0052:積雪

 冬の32日。寒い。この国では冬は基本、雪に閉ざされて、外に出ないというのが普通だそうだ。


 が。


 我がオベニス領では、雪はそこまで積もらない。


 うちの領が丁度地形と風の関係でそうなだけで、この国全体で見れば冬期の降雪量は多く、他領では大体50㎝~1m近く積雪しているそうだ。そのため冬期は基本、全ての活動が停滞する。大規模な人の移動、行軍などは春~夏にかけて行われるのは、その影響が一番大きいという。夏期もそこまで暑くなかった気がしたから、気持ち的に北海道ってところだろうか? まあ、雪は少なめでも寒いは寒い。痺れるレベルで寒い。


 そんな中、俺直属のノルド族の10人、とりあえずノルド隊と呼ばれていた彼女たちは、正式にはオベニス領大陸情報部広報課所属となった。そして、別名モリヤ隊と呼ばれることにもなった。彼女たちが俺をお館様と呼んでそれを改めないせいだ。


「どうしても?」


「それだけ我々の忠誠が捧げられているとお思いください」


 さっぱり、取り合ってくれない。


 ま、まあ。名前は恥ずかしかったが、ともかく、モリヤ隊は着実に情報収集に励んでいた。


 冬期は前述の様に家でじっと……策謀の時間と呼ばれることも多く、主に文書で様々な交渉が行われるという。


 そのため……伝令となっている者たちをピンポイントで狙えばわんさか真実が手に入るのだ。


 メルニア第二王子の指揮の下、その近衛的存在でもある第四王国騎士団はオベニス領西の王領マイラ地方、通称第二王子領の東、オベニスとの領境付近に集結し、訓練を続けているそうだ。


 これは、冬期よりも前から開始されており、雪の少ない時期から続々と集結していったらしい。


 正直、なぜそこに騎士団が? と言われてもおかしくないくらい僻地に作られた訓練所だそうだが、冬期で出歩く人やそれを噂する者も少なく、ほとんどの貴族にもなんら違和感は与えていないようだ。 


 そもそも、王国騎士団は王領であれば手続き無くほぼ無制限に行動できるため、第二王子領に駐留していたところで「極秘訓練のため」で全て納得されてしまう。


「第四王国騎士団が中心ですが、他の王国騎士団より豪の者が何名か」


「派遣されてるってこと?」


「合力されたということかと。第一~第六の副長クラス、実力者が揃っているようです。さらに、第二騎士団副団長のマニング・レスタルの姿が確認されました」


 王国騎士団は、第一が国王直属、第二が第一王子、第三が第一王女、第四が第二王子、第五が第三王子、第六は現在適任者不在のため国王直属というのが最新の構成らしい。


 指揮系統はともかく、名目上は各王族が団長を務めている。


 王族という血統による継承だ。まあ、どう考えても諸刃の剣だけど、この世界は未だそういうレベルなんだと思う様にしている。


 まあでも、これで、バカな第二王子の独断専行……では無い事がハッキリした。今回の件は国ぐるみの壮大な謀略なのだ。


 ただ……各種情報を集めてみると、この国の王族は、根本は腐ってもいないし、それほど劣悪というわけでもないようだ。


 まあ、そうか。


 策略的な企てをさっぱり感じられない社会で、力技とはいえ上手いこと、成り上がりの領主を消し去ろうと画策するくらいは準備ができるのだから。賢いのだ。だからこそ、慎重になりやすい。


 ……多分だが、集められてくる情報から、なんとなく今回の筋書きがハッキリ見えてきていた。


 イリス様に対する貴族目線での平民差別、女性差別的な害意はあるかもしれないが、個人攻撃的な悪意は存在しないのかもしれないというのが結論だ。


「イリス様が女性だから……ではありません。偶然が重なってどうしても叙爵させ、領主にするしかなかった平民の新参者を退陣させる。そのためにキチンと準備しています。大氾濫を鎮め、死霊を討伐したイリス様の実力を侮っていないからこその、騎士団。そして選抜メンバーでしょう」


 オベニス領、前領主であるベルニモット・オベニス伯爵の悪評は王国中に広がっていた。この国の領主、貴族のほとんどが、支配者として圧政を敷いていたが、ベルニモットのそれは、暴政、虐政といった平民のことを何一つ思慮していないものに近かった。


 税の強制的な取り立てが行われていたようだし、人身売買などの犯罪行為も黙認、さらに今回の調べで判ったのだが、極秘裏に常習性の高い麻薬(よりも酷い薬)の売買にも関わっていたらしい。


 あともう少し放置されていたら、確実に大規模な一揆や暴動が起きてもおかしく無いレベルだった。文化レベル、社会的に未成熟なこの世界では、この手の暴動は暴動を呼ぶ。全国的な農民一揆、平民一揆、市民革命に繋がる可能性すらあっただろう。


 その辺の報告を受けて来て。やっと気がつけたのだが……実はオベニス領は王都側、王国側から見ると、軍事的に非常に重要な場所に位置している。商業的な経路ではないので気付くのが遅れてしまった。


 北と東で2つの辺境伯領と接しているため、兵站の中継地点として流通を滞らせたくない。さらに魔石。一年を通して魔石を産出できるのは大きい。平地が少ないため大規模な農業を行うには向いていないが、この国の北東の中継拠点としてそこそこ大切な場所なのだ。


 そんなイロイロと大事な場所を不良領主に荒らされてはかなわない。


「そこでこの国の賢い人は考えました。領主をすげ替える最適な方法はなんだろうか? と。その結論が最終的に「貴族同士の力関係を重視した」ものであって「この領地の民」のことはこれっぽっちも考えられていなかったのが、問題なだけです」


「……必要な犠牲……か。……ヤツの言いそうな事だ」


「国としての選択は正しいのかもしれません。ですが、そのために何も知らない者達が犠牲になるのは間違ってます。ですが。……別に俺はそこまで弱者救済がしたいワケでは無いのです。イリス様の様に人間が出来ているわけではないので。ですが、単純に上司がそういう方なわけで。そのイリス様への恩は返さなきゃいけません」


 これは義理人情を重んじる日本人として譲っちゃいけない所だ。


「ということで、やはり、このままだと為す術無くヤリ込まれてしまうので。動いてよろしいですか?」


「ああ」


「以前であれば……逃げるという手もあっただろうが……」


「というか、本心としてイリス様はどうされたいですか?」


「私は……」


「無礼とは思いますが……人の上に。そして我らの立つ以上は考えていただかないと。傀儡では困ります」


 イリス様は顔を上げた。


「私は……魔物が怖い。ヤツラに大切な人をたくさん奪われた。だから街は安全であって欲しいと思っている。そしてその街の安全を保つためにイロイロ面倒なことが必要なのも判っている。私がこの場から去って、上手くいくだろうか?」


「無いわけではありません。多分、前領主よりまともな者が配備されるでしょうし。ですが……私の様な界渡りが言わなくてもお判りだとは思いますが、この国、いや、周辺の国々の常識では、民は搾取されるモノです。ギリギリまで奪われるのが当たり前です。イリス様の治世とは比較になりません。


「治世?」


「小さい所で言えば、街の治め方が穏やかです。当然税は納めてもらわなければ困ります。が、それはイリス様の命令通り出来る限り。結果的に破格の低税率と言っていいでしょう。現在この領に流民として他の領地から逃げてくる者が増え続けているのが、一番現状を物語っているでしょう」


 この領では現在、大氾濫被災の特別措置として一般の民から税は取っていない。法人税として商人に収支を申告させ、儲けの4割を収めさせる方向で動いている。


 ああ、あとイリス様をボスと認め、正規の量を収めるようになった村々から届く魔石もあるが……まあ、アレはイロイロな意味で前科があるのでしばらくはこのままだ。



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