0054:先手
冬の95日。想定通りというか、完全に予定通り。理由の書いていない王命での召喚状が届けられた。
「領主は王城に出頭せよ……だけか」
「ファランさんは、この街をお願いします」
「ああ、判ってる」
「では急ぎましょう。イリス様」
「ああ」
次の日にはイリス様と俺、ミスハル、そしてモリヤ隊から6名の計9名はオベニス領を越え、王領マイラ地方に潜入していた。
ノルド族の魔術、はやかけの連続使用で、自らの脚で文字通り駆け抜けたのだ。
普通であれば自分1人に1回1分程度、数回使用するので精一杯らしいが、モリヤ隊のうち1人が専門で行えば、このメンバー全員を通常の5倍近いスピードで長時間移動させることができる。まあ、その術者は今日明日まるまる休ませないと魔術は使えないレベルで疲弊するのだが。
そんな中、確実に俺が1人、足手まといになっているのはまあ、仕方ない。
情けないことにイリス様に背負子を改造したモノで担がれての移動だ。マッサージ後は「特に」俺1人程度の重さは気にならないと言われた。
最初は逆お姫さま抱っこだったのだからさらに情けない。それだけは……とお願いして、改造背負子の出番となった。
「牧場を長期で借り上げて駐屯地にしてるようです。この辺は自衛農や自衛牧畜が多いですからね。王領なので魔物も少ないですし」
森の開けた場所にそこそこ立派な壁が見える。
情報通り、騎士団があそこで練兵しているのだろう。壁内が見える場所から、最終的な偵察を行ってもらっている。
ノルドは遠見の術は使えなくても、狩人の目を持っている。遠くに焦点が合うらしい。種族特性みたいな感じだろうか?
ここは目的地から一番近い山の頂きらしいが、ここへ至る道、さらにこの場所はモリヤ隊のメンバーしか知らないという。偵察用に若干切り開いたそうだ。スゴイ行動力だな……。
リンクしている視界に、練兵が開始されたのか騎乗した騎士が塊になって訓練をしているのが見え始めた。
「本当に、アレが……第四王国騎士団……潰せますか?」
「ああ。問題ない」
「ならばお願いします。計画通り。もう少しで日が暮れます。兵糧を収めてある倉庫に火が放たれたら、それと共に殲滅を」
「殲滅か」
「ええ。今回は戦える者は全て殺さねばなりません。彼らには文字通り消えてもらいます。幸いここは近隣のどの街からも離れていますしね」
火を放つ直前に、供回りの者たちは眠らせる。
一時期最悪に落ちこんだミスハルだが、これまでの行動を謝罪してきた。正直……心から……とは思えなかったが、イリス様、ファランさんに言われていたので、受け容れることにした。
結論として、マッサージを受けることで各能力が上昇。さらにノルド族の魔術以外にも、様々な魔術も取得する。
その時点で、コロッと態度を一変させたのはなんていうか……うーん。まあ、いいか。気にしたら面倒だ。今後も一定期間に一度は俺のマッサージを受けなければ能力が低下すると言われれば……って感じかな?
で。さらにファランさんに師事することで、脅威の急成長を成し遂げていた。特に広範囲の敵を眠らせる誘眠の術は脅威的だ。
この術は通常、敵のパーティの一角「右奥の魔物を中心に使用」なんて感じで対象を意識して使用する。範囲魔法ではあるものの、その魔物以外の周囲にも影響を与えられれば幸運というのが普通だそうだ。が、ミスハルの誘眠の術はある程度ハッキリとしかも広範囲を指定できる。
練兵場から若干離れた厩舎とその付近に張られている天幕は非戦闘系の供回りが寝泊まりしているということが判明している。騎士は下級とはいっても貴族。区別ということなのだろう。
厩舎付近の戦えぬ者たちは既に術で眠ったはずだ。そこと騎士を遮断するように火が上がった。
他のメンバーの配置も済んでいる。この作戦に派遣されているメンバーは全て、「俺と繋がって」いるため、順番に様子を確認し……最後にイリス様をメインに繋がる予定になっている。
俺は第四王国騎士団の駐留地から大体1㎞弱離れた山小屋から作戦に参加していた。さっき偵察で登った山の中腹だ。
緑深い森の中。ここ十数年は使われていなかったらしい。が、先行して偵察していた者たちが拠点として使用するため、最低限の修復、掃除を行ったようだ。椅子とテーブル、さらに簡易ながら寝床も整備されている。
隣には護衛として、はやかけの術で魔力を使い尽くしたモリヤ隊のアリエリが休んでいる。
魔力が無いので術は使えないが、それを抜いても戦士として一流の腕を持っている。
よほどの相手でない限り、この辺りの魔物程度なら大丈夫……だそうだ。まあ、ぶっちゃけ、「俺1人でお留守番」より安心なのは間違いない。
マッサージ対象者との視点&意識共有の限界は半径3㎞ちょいという結果が出ていたが、万が一ということがあってはいけない。なので、この場所なのだ。小心者なので安全領域は多めに取っておかないと。
さらにまだ確定ではないが……対象者の強化が最大に発揮されるのも、多分、その距離なのだ。各地で情報収集にあたっている隊員たちが領都オベニスを出発後、ある程度の時間経過、又は距離が離れると若干の体調不審を感じたらしい。
弱体と言えるほどの能力低下ではないらしいのだが、確実に、何かが足りない気がするという。隊員全員の共通認識のようなので、気のせいではないはずだ。
これは、俺のスキルの弱点にもなりえる重要なポイントだ。特に時間か距離かで、使い勝手が大きく変わる。
ということで。
早々に行われた検証の結果、スキルは俺との相対的な距離に依存することが判明した。この検証は複雑で煩雑な方法(ファランさん談)で行われたのだが、説明も面倒なので結論だけ言うと、マッサージスキルは、俺から離れると徐々に弱体化する。
一切の劣化が確認できなかったのが、半径3㎞以内。最初に確認が取れた劣化は半径10㎞で、微妙だがデータにはそう記録されていた。体力低下、不審など、ハッキリ体感できるレベルになるには大体半径200㎞くらい離れた場合のようだった。
隊員は諜報活動などで俺から離れて行動してもらうことが多いため、不安は覚えたが、200㎞と言えば首都圏、東京の周りかなりの町が含まれていた気がする。直線だと東京〜静岡くらいか? かなり広い、よな。うん。
ああ、因みに日付や時間、距離の話をすると、全て俺が主に使っていた単位で表現される。何だろう。いつの間にか理解出来ている、というか。
ということで、劣化はするのだが、マッサージで新しく使えるようになったスキルや魔術がそれと共に使えなくなる……なんてことは無いようだ。遠い街での潜入調査中にいきなり術が使えなくなったりしたら一大事だった。
それこそ、500㎞離れたら、1000㎞離れたら……劣化も激しくなり術もスキルも使えなくなるのかもしれない。が、それ以上の検証は、今回は間に合わなかったので後回しにした。正直、時間が無いと無理だ。
現時点で重要なのは、スキルの最大効果を得るには、俺が3㎞以内にいる必要があるという部分だった。速やかな部隊行動のためには、俺がそばにいて「繋がる」ことも重要。
ということで、それらが俺がここにいる理由となっている。
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