0063:暴力

「オベニス伯、どうかっ!」


 どうか! じゃねーよ。バカ王子のセリフなんて全て意味がねーじゃねーか。まあ、そういう力ずくということは判った。


「これは……如何にすれば、否やを認められましょう?」


 認められないよねー。だって、そんな魔道具を使った証拠は無いんだから。言いがかりなんだから。まあ、逆にこちらも「使って無い」証拠もないんだけどね。討伐しないで放置すれば良かったのかも。というか、誘導できるなら、この王都に連れてきちゃえばよかったかもね。


「正邪石を使ってもらおう」


 王が呟くように言った。


 正邪石。この世界での言葉の真偽はこの魔道具によって判断される。石盤の上に掌を載せて、質問に答える。掌を載せた者に邪な考えがなければ石盤には反応がない。が。嘘をついていた場合、石盤全体が赤く光るのだ。うん、原理は良く判らないけど嘘発見器ってことだろう。


「だがな……あの石には抜け道が或る。非常に稀少だが、掌を載せた者が何を答えても、赤く光るイカサマなモノが存在するのだ。これを使われれば、無実の者が簡単に犯罪者にされてしまう。当然……通常の裁きの場であれば、最初に真偽官が宣誓と共に「我、人で或るや否や。人である」「我、魔物で或るや否や。魔物である」と自問自答して、正邪石が正常に機能しているかの確認が行われる。が。謁見の間ではな……」


 ファランさんの言う通りだった。密室で進行されれば、その石が正しいかどうかの確認がしにくい。出来ない。当然、真偽官はいない。出てこないだろう。しかも、証人はこの場にいる5名のみ。全員共謀しているのだから、どうにもならない。


 用意してあったのだろう。台に乗せられた平たい石が運ばれてきた。運んだのはなんと、黒ジジイだ。まー徹底してること。多分、通常であれば控えの間にいるはずの側仕えたちも遠ざけているのだろう。


「手を置け、女」


 うわーそれにしても頭悪いなー。第二王子。なんていうか、この国大丈夫なのか? イリス様が渋々といった感じで右手を石に載せた。


「汝は大氾濫を引き起こし、我が国の民を傷付けようとしていないな?」


「はい」


 石盤が……鈍く赤く光った。


「やはりか! 貴様……」


「黙れメルニア、オーバット、質問を続けよ」


「はっ。汝は三つ首竜を本当に討ち取ったのだな?」


「はい」


 また赤く光った。


「その三つ首竜が死霊術で蘇り、さらにそれを討ち取ったのであるな」


「はい」


 赤く光った。というか、ソレを何故知っている? 笑。お粗末だなぁ。


「うむ。全て嘘であるか」


 第二王子がこれ以上無いくらいどや顔だ。ムカつくなーまあ、いいけど。


「オベニス伯、爵位を与え、領主として認めたが、残念な結果となったな」


「誰か。この慮外者を取押さえよ!」


 謁見の間の壁が開き、そこから騎士が出現した。既に全員、剣を抜いている。もう、本当に準備万端、演劇として考えれば、リハーサルは何回行ったのだろうか? ってレベルだ。


「王よ」


「なんだ、釈明すべき言葉があるか?」


「この魔物以下が! 貴様のせいでどれだけの民が死んだか」


「大氾濫を引き起こすなどっ!」


「王よ……」


 イリス様が……口の端を上げほんの少し、威圧を解き放った。彼女にとって少しでも、その効果は絶大なのは実戦で検証済みだ。


「王よ……これが貴方のやりようか」


「ぐっ……な、き、きさ、ま、な、何を」


 これくらいの威圧でも、既に王は何もしゃべれない。さすがというか、なんというか、黒ジジイが必死の形相でイリス様を睨み付けようとしている。言葉を発したのは白ジジイ、聖騎士さんだ。


「ほうほうほう……これが正邪石か。私も試してみよう」


 イリスサマーいくら、俺に言わされているとはいえ、棒読みですーもう少し演技というか、本気っぽくー。


 イリス様が無造作に第二王子の腕を取り、引き摺る。威圧されて動けなくなってるだけなので、別に固まっているわけじゃない。多分、現在は圧倒的な握力で腕を握られて、強引な腕力で押さえ付けられているだけだ。


 ちなみに第一王子は思わぬ展開に王の斜め後ろで固まっている。


 掌を石盤に載せた。


「第二王子、貴方は実は王子では無いな? 魔物が化けているな?」


「な、何をいうか! 私はメルニアである!」


 石盤が赤く光った。嘘だ。イリス様は熟練度が上がったのか、限定的に威圧をほどくことも出来るようになっている。王子はなぜ、自分だけしゃべれるようになっているのかも気付いていない。


「なんと第二王子、貴方は本当に魔物なのか?」


「そんなバカな! 私は王子である」


 赤く光った。これも嘘だ。


「第二王子、貴方は魔物で、我が領で大氾濫を引き起こし、三つ首竜を引寄せたのだな?」


「なっ! ち、違う!」


 赤く光った。


「第二王子、貴方は魔物で、我が領で死霊術を使い……三つ首竜の死霊を生み出したな?」


「そ、そんな、それもち、違う!」


 赤く光った。


「第二王子……貴様が魔物ということは……ひょっとして、今現在、王のお命を狙っているのだな? それが目的か!」


「バカなことを言うな! そんなことがあるわけがない!」


 当然。赤く光った。


「なんと! この者は魔物が化けているということか! 王よ、そして「聖騎士」殿、「できぬことなし」殿、そしてミレス第一王子よ、大変なことだ! この第二王子は偽者であった! しかも魔物だ! その上、王のお命を狙っているようだ!」


「そんなわけがあるか! 違う、私は!」


「黙れ、魔物よ! 我が王を惑わすな」


 シャリン……いつの間にか腕を放された王子は腰の剣を抜かされていた。多分、そういう風に、それくらいに威圧をかけられて、怯えたのだ。


「剣を抜いたな? 魔物よ」


 イリス様が何のことも無い様に踏み込んだ……と同時に腕を振上げた。


 その直後。ゴズ……と、鈍く低く、重い何かがひしゃげる音がした。威圧されていた者たちは首を上げることもできない。一切、何が起こったか見ることも、理解することも出来なかった。が。その段階でイリス様は威圧を解いた。アッパーカット……いや、単純に、天井に向かって、瞬間で掴み、ヤツを投げた……のだ。強引に。力技だ。


 ぐじゃり。続けて、謁見の間、正邪石があった台に肉塊と金属の混じり合った何か……が「上から」落ちてきた。


ガシャン! バリン!


 石盤が砕けた。


「お、王子!」


 白ジジイが、何とか声をひねり出す。


「王よ、王子になりすました魔物を成敗致しました。お聞きになられた通り、我が領の大氾濫を引き起こしたのも、この悪魔めの企てだったようです。さらに先日、私が討伐した三つ首竜の死霊。これは不明点が多かったため、報告しておりませんでしたが、それも此奴の仕業だったようで……これで私にかけられていた容疑も晴れましたな?」


「……」


 威圧は既に効果を失っているが、言葉は無い。まだ、誰も何が起こったのか理解出来ていないのだろう。


「王よ、オベニスからの旅程でいささか疲れました。今回のお呼び出しはこれでよろしいですか」


 はっとした様に、動けることを確認したのか、かろうじて、震えるように王が頷いた。


「では。失礼致します」


 イリス様は跪き、正式な礼を行って、おもむろに儀礼の間を退出した。


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