0053:ユーグラットの誓い

「今後……街の拡充が終わり、事務作業が軌道に乗ってくれば戸籍による個人データを元に収入に合わせた所得税を実施出来るハズです」


 イリス様は頷くのみ。


「戸籍か。ここまで細かく調査している領は……存在しないだろうな」


 そうなんですか? ファランさん……。


 現状すでに、戸籍や職業、収入などの諸データの更新は住民、市民が自ら進んで行うようになり始めている。


「領民カードがあると医療院を利用出来るっていうのは画期的だ。通常、怪我や病を治療するには非常に多額の金が必要になる。それをほぼ無料というのは……」


「大丈夫ですよ? その分は、魔石流通でどうにか出来る計算です。そもそもが……薬師や癒しの術の使い手が、ぼったくり過ぎていたんですよ……」


「それは薄々判っていたが……」


 当然だがこの国に健康保険制度など存在しない。それ以前に、癒しの術なんていう非常に便利な術が存在するにも関わらず、一般の人は病気や怪我になったら薬師による薬草を使った治療すら受けることは難しい。

 単純に癒しの術を使える魔術士が少ないこともあるし、いても莫大な施術料を取られていたのだ。薬師も数が非常に少ないので同じ様なモノらしい。


 実はオベニスの医療院には伯爵家勤務の元使用人が2人。癒しの術の使い手として派遣されている。ノルド族の前に実験台として、屋敷の使用人の中でもイリス様への忠誠心の高い女性にマッサージした。


 ほんのちょっと肩を揉んだだけだったのだが、全員が癒しの魔術を使えるようになったのだ。まあ、そのうちの2人を派遣している。今後もローテーション、交代制で派遣される予定だ。


 イリス様の命令により、出し惜しみすること無く、ガンガン治療しているらしい。その後、ファランさん監修の元、薬草などで治療できる病気などは投薬治療ということになっている。


 たったこれだけだが、この様な施設やシステムがこの世界には無かったのだ。この特典のおかげで領民どころか、難民流民も領民カードを取得するのが当たり前となってきており、積極的に登録するようになっている。


 調べてもらったところ、この国、いや周辺各国含めて、暮らしやすいと言われている土地でも税の搾取率は大体、8公2民くらいだ。

 ヤバいところでは10公0民なんていう、民皆奴隷というムチャクチャな所もあるくらいなのだ。そりゃ流民が減らないわけだ。


「モリヤ、ファラン」


 イリス様の整った顔がこちらを向く。美しいっていうのはいいよね。うん。何をしても絵になる。


「私は以前言った通り、いざとなれば旅に出ようと思っていた。この地で戦いが始まり、さらに血が流れるのだとしたら、それは見たくない。私がいなければ争いも起きまいと。だが。モリヤのおかげでこの地に暮らす者たちの笑顔は確実に増えている」


「いや、それはイリス様が」


「私、いや、私とファランだけではどうにもならなかったからな。モリヤがいてくれて、今後も手を貸してくれるのであれば、この領はさらに良くなるだろう。ならば。私も逃げている場合では無いと思う」


「では」


「戦おう。この地を守るために。力を貸してくれないか」


 こういうのは形が大事だと思った俺は、一歩後退り、片膝を付いて頭を垂れた。


「我が主君に忠誠を」


「あ、ああ、あのモリヤ、そういう儀式っぽいのが良く判らないのだが」


「イリス、堂々としていればいい。モリヤも必要なことしか言ってないからな」


「では私もそうしよう」


「ファラン!」


 ファランさんも俺の横に跪いたようだ。


「我が主君に忠誠を……これでイリスは王となった。部下は我々2人だけだがな」


「小さな国だな」


「では参りましょう、我が主君よ。小さい国ですが、このままただ消し去られるのを待つわけにはいきません」


「ああ」


「私の元いた世界の物語で。三人の志を同じくする者が義兄弟の契りを結び、その後、王国を作ってゆくというモノがあります……生まれた時は違えども、我ら、ここに意を同じくし、願わくば、死してもその意志を伝え合わん」


「おお」


「ああ」


「そして死ぬときは共に」


「共に」


 こうして儀礼も儀式もお構いなしに、極身内で「ユーグラット王国」は建国された。


 ユーグラッドとは生と死の古代神の名で、イリス様の曾祖父の代に一族が営んでいた傭兵団の名前でもあるらしい。業界内でも未だ伝説に近い存在だそうだ。


 王であるイリス様、筆頭魔術士は賢者ファラン。宰相(という名の総務長)として自分。この他に事前に覚悟を確認してある、ミスハル、ミアリアさんを筆頭としたモリヤ隊のメンバー。そして初期に領主館に使えた者たちが加わる。


 まあ、その大きな基準は……マッサージ経験者か否かだ。スキルを使用すると能力も上がるのだが、俺に対する忠誠度、好感度も上がるようなのだ。

 さらにその感覚がなんとなく伝わってくる。純粋に裏切らない、口を漏らさないという安心感はとても重要なのだ。


 なので俺以外は全員が女性。それは当然、この世界の女性蔑視も関係している。女性の王、女王はこの世界では聞いたことがない、存在した記録がないという。


 ここでは未だ、女性は基本子供を産むための道具でしかないのだ。21世紀の地球の常識からは信じられないくらい、その根は深い。


 イリス様は凄まじい力を持った戦士でもあるわけだが、勇者とは呼ばれない。


 勇者は男しかいないのだ。中には俺の様に偏見無くその力を認められる者もいるのかもしれないが、現時点では確認するすべや時間が足りなかった。


 まあ、そんな感じで我が国は建国された……のだが、今のままでは当然、ごっこ遊びの域を出ない。自分たちで名乗るだけなら誰もいない土地で国だと言い張ればいいだけなのだから。


 ユーグラット王国の場合、まずは現在所属しているメールミア王国からイリス様を守らなければならない。建国宣言や国としてのシステム作りは当然、その後だ。


 そもそも……俺が色々と経済的な悪あがきをしても、税収が爆発的に増えることはそうそう無い。


 さらに、このまま流民が増え続けていけば、当然の様に破綻する。そもそも、最初からイリス様の私財を投入していたのだ。しばらく、まあ、国から税の優遇を受けている間、数年は平気だろう。そのうちにどうにかして更なる収入、食い扶持を確保しなければならない。


 そのためにはまずは時間を作る。


 今回の謀略を撥ね除けて、納められるところで納め、しばらくこちらに手を出せない状態くらいまでには持っていく。


 密やかに力を蓄えて、旗揚げするにしろ、機会に合わせるにしろ、まだ、イロイロと足りなすぎる。




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