。基本敬語だ。が、一時期のモリヤ隊大興奮状態の際に受けた屈辱的な扱い(訓練中の一対一の模擬戦で圧倒的な力量差で何度も「気絶」させられた)を忘れられないらしく、未だに何かと張り合ってくるのが面倒くさい。
何よりも……うちの隊員たちも一切彼女に敬意を抱いていないのがね……。まあこれも愚痴の一つとして聞いたのだが、ミスハルは族長の娘という立場もあったが、幼少時からその能力の高さで「男だけの職業」であった狩人に特例で加わっていた。しかも大活躍。
村の一大事の時も、彼女の英雄的行動+能力の高さのおかげで、イリス様に助けを求めることが出来たのだ。
そんなことは彼女たちも百も承知、命の恩人なのだ。
が。同じ女なのに。なぜ、同じ女なのにあの子だけが……なぜ、同じ女なのにあの力が無いのか。普通に醜い嫉妬。自分たちもそれに気付いていた。
だからこそ、今は対等に嫌味を言い合える様になって、お互いに敵視して悪口を言い合って、張り合っているのだろう。……と思うことにする。里にいた頃は……ミスハルは比較対象ですら無かったので、喧嘩にすら、いや、愚痴の対象にすらなっていなかったっぽいのだから。
「騎士団によって一気に包囲殲滅かな……と思ったけど。ことのほか、真相を広められるのがお嫌らしい。まあ、そりゃそうか。自分で取りあげて貴族にした「子飼い」の伯爵を国の都合とはいえ、自分たちで謀殺しようとしてるわけだし。自国の他貴族は元より、周辺諸国に知られたら……」
まあ、ここまでに到っても、イリス様の力量を理解出来なかったらしい。名声を気にして、戦力を小出しにするとは愚の骨頂。
築き上げて来た国家、王家の中枢が一瞬にして崩壊しかねない……なんてそこまでは思ってはいないのだろうなぁ。
直近の護衛として部屋に残っているミアリアが頷く。
「あくまで裏で殺し……何ごとも無かったかのように消し去りたいのでしょうね」
「そうか…そうだろうな」
「そもそも、予定では既に、イリス様もミスハルも、謁見の間で殺されるか、捕縛され今頃は人知れぬ牢へ移されていたわけで。この人たちは関係者として使用人である我々を消し去るために用意されていたのでしょうね。人数は増えているでしょうが」
イリス様がこの屋敷、城内の貴族用臨時宿泊施設に帰ってきたのが数時間前。第二王子になりすました魔物を瞬殺して、あまりに急な展開に何一つ対応出来ないでいた国王側を横目に、悠々と退出してきた。即逃亡が出来なかったわけでは無いのだが、今回の作戦の目的はそれでは果たせない。
謁見が夕方だったので、今はもう、深夜だ。正直、もっと素早く動いてくると思っていた。寝静まるのを待っていた、闇を待っていた? ということか?
彼らにもう、心の底から「関わりたく無い」と思わせねばならないのだ。まだ折れてない。冷静に対応出来ていない今を逃してはならない。とりあえず、なんかヤバイってことで、行き当たりバッタリで、現存で動かせる戦力をぶち込んできている気がするんだよな。
第二王子になりすましていた魔物は、戦士としての実力だけでであれば騎士団の中でもかなり上位に位置していたという。騎士団長と言えばお飾りであったのが、王族でヤツだけは違うと言われていたほどの有望株だったのだ。頭は確実に悪かったが。
にも関わらず。それだけの実力者が「無手」の相手に、その力を発揮する間も与えられずに沈んだ。しかも剣を抜いていたにも関わらずだ。
つまり向こうは未だイリス様の実力を把握できていない。というか、認められていない。自分が敵う相手かどうかの判断は、王族とか、国を左右するポストに就いている人にとって非常に大切だと思うんだけど……見誤っちゃってるなー。
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