0043:ノルド族

 予想以上に女が虐げられている世界。まあ、魔物がいるし、暴力が蹂躙する世界。


 多分、イリス様がそれを良いと思っていない以上……打ち破らなければならない壁のようなモノだと思う。


 当然だが種族間での差別も多々あるという。どんだけ壁があるんだか……と思ったが、現代地球社会でも未だに多くの壁が存在していたからな。難しいんだろうな……。その辺を無くすのは。うん。


 話し合いの結果。ミスハルをリーダーとして、この村の女性11人が手を貸してくれることになった。


 ノルド族はヒーム族の生活圏に姿を見せないだけで、この国ではさほど差別を受けることは無いという。魔術士としての力は男女差がほぼ無く、基礎能力がヒーム族よりも優れている場合が多いため、優秀な冒険者として活躍している者も多いようだ。


 優れた狩人で、風の魔術に長けているので、やろうと思えば隠密諜報活動にも向いているそうだ。とはいえ、素人なので最初は普通の聞き込み中心にはなると思うのだが。


 村長の娘であり、村一番の狩人であるミスハルは助けられた時以来、イリス様に強い憧れというか、信奉というか、まあ、思い入れがあるようで、この話を聞いた瞬間に、自分1人でも村を出ると言い切ったらしい。


 正直、村側としては、狩人、戦士として一番腕の立つ彼女の出奔は痛いらしく、本人の強固な意志が無ければ連れて行くことは叶わなかったハズだ。


 彼女には希望通り、イリス様の護衛、伝令、ノルド族の取りまとめ的なポジションで動いてもらうことにした。


 残りの女性10名は……全て「訳あり」だそうだ。ノルド族の女性は長女は村の中で結婚をするのだが、次女、三女は他のノルド族の村へ嫁いでいくのが普通なのだという。なのだが、様々な理由でそれが上手くいかなかった者も存在する。


 つまりそれが、出戻りを含め、少々歳を経た爪弾き者ばかりの「訳あり」ということだ。


 まあ、女性といわれると何となく若い女の人を思い浮かべてしまうが、よく言えば……というやつで、人間で考えれば、若いのはミスハルのみで、それ以外は全員結婚の機会を失った行き場のない「おばさん」……ということだ。


 個人的にうん、正直、かなり酷いと思う。


 種族は違えど、ノルド族にも男尊女卑の基本理念は浸透している。女性と言うだけで、独り立ちもさせてもらえず、悔しい思いを抱えたまま生きている……らしい。


 ミスハルくらい力があれば、女でも狩人として一目置かれる。らしいけど。


 まあ、ぶっちゃけ狩人としても、彼女たちは足手まといでしかないくらいの能力しかないのだという。


「今回の件は厄介払いとでも思っているのですよ……村の長や男共は」


「そうです……か」


「我々には帰る場所はございません。モリヤ様、よろしくお願いいたします」


 イリス様が、俺が彼女たちの指揮を取ることになる……なんて言うから、こんなことになる。なんていうか、昏き森から帰り道の野営3日目。慣れてきたこともあってか、彼女たちの愚痴は凄まじいことになっていた。


 まあ、うん、バイトのスケジュール管理や統括はお手の物だ。


 そして、おばさんたちの無限螺旋愚痴には慣れている。ぶっちゃけ、こういう会話を受け流すスキルには長けていると思う。さらに、そういうおばちゃんたちを上手くのせて、やる気をアップさせる導き方も覚えてる。


 それに……何と言っても、精神的、中身はおばちゃんでも、彼女たちはノルドだけあって外見は非常に整っている。


 美魔女とかそういうレベルじゃない。年齢は大体50~70代だったが、外見はどう見ても20代中盤の美女といったところだろう。

 かわいいというよりは美しい。芸術品みたいなモノだ。そんな女性たちに囲まれているだけで幸せだ……と思う。


 だって、モデル事務所のマネージャーとかに転職でもしなければ、こんな状況は有り得ないのだから。

 

 と。正直、楽勝と考えていた数日前の自分を殴り倒したい。これも仕事、今後を円滑にするために必要と思い、彼女たちに言われるがまま、親身になって愚痴を聞いていたら、いつの間にか俺の心もイイ感じにツラクなってきていた。


「うちの父にしてみればただ飯喰らいが消えただけでしょう。娘が異種族の里で働くというのに。仕事だって狩人の見習いの様な、危険の伴う物。それを判っていて送り出したということは。これは既に私に死んでこいということなのです。ノルド族は仕来りしきたりに厳しいのは先祖代々の常とはいえ、我が昏き森は特にそうなのです。そもそも、森自体がそれほど大きく無く、狩猟で獲物を見つけるのも難しい、採取もそれほどでもないというのが一番の原因なのですが。なので3人目の子供が娘の時点で将来の禍根となるというのは予想し、それに対処しなければいけないわけで、私が女だというだけでここまでの酷い扱いを受けるというのは理不尽でしかないと思うのですが、それを一族の繁栄に結びつけて考えろとか、この森全体として考えろなどという、責任転嫁的な言い逃れで、最後は男が強い、力で言う事を……男が……」


 彼女たちは本当に、本当に、抑圧され、鬱屈していたのだ。


 子孫を育み、種の保存に加わるという本能を刺激する様な正統派路線から外され、生きがいすら見失っていた。

 小さな村では娯楽も少ない。日本のおばちゃんたちにはTVも女性雑誌も、最近ならネットだってあった。それだってアレだけ溜まっていたのだ。


 ちなみに、イリス様は1日目は付き合ってくれていたのだが、2日目からは野営の頃合いになると、さりげなく俺の側から姿を消した。


 哨戒任務、見張りは順番にしているのだが、その手の能力が低く体力も無い俺はローテーションに組み込まれていない。その分、野営時に火の番をしているくらいしか、仕事がないのだ。当然、酒を片手に火の周りには見張りが終了した者たち(=愚痴悪魔)が腰掛けて話しかけてくる。


 と、ここにきてやっと思い出したのだが、そういえば、おばちゃん軍団を率いていた時の俺の最大の武器は、簡易マッサージだったのだ。愚痴を聞きながら、さりげなく肩を叩き、揉み、座らせて脹ら脛を揉む。これは「て○みん」いらずと大好評だった。


 マシンガンの様な愚痴の合間に「あー気持ちいいわー」的な言葉が混じり、必然、トークの回転数が落ちて、最終的には仕事の話なんかもちゃんと出来る。ここではそれがない。接触禁止の風潮、モラル感はノルド族も変わらないみたいだし。


 愚痴に撃たれっぱなしだ。


 さすがに愚痴の嵐を交わしきれなくなっていた俺は使えるものなら何でも使いたい状況になっていたが、野外、野営中にそれが可能な雰囲気を作るのは難しい。


 そもそも、触った瞬間にどんな反応されるかが想像も付かない。とにかく領都へ帰還することに意識を集中するしか無かった。



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