0046:手と足のみ

「じゃあ、その椅子に座ってください」


 ミアリアさんには緊張している様だが、触って違和感が無い事で、それなりに安心もしてくれているようだ。


 魔術のある世界なだけに、謎の力の受け容れに対して門戸は広いのかもな。向こうの世界なら明らかに怪しくて、お縄案件だ。


 この調子なら肩を揉み、脹ら脛を中心に足をマッサージするだけなら、うん。大丈夫だろう。


「俺の固有スキルは強化系の魔術のようなものだと思って下さい。どれ位強化されるかは、その人毎に違います。もしかしたら、効果など無いかもしれません。ただ何かを奪うとか、低下させる事は無いようです」


 現状では、イリス様、ファランさんから能力低下は報告されていない。


「では。いまから貴方の身体に触ることで力を授けていきます」


 彼女が真剣な顔で頷く。


 なんていうか、その手の強化なんて文言……神事、イカサマ新興宗教のマニュアルにあったな〜あれに近いのかもしれない。


 肩に軽く手を置く。緊張しているようだ。全身に力が入ってガチガチだ。その体勢のまま、両側から腕をやさしく揉みほぐしていく。


「あ、ああ、ふう……」


 思わず声が漏れた様だ。まあ怖いよね。そういう世界で生きて来たんだから。


 そのまま前に回り、両腕の先へ向かって片手で揉んでいく。とりあえず、まずは緊張を解いてもらわないとどうにもならない。掌は少々強めに、まあでも軽く指圧していく。


「は、はふ」


 妙に色っぽい吐息が漏れる。……なんていうか、必死で耐えているような気もする。いやいや、まだ何もしていないに近い。マッサージとして考えれば、事前調査みたいなものだ。


 うーん。まあ、いいか。両手を終了して、今度は足先を持ち上げる。室内履きを脱がす。この世界、ちゃんとした屋敷は土足厳禁だ。玄関ホールでブーツを脱ぎ、室内履きにはきかえる。


 つまり、玄関ホールの無い家は土足OKなんだそうだ。


 右の足裏に手を添えて、同時にズボン越しに脹ら脛をクイッと持ち上げる。おお、さすが狩人。女性とはいえ、キチンとした筋肉が素晴らしい。足裏の中心部を親指で押しながら、脹ら脛を少し強めに擦り上げる。


「あああ!」


 え? そんなに? ひょっとして。


「痛かったですか?」


「……い……いえ……あの……いえ、あの、痛くはないのですけれど……それどころか! これがモリヤ様のお力なの……ですね」


「え、ええ、はい」


 まあ、痛くないのなら問題ないだろう。引き続き足裏と脹ら脛を左右順番にほぐしていく。


「あ、ああ……」


「はふう」


「あああああ」


 揉めば揉むほど、吐息がさらに色っぽくなる。ってうーん。なんていうか、ぶっちゃけ、そんなにか? 再度、肩、首。そして上腕部分をほぐしていく。


 あまり強く揉むと揉み返しがあるかもしれないから、そこまで力入れていない。


「あああああああ!」


 い、いきなり、ミアリアさんの全身が激しく痙攣した。何コレ怖い! そしてよく知ってるアンモニア臭。下半身からチョロチョロと音が聞こえる。一気に力が抜けて弛緩。え? 意識が? 失神?


「み、ミアリアさん? ミアリア……」


 あまり揺り動かさない様に、声をかける。


「あ、も、モリヤ様……」


 ハッと気付いた様に顔が赤くなる。


「だ、大丈夫ですか? どこか悪いところがあったとか。体調が優れなかったとか」


「そ、そんなことはありま、ああ。こちらこそ申し訳ありません。お見苦しい。そんな、お漏らしなんて……そんな。ああ……」


 今にも泣き崩れそうだ。


「ミアリアさん、申し訳ない。俺のスキルのせいだ。大丈夫。貴方が悪いわけじゃない」


「そ、そうなのですか?」


「俺のスキルは、効果がハッキリしていないんだ。もしかしたらノルド族には非常に効きがいいのかもしれない。その副作用でこういう反応をしてしまったのかもしれない。なので恥ずかしいことじゃない。悪いのは俺だ」


「は、はい」


 部屋の戸棚に念のため、タオルは用意してあったので、それを渡す。


「とりあえず、今日はこれくらいにしておこう。こんなことになると思わなかったからね」


「はい」


「休んでください」


 あまり、ここにいても恥ずかしさが増加するばかりだろう。俺は早々に部屋を出た。


 うーん。


 食堂にはまだ数人が座って話をしていた。中には今日、この後マッサージを行うはずだった数名も見える。今日の予定は変更になったと伝えて、別邸を後にした。


 なんだ、この凄まじい効果は。


 感じちゃって失禁、失神……というヤツだろうか。


 だけど、あんなちょっと揉んだだけでトンデモナイコトになるなんて、イリス様達の時には無かったし……向こうでアダルト系動画ですら見たことも聞いたことも無かった。ちょっと過敏……過ぎる気がする。


 今後も試してみないと判らないけど、アレが通常の反応だとして。


 イリス様やファランさんがアレだけ「耐えられていた」のは猛者だったからということな気がしてきた。接触型のコミュニケーションに免疫の無いこの世界の女性は、異様に敏感なんじゃないだろうか?


 あ! というか、これじゃ検証データにはならないよなぁ。あれくらいじゃ。


 もう一つの目的……俺のマッサージで能力が強化される……っていうのは達成されたんだろうか? アレだけの時間じゃどうにもならないよな。やっぱり。

 でもなーさすがに……失禁しちゃってるのを無視はできないし。


 次の日。


「お館様、私本当に心服いたしました。どのようなご命令でも完遂致します」


 え? というか、何? 朝から諜報についてのレクチャーのため、別邸にやって来た俺は、ドアを開けた瞬間、ミアリアさんに必要以上にグッと迫られていた。


「ど、どうしたんですか? ミアリアさん、とりあえず、もう少し離れていただけると、あの」


 とにかく距離が近い! 女性、特に美女にこんな間近に迫られたことなど1度も無かった。慣れるわけが無い!


「ああ、ああ、そうでした、まずあの、昨日の成果なのですが」


 数歩下がって、膝を付いた。え? それも……なんていうか。とはいえ、あんな短時間でも効果があったということ?


「今日朝、起きてみると身体の調子が異常に良いのです。とにかく術が使いやすくなりました。お役に立てる思います。あと【きりさき】の術が使えるようになりました。お館様」


 え?


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