0044:斥候

 オベニスに戻り、使っていなかった領主の館の裏の別邸。ぶっちゃけ、敷地内に別邸は6つほどある……。前領主、第二夫人に始まって、多くの妾や愛人がいたってことらしい。


 各邸は領主館よりは小さいとは言え、部屋数……10程度、厨房に食堂、厩付きもあるなど、独立した造りになっている。贅沢ね。


 その一つに彼女たちを住まわせ、基本的な諜報活動についてレクチャーしていくことになった。


 まあ、既に俺の心は完全に、どうやって愚痴から逃れるか? に傾いている。


 それこそ、仕事時以外、自分に与えられている執務室から出ない……ことも出来るが、このあと生き抜いて行くためにはどうしても、彼女たちの協力が必要なのだ。


 俺自身もきちんと彼女たちを、管理者として使えるようにならなければ、マズイだろう。別にアレだ、イリス様がいるからね。トップに。俺は係長的な立ち位置で構わないだろう。


 彼女たちはノルド族の狩人としてはレベルは低いのかもしれないが、ヒーム族の中級冒険者と比較できるくらいの実力はあるのだという。さらに、魔術を使った情報収集に特化すれば、俺の言う目的にこれ以上の適材はいないのではないか? という感じらしい。ファランさん談。


 まあ、そんな人材の宝庫をイリス様も忘れていたので、二人とも同罪である。なぜその辺、気付かないのか。失念しているのか。まあ、言い訳のように言っていたのは、この世界、魔術は攻撃系が最も評価される。ノルド族を雇うとしても、攻撃魔術の得意な者たちは、狩りの主力になるため無理だろう……つまり、雇えたとしても残っている者たちはあまり役に立たないハズ……という先入観で、確定していたらしい。


 現在はこの領土だけで考えれば戦時中なのだ。


 そんな時期の情報収集は最悪、命を落とす可能性も高い。部下をそんな死地へ向かわせるという重い責任は御免被りたいのだが、状況的に逃げ出すことは出来ない。


 ということをファランさんでさえ、朧げにしか理解していなかったのは、なんでなんだろう?


 恐る恐るだが、彼女たちが待ち構えている別邸へと足を向ける。


 とりあえず、まずは諜報とは何か……を徹底することにした。ノルド族も、イリス様とファランさん同様……諜報戦、情報戦といった諜報活動による事前情報の収集はまったく重要視されていないようだ。まあ、普通は魔物相手だもんね。情報収集なんて必要無い……のかな?


 これだけ中世っぽい世界なのだから暗殺とか毒殺とかその手の汚いやり方もあるハズだと思ったのだが、基本的に偉いヤツほど武力的、魔力的に強いので、その手の奇襲、闇討ちはほぼ通用しないらしい。


 毒も、一滴舐めたら即死なんていう劇毒は聞いた事が無いという。


 特に王族等の偉い=強い者を毒殺というのは記録にも余り無いらしい。毒は身体を弱体させるモノ。種類によって効果のある時間、場所、強さが変わる。イリス様たちの呪いの様な扱いだそうだ。


 出来ることなら、王子とか、王とか、今回の元凶を毒殺できないかな〜何て考えていたので、少々残念だ。


 暗殺は褒められた行為ではないが、敵味方双方の被害を少なくすると考えれば、非常に効率的なやり方なのだから。


 まあ、諜報とは情報を入手するための行動で、最優先するべきは各種周辺情報。なかなか理解してもらえなかったが、チェック項目を与えてひとつひとつ確認してもらうしかない。


 さらに一番大切なのは自分の命だ。どれだけ重要な情報を手に入れてもそれを持ち帰らなければ意味が無い。生きて帰ってくるのが非常に重要な任務となる。


 ノルド族は魔術を良く使う。その潜在能力や技能、細やかさは「森」に偏っているものの、隠密性というか、狩人的な行動用として考えれば、ファランさんの魔術よりも使い勝手が良いらしい。


きりさき:鋭い空気の刃。攻撃術。使う者の能力によって斬り刻む力が違う。

はやかけ:瞬発力を強化する。強化術。

かざはや:矢弾に風を纏わせる。付与強化を行う。

しゅうい:自分の周り(100m程度)の状況を掴む。

くゆらせ:自分の身体の周囲を歪めてそこにいないように見せかける。身動き可能。

しょうしつ:自分の身体の存在自体を消す。消えている間身動きは出来ない。


 彼女たちからの情報収集の結果、これがノルド族が一般的に使う術のようだ。確かに……狩人、というか、斥候、隠密。忍びとまではいかなくても、薬売りや歩き巫女なんていう情報収集のための人材として考えると、完全特化型だ。適材適所ってヤツだろう。


 という風に判りやすくまとめてイリス様に報告したら、ミスハルに「術の詳細に関しては出来る限り内密にしておいて欲しい」と念を押されてしまった。


 まあ……種族の切り札みたいなものだろうしな。これ以外にも幾つか極秘の術、大魔術もあるらしいが、伝説レベルであって昏き森のノルドに使える者はいないらしい。


 さらにいえば、全員が全ての術を使える訳ではない。


「私は【きりさき】【はやかけ】が使えます」「【くゆらせ】だけで……」といったように得手不得手が存在する。「厄介払い」というのはこういう意味でもあったのだ。

 というのも、森の狩人としては必須だという【かざはや】【しゅうい】を使える者は少なかったのだ。


 まあ、正直、諜報活動に一番重要なのは【くゆらせ】【しょうしつ】だろうからあまり残念という気もしない。当然【しゅうい】も使えた方がいいのだが。


 食堂に集った10名のノルド族の女性を前に、どうやって警戒厳重な屋敷に入り込むか、そこでは何が重要な情報なのか? などを教えていく。


 街の城壁や屋敷の塀ををどう乗り越えるかは非常に簡単に理解してもらえたが(最初全員が普通に跳び越えると答えた)、結界系の魔道具の確認、敵の武装や馬などの装備の確認、兵站の外見、その数の測定方法……知ってもらわなければいけないことは山積みだった。


 俺だってこの世界のこと詳しくないのに。


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