0057:戦力消去
二本の剣は未だにその煌めきを失っていない。血糊と言うが、文字通り、血が糊の様に絡みつき、こびりついて、刀剣は切れ味が落ちる。
イリス様の持っている剣は迷宮産だ。それほどの名剣というわけでもないそうだが、ミスリル製で魔力を良く通すという。魔力を通す……という感覚は、意識共有時でも未だに良く判らなかったが、それが出来ると剣の鋭さ、固さが何十倍にも増加するのだ。RPGで良くあるエンチャント系の魔術というわけではないみたいだが~まあ、似たようなモノだろう。
騎士団は何も出来ないまま、密集隊形の半分以上をえぐり取られていた。しかも振り下ろし後の一瞬の隙に突き崩されたことで次の行動を躊躇しているのだ。
「それでも誇り高き王国騎士団の一員かっ!」
怖じ気づいた兵士を押しのけて、槍ではなく、剣を振りかざした騎士が脇から突出してきた。腕自慢だったのかもしれない騎士。まあ、そういうヤツはどんな世界にも存在する。が、相手の実力を測ることも出来ない実力では……。
「我が名」
そこから先は言うことができなかった。首と胴が切り離されてしまったためだ。そのまま、槍を構えていた騎士たちを削っていく。首を狙う理由は鎧の稼働部で、隙間があり、鎖帷子くらいしか防御力が無く一番致命傷になりやすいからだ。動いてる相手のそこを狙うのがどれだけ難しいかは別にして。
気付けば、密集隊形を築いていた騎士は尽く倒れていた。戦意を失わず槍を向けてきた者は尽く止めも刺されている。
「我々に命じられた策が漏れたということか?」
そこなのかよ? という気もしたが、わざと最後に残されたのは指揮官であろう、炎槍のマニング・レスタル……って、自分が最後に残されたことが理解出来ていないのか。コレは酷い。
「燃えよ、我がグリエンテ」
ぷっ! 思わず、思わず噴き出してしまった。え、マジデ? 敵を目の前にして? スキル宣言? 準備? 時間が一瞬止まるようなゲームならともかく、実戦で? と、それが当たり前だというイリス様からの突っこみが伝わってくる。そうか……この世界での戦闘では名乗りだけでなく、この手のセリフを叫びながら攻撃するのも普通、当然だって言ってたもんな。笑ったのは失礼だったかもしれない。中世の騎士とか、戦国時代の武将とかだってそういう戦いをしていた頃もあったし、そういう人もいたみたいだし。
目の前の太い槍が炎を纏う。未だ駐屯地は各所で燃え続けている。そのため見えにくいが、バックの延焼とは違う、赤いオーラのようなモノが構える槍から発している。無軌道に振り回しているようで、キチンとこちらの進路を阻み、その隙を狙って攻撃を仕掛ける……筋になっている。まあ、でも、それはこちらが普通の相手だったらのことだ。
「大炎舞」
言った! さらに技名も言った! 言っちゃった! わざわざ! 炎の軌跡は確かに演舞のようだった。綺麗だ。持ち手を中心に円が十重二十重に描かれる。隙間無く凄まじい速さで槍が振られる。これはさすが、名のある騎士ということだろう。
イリス様の片手剣がすっとその演舞を去なす。周囲の騎士の槍と違い、反撃できる範囲でさすがに刃を合わせずに避けるのは難しいようだ。流れに合わせてほんの一瞬、刃と穂先が接触する。
ぢっ!
その瞬間、片手剣を伝うように炎が走った。イリス様は当然それを避けるべく動いているのだが、炎とは思えない不自然な素早さ、動きに、一瞬戸惑いが生まれる。その隙を狙って炎の陰に隠された穂先が銀線すら消した状態で下方から不意を撃った。
気付いた瞬間、刺さる直前に引いた右腕に血がにじんだ。篭手の上端のちょい上の部分。イリス様の上腕は革と鎖帷子を縫い付けた厚手のシャツに守られている。冒険者らしいといえば、そうだが、まあ、正直、防御力は心許ない。
そのシャツを鎖帷子ごと数㎝焼き斬り裂いての切り傷。血がそれなりに染みだしているようだが、一切気にしていない。焼いたんなら、火傷になればいいのに流血も誘うのか。なかなかやっかいな技なのかもしれない。
今回の奇襲で初めての本格的な負傷となった。まあ、この時点であり得ないのだが、さすがのイリス様も生き物の様に自由に動く炎には驚いたようだ。
が。それだけだ。傷を負っても一切気にせず、無造作に、イリス様に傷を負わせなお、高速で乱舞回転する槍の隙間にさらに身を躍らせた。一瞬も止まらない。アレだ、大縄跳び、しかも何本もの縄を同時に使用するヤツに参加した時みたいだ。その状態でさらに二本の剣を斜めに合わせて振り始めた。
金属が空気を斬り裂く、甲高い音が聞こえる。ヒュンヒュンという唸りが、次第にギッギッギッギシャという連続した音に変化した。さらに次第に金属をこすりつけたような、耳障りな響きも混ざり始める。
一見、相手の攻撃が激しいため、身体で避けるのではなくて、剣で逸らし始めた……ように見える。が。実際はそうではない。そもそも、あの炎の槍に剣を合わせると、その炎が襲いかかるハズなのだ。なぜ、そうならないか?
正解は、相手の攻撃にこちらが合わせているのではなくて、こちらが一方的に攻撃している状況だから。だ。イリス様の剣線が槍の数倍速く、接触しても炎が剣に乗り移ることができないでいるようだ。それが判ってもマニングは槍を止めることができない。止めれば確実に目の前の剣に巻き込まれるのが判っているからだ。
が。これが演舞では無く実戦である以上、容赦は一切ない。
「ぐっ!」
振り回していた槍がその手から離れ、かなり遠くまで弾け飛んだ。重い音が響く。擦り上げた剣は、槍を持つ手、指を削り取っていた。血が噴き出している。左手の四本の指先が裂け落ちたようだ。槍を自由自在に動かすためには支点となる左手が重要な役割を持つ。
踏み込んだのは左足。腰の動きと共に右の剣をヤツの視界に入れる。当然の様に左手を顔の前に持ち上げガード。そのまま、食い込む剣。断たないのはわざとだ。本命は下からの左の剣。一瞬左手と顔、首付近に集中してしまったマニング・レスタルの巨体は、下からの剣線に全く抵抗することができなかった。
自然に、下から上へ。左腕をスッと上へ。手を上げるのと違うのは、剣を握っていることくらいだ。何ごとも無かったかのように股下から左肩へ抜けた剣。文字通りの逆袈裟に斬り裂かれた第四王国騎士団、最後の生き残りの上半身は、下半身をおいて地に倒れ込んだ。
ここに至ってやっと、俺はイリス様以外のメンバーに命令を伝えた。
「予定通り、全戦力を消去せよ」と。
未だ命を繋いでいた騎士や従士たちに、尽く矢が打ち込まれる。
イリス様と一部以外、ほとんどの者が、万が一にも逃げたす者がいないように、包囲警戒していたのだ。
戦える者は全て狩り尽くしておかなければならない。別に騎士団に怨みがあるわけではないのだけれど。総戦力差を考えると、今後の交渉のためにも、今はやらなければならない時なのだ。我々の仲間、守らねばならない人の血を流さないタメに。
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