0056:荒れ狂う鬼
「貴様……〝荒れ狂う鬼〟……か?」
! イリス様には何一つ答えないようにお願いしてある。別に起きている者は全員死ぬのだから正体がばれても問題ないのだが、念には念を入れたい。全滅したという情報は伝わって良いが、誰にやられたか? というのはハッキリさせたくないのだ。
っていうか、〝荒れ狂う鬼〟かー。笑。やっぱり通り名っていうか、二つ名があったんだなー。確か前に聞いたときにさりげ無くスルーされたんだよなぁ。まあ、うん。恥ずかしかったんだな。イリス様、結構シャイだからな。というか、直接的すぎるだろ……それにしても。
あ。凄く気にしてるのかもしれない。通り名を告げられた瞬間から、動く速度、そして剣速が増した気がする。伝わってくる感情も……怒ってる! これ、完全に怒ってるヤツだ!
「囲め! さすがにヤツでもこの人数では」
まだ……相手は40人以上は残っている。槍衾……前面一切の隙間無く突き出された穂先。それが上から下へ、下から上へ振り下ろされ、振り上げる。その一斉攻撃は風を伴い、分厚い圧力となって獲物を追い立てる。が。
槍が打ち下ろされ、引き上げられるその瞬間。一度下がった身体がその直前に下へ倒れた。
凄まじい低空飛行での駆け足。膝から下しか動いていないような若干気持ち悪い歩法、走法だ。日本の剣術流派で足を大きく開いて八双に構え、かさかさと音がしそうな足さばきで敵の攻撃を避ける技があった(動画サイトで「気持ち悪い剣術」なんてタイトルが付いて話題になっていた)。
イリス様はほぼ本能、独学でこれを行っている。
師匠もいないそうだ。見せるための洗練された技では無いが、実戦に伴って生み出された本物の技。その対応力はハンパない。
人ではないレベルで地面すれすれを滑空するかのスピードで駆け抜けると共に、集っている騎士の膝下が切り裂かれていく。足首を残して身体がズレる。
当然の様に動揺が走った。騎士にとって鎧甲冑盾は武器の一つだ。動きが鈍くなるという弱点を受け入れてでも防御力を高めているのだ。陣形、隊列も鎧や盾が身を守ることを前提に組み立てられている。
それを今、何をした? 目の前の鬼は。視線の先に残された足首は、足鎧もろとも斬り落とされていないか? 片手剣で金属製の足鎧と共に肉体が切り落とされる。ということは、自分たちが拠り所にしている甲冑、鎧がこの敵には通用しないという事実に今さら気付いたのだ。
まあ、当然、金属鎧を着込んだ相手に対してこんな芸当はモリヤ隊でも無理だ。イリス様しか出来ない。かなり至近距離であれば矢で貫けないこともないみたいだったが、確実に致命傷を与えられるかと言われればそこまでではなかったのだ。
しかも、身体を異常に低くした姿勢からの一撃だ。さっきから凄まじく簡単に人の首が落ちているのをやっと正確に認識したのかもしれない。
怯んだ。
集団が全体に怯んだ。それを確認したわけではないと思うが、イリス様の剣速にさらに勢いが付く。隊列の先頭にいた騎士が足首を失って声を上げ、崩れ落ち障害物になった。崩れ落ちる瞬間の腕を落とし、「役立たず」にすることも忘れない。それを冷静に真上から踏みつけてその奥へ斬り込む。密集包囲、さらに武器は槍。振り下ろしの槍衾陣形では、その足下に踏み込まれ、斬り込まれることを想定していない。
ギリギリの所で避けて反撃するために、いくつものかすり傷から血はにじむ。が。それ以上為す術はない。
そもそも。この世界の戦闘は個人差が大きすぎる。幾つかの歴史書というか戦闘記録を読んでみたが、そのほとんどが強者が1人で斬り込み、強力な魔術を使い、数百、数千の軍を薙倒すというのが普通なのだ。
それに対抗するには、こちらも強者を用意するしかない。普通の戦士、兵士が何千人いても無駄だという考え方が定着している。そのため、数百人の強者の所属する騎士団が軍隊の最高単位であり、それ以上は必要ないとすらされている。
これは単純に魔物との戦いで常に戦える者が不足しており、数万人規模の軍隊を組織する人材的、人口的な余裕が無いのも理由の一つだろう。
それこそ、今実際に無双系ゲームの様な強さを発揮して、一個騎士団を戦闘不能状態に陥れているイリス様ですら、すでに多くの傷を負っている。擦り傷レベルとはいえ、彼等の攻撃を一切無効化できているわけではないのだ。
多分、数千では心許ないが、数万人が槍を構えて次々と休む間もなく撃ち掛かれば、歴史書レベルの勇者といえどもいつか力尽きて倒れることになる。つまり「戦争は物量だよ」でお馴染みの数の暴力理論は成立するのだ。だが、その理論が運用しようとしたら机上の空論でしかないというだけだ。
現実にたった1人のために数万人の兵士を用意できないし、イリス様もたった1人で戦っているわけではない。あそこまでではなくとも、それに続く者は揃っている。すると必要な兵の数が数万×3、4、5……とバンバン増えていく。
本当に、本当に現実的では無い。
俺が歴史書や小説、マンガや映画なんかで知った向こうの世界の戦場じゃぁ無い。
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