0060:王城

 なんて無駄なことを考えていると次第に王都が近づいて来ていた。緊張感緊張感。やばい。異世界らしい風景に見とれて、旅行客的な余計なことばかり考えてしまっていた。


 馬車の窓から目をやると、簡素な……家とは言えない様な建物が徐々に増えてきている。若干石や木を組んだような跡も見えるが、布張りが主だったりするけど、なんとなく思い出すのはホームレスの人たちのブルーシートテント。そう変わらない。都市の廃棄物で住空間を作ろうとすると似たようなモノになるのかもしれない。


 城壁の外、その周りに貧民窟と呼ばれ貧困層や難民流民が生活しているのだ。


 目の前に城壁と門が見えてくる。その門の外側周辺のかなり広い範囲が貧民窟となっているようだ。王都に門は東西南北に4つ。多分、同じ様な貧民窟が最低4つ存在するということだろう。


 俺たちの乗っている馬車は二頭立てでかなり豪奢な作りをしている。両サイドに大きくは無いが窓があり、薄いのと厚い布の二重カーテンが装備されている。ギヤンクリスタルというかなり透明度の高い(とはいえ、透明とは言えないレベル。外から中は非常に見えにくい。マジックミラーの様な感じ?)平たく成形されたガラスのようなモノがハマっているので問題なく外も見える。


 のだが……密閉性は低い。当然アルミサッシなんかと比ぶべくもないだろう。

 

 何が言いたいかと言えば、そのため、臭いが酷い。馬車の中にいてこれは……ヤバイかもしれない。イリス様たちこの世界の人は平気なようだが。


 悪臭に耐えつつも馬車は進んで行く。もうダメだ……と嘔吐するちょい前に、なんとか、激臭地帯を抜けることが出来たようだ。当たり前の様に息ができなかった。俺よりも能力値が高く感覚鋭敏な人たちがなぜ耐えられる。アレに。


 下水道を完備したオベニスがどんなに文化的衛生的なのかを実感した。というか、下水道が無いと設備や管理にお金をかけられない市民街や貧民窟は、ああいう匂いが普通になってしまうのか。不衛生すぎる。あれは駄目だ。俺、オベニスの周辺で拾われて良かった。王都周辺でここで生活を……ってなってたら絶望していたかもしれない。


 東門をなんなくくぐり抜けた。匂いが収まる。ああ、ここからは下水完備か……。


 領主は馬車に印されている紋章でフリーパスなんだそうだ。まあ、止められたとしても、そもそも、国王からの召喚状があるからね。こちらには。


 王都に城壁は3つ存在する。いま、くぐり抜けたのが外郭、市民区と貴族区を分けているのが第二内郭。貴族区と王城が第一内郭で区切られている。


 第二内郭、第一内郭をくぐり抜けた所で、馬車が止まる。王城、貴族門という場所らしい。当然なのかもしれないが、結構王城の内側部分だ。ってそりゃそうだよな。王族に会う=王族がなるべく動かなくて良いように、城の核心部分に近いのが普通だろうし。


 ここから先は領主のみが王への謁見を許されている。どんなに偉い貴族も、2~3名までしか供の者を引き連れられない。


 貴族門を通った馬車溜まりというか、ロータリーの様な場所で用件等の確認が行われた。なんでも、ここまで来て、用向きを尋ねてってところまでは初日のワンセット。ご挨拶というか、顔見せというか、王都にはせ参じました、と態度で示すのだそうだ。


 で。基本このまま王都の屋敷で滞在し、数日待機しているとお声が掛かるシステムらしい。呼んだの自分なのに、もったい付けるこって。


「オベニス伯様、火急とのことでございます。すぐにでも……と」


「了解した」


 執事っぽい人が馬車に来て言伝ていった。

 

「では行ってくる」


 イリス様と、自称その近衛であるミスハルが馬車を降り、城に入っていく。必要最低限ということで基本、王城内部には当主と側使い1名のみ(うちの場合。もっと爵位が高い? ともう1~2名増える)しか入れない。


 一緒に付いてきた我々はそのまま、駐車場に馬車を置き、馬を預けて、待機のための屋敷(部屋では無く普通に屋敷だ)で待っていることになるそうだ。


 離れとなっている屋敷は最低限貴族生活出来るレベルで設備が整えられていた。調理場や食堂、ホール。メインベッドルーム。貴族が「王族の命令」でここに宿泊することを前提に作られている以上、いつでも使えるように維持しているのだろう。掃除は行き届いている。使用人の住居部分も地味な作りだが、綺麗だった。ベッドも必要最低限な感じで若干堅い。


 まあ、とはいえ、通常は……何かのアクシデントで宿泊とか、出発までの時間を潰すとか、密会に使う……とかって場所なのかもしれない。

 

 屋敷の中でもいちばん大きい部屋が当然、イリス様の寝室。そして次に大きいのが俺の部屋として使われることになった。今回の王都訪問にはモリヤ隊から4名が付いて来ている。


 今居ないミスハルは、モリヤ隊ではない。本人談とはいえ、イリス様の近衛だからね。彼女はマッサージ以後、必要なことはキチンと話す様になった。当然、俺をお館様とは呼ばないが、何となく上司扱いされている気がする。言葉遣いが丁寧なのだ。


 つまり、この屋敷には俺以外に4名の隊員と共に中に入った。


 先ほどから既に断片的にだが、リンクしているイリス様とミスハルの情報が伝わってきている。


 まあ、厄介というか、集中しようとすれば俺の実体の方の行動が疎かになる。慣れてくれば、自分は全く別の行動をしつつ、意識を集中して……なんていうこともできるのかもしれない。けど、今は無理。


 今も既に繋がっている人の意識が中心になるというだけで、こうして自分に与えられた部屋へ向かうことも出来ているし、簡単な会話も出来ている。自分の意識が完全に遮断されるわけではない。だが、今回の戦いの最初の山場なだけに集中した方がいいだろう。


 モリヤ隊のメンバーには部屋の周囲の警護をお願いして、ベッドに腰掛けた。ぶっちゃけ、領主の部屋に比べてかなり狭い。アレだ。ビジネスホテルのちょっとイイ感じ? 椅子とテーブルはあるが、一人用。応接セットは見あたらない。


 意識をイリス様に集中させる。



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