0055:威圧
モリヤ隊、そしてミスハルと意識を共有して確認する。
非戦闘員は全て睡眠状態のままだ。火は予定通り、厩舎付近を避ける様に、それ以外の方向へ燃え広がっている。
おもむろに意識をイリス様に向けた。すると視点とイリス様の意識がより強く流れ込んでくる。
視界や思考が切り替わった。ハッキリとした色が各所に流れ込んでくる。
そして今、俺に見えているのはイリス様の視線。目の前の暗がりには騎士と従士が寝泊まりしている天幕がいくつも見える。まだ異常に気を付いていないようだ。
さて。イリス様も……マッサージを受けたことでモリヤ隊と同じ様に、新たに出来るようになったことがある。
そのうちのひとつが「威圧」だ。敵に圧力を与え隙を生み出し、注意をこちらに向けさせることができる。戦うコトに慣れていない者は昏倒することもあるようだ。この力、スキル? を意図して使用することができる。
過去、激高したり、気分が乗ってきたときに、いつの間にかこの状態になってしまっていたことはあるらしい。それを思い通りに使いこなせるようになったのは大きいだろう。
やり方は簡単だ。普段は押さえ続けている。それをちょっと開けてやる。瓶の蓋を開ける感じだ。螺旋の切れ込みに合わせて蓋を動かす。そんな風に想像すると、「威圧」は徐々に周囲に溢れていく。
「何者だ!」
大きい。2メートル30……いや50近くあるかもしれない。ちょっとした巨人だ。距離はまだ結構あるが、炎に照らされて偉丈夫が立っていた。他の者たちの影よりもかなり抜き出ている。肩幅、身幅で言えば2倍以上かもしれない。
「威圧」が放たれている中、未だに己を失わないということは……ひょっとしなくても、大物。王国第二騎士団副団長、炎槍のマニング・レスタル……だったか。
第二騎士団の団長は第一王子。第四騎士団の団長は第二王子だ。が。今回の作戦では第一、第二王子は王都でイリス様を弾劾する役割を担っているらしい。そのために現場指揮官として王国騎士団で実力随一と言われている第二騎士団副団長が出張ってきているのだ。
ドサ……
一部の天幕で人の倒れる音が聞こえた。イリス様が押さえていた「威圧」を一気に全て振りほどいた。従士の中には一般人と変わらない者もいたのだろう。
ガチャガチャと慌てて武器鎧を装備しているであろう音が聞こえてくる。すでに戦闘は始まっている。襲われているのだ。決まり事満載のこの世界の戦場ではない。騎士鎧を装備している時間があると思っているのだろうか? まあ、思っているのか。
「答えよ! 何者だ!」
今さら? 既に誰何している場合でもないと思うのだが……ほら。我が主君の剣は既にお前に届くぞ?
無言で両腰の剣を抜く。両手に片手剣装備。だらりと下げたまま、声を上げた者に近づいて行く。向こうは放たれてた火にも対処しなければならない。「威圧」の効果と相まって、やっと自分たちが奇襲を受けているという事が想像できてきたのかもしれない。
「何者だと問うている!」
台地が裂ける重い音が、さっきまでイリス様のいた場所をえぐり取った。
俺の動体視力ではちゃんと見えなかったが、巨人マニングが、その愛槍である「持てる者無し」と噂の炎槍グリエンテを振り下ろしたのだろう。
豪槍とまで言われる太く重い槍は上から下へ叩きつけると大地が抉れ、その瓦礫が四方へ飛び散る。
その結果を確認する間も無く、二本の片手剣が奥にいた2名(多分従者であろう)の首を同時に薙いだ。音がしない。
何も無かったかのように命を絶たれた2人はゆっくりと体勢を崩して倒れ込んだ。
それを知ってか、感じ取ってか、風を切り裂いた豪槍が下から斜め上、横へ、振り払われる。半歩後ろに身を引く。
追撃するかのようにさらに踏み込み。共に振り下ろし。
再度振り下ろされた槍先が台地をえぐり取った瞬間に、斜め上に引き上げられた。腕力で強引に軌道を変えたのだろう。
が。当たらない。
既にその時には、さらに奥の天幕に剣が襲いかかっていた。またも音はほとんど聞こえない。騎士、従士、そこで戦うために準備していた者たちは平等に首を落とされた。
首と血しぶき、それとともに天幕を支えていたロープも切り飛ばされ、天幕が舞う。いくつもの天幕が無造作に破壊され見失ってしまったのか、豪槍は追いかけてこない。そのほんの少しの間に何の障害も無く何人もの騎士が斬り落とされていった。
「敵襲である! 隊列、整え!」
さっきの誰何の声。やはり、アレが指揮官なのだろう。イリス様はなぜ、真っ先に殺さなかったのだろう? まあ、その辺の局所的な戦術は一任したのだから文句ないのだけど。
このまま闇に紛れた襲撃を続けられたらまずいと思ったのだろうか? 対応策としては間違っていない。
彼ら騎士団も……演習は欠かさなかったのだろう。こんな何も無い場所で駐留していたら、訓練しかやることはないだろうしな。続々と天幕から離れ、演習で使っていた場所に人が集まってくる。
だが。うん。別に個別に戦わないと危険だから、奇襲にしたわけじゃないと思うよ……。現実にほら。既にそこは死地だ。
暴風。圧倒的な力を備えた武威。
それを人間に食い止めることは出来ない、災害レベルの暴力。あまりに速く確固たる剣筋によって1回振り下ろすたびに2~3名の首が落ちる。
右の剣で首を。それを振り抜いたまま身体を回して、左の剣が逆から別の首に向かって振り抜かれる。
二刀流の両の剣の重さに任せて回転させているように見えて、そうではない。尋常では無い力によって強制的にコントロールされているのだ。
向き直ると若干距離を取った所で槍を差し出し、盾を構えた騎士たちの密集隊形が完成しつつあった。
ああ、そうか。うん。彼らはここで「イリス様」=「圧倒的な個の武威」と、戦う訓練を重ねていたのだろう。
今目の前にあるのは、予定よりも既に半数程度に削られてしまったが、血反吐を吐きながら鍛錬してきたそれなのだ。
「貴様……〝荒れ狂う鬼〟……か?」
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