0037:敵は国

「オベニスよりも西一帯の王領を治めているのがメルニア第二王子だ。そんな素振りを見せたこともなかったが……。継承権第1位のミレス第一王子や、継承権第2位のクリアーディ第一王女に比べて、後ろ盾になる貴族や自身の地位、権力も実績も財力も劣っている。確かにこのオベニス領は欲しいかもしれない。それ以上に、三つ首竜を伴った大氾濫を鎮圧したという実績もな」


 さすが。その辺の王宮や貴族事情にも詳しいんですって。ファランさん。


 しかし……そういう事情ならあるでしょうねぇ。その手の策略。巻き込まれる方は迷惑ですけどね。というか、大氾濫……千単位で人が死んでるし。既に。


「それにしても、整理して話されるとイロイロと判るものだな……モリヤは私にも判るように説明してくれるので助かる」


 イリス様は確かに政治力は無い。というか、考えるのが面倒くさいというタイプだが、知力は高いのだ。魔物討伐のための知識も豊富だし、現場での情報分析も鋭い。


 多分、カリスマ的な匂いから、パーティや、戦術レベルの戦闘であれば極上の指揮を執ることができるハズだ。唯々、猪武者として強いわけじゃ無いのだ。


 なので、具体例を出し、情報を対人間、対王国に分解して、思考を向けて解説するだけで、本能的にやるべきことを理解してくれる。箇条書きは大切だ。


 それにしても敵は王子……この国の最大権力者の系譜に連なる者か。そりゃ他国の協力も楽勝で請えるし、吝かではないよなぁ。


 あ。ちょっとまて。王子が、今回死霊術士を使ったということは……。


「あのイリス様、以前潰したって言ってたこの国の死霊術士の家って誰かに庇護されていたとかはないんでしょうか?」


「死霊術は外法のひとつだからな。それを保護する者などいない」


「いや有り得るな。表向きは絶対にそんなことに手を出している素振りも見せようもないが、外法の研究には金が掛かる。……それこそ、本格的に始めたら国家予算を動かせる者でなければ手を出せまい」


 ファランさんは……裏にも詳しい。


 あちゃー。まあでも、国家レベルで考えると必要悪というか、抑止力の一つとして考えられていてもおかしく無い。


 もしもイリス様が潰したヤツラを影で使役していたのが王子、さらに国家だとしたら。良くやったと笑顔で褒め称えながら、内心穏やかでは無かった可能性も高い。これもイリス様が狙われる理由のひとつかもしれない。


「ということは……死霊を使った策略が見事に阻止されてしまったわけですから……」


「何かと隙をついて難癖付けてくる可能性は高い……な」


 ファランさんもイリス様もなんていうか。悠長なことを。これは、この時代から考えて……。


「いやいや、イリス様、大至急警戒した方がよろしいかと」


「何がだ?」


「自分の知る限り、この手の権力者からの圧力に地道に抵抗し、排除し続けると、あっちのプライドがズタズタになります。勝手に。で。現状、搦め手というか……間接的なやり方でイリス様を亡き者にする計画は大失敗に終わりました。しかも最大レベルの大技を、二回連続で撥ね除けたわけで。三つ首竜ってそれくらいの魔物なんですよね? 金も人も……かかったことでしょう」


 ファランさんが頷く。


「そうなると……次は……多分ですが、直接的にケリをつけようとしてくるハズです。よくあるやり方で考えると。手順はともかく、最終的に、イリス様が王都に呼び出されます。それと同時にこのオベニス領に軍が入り制圧され……るとか? で。イリス様は謀叛を画策したとして王都で謀殺。我々主要な家臣団も同時に即殺。当然、新興貴族である当家は取り潰しとなります……するとこの領地は自然に王領に返還。と。これは有り得る話じゃ無いですか? どうですか?」


「……確かに。というか、数十年前にそれに似た事例があったぞ、西の方で。謀叛による爵位返上、一族処刑。その土地は結果的に王領に組み込まれた。そういうことだな?」


 うーん。ファランさんは情報知ってるし、記憶もスゴイのになぁ……なんで、この程度の策に気がつかないのだろうか? 


 彼女がわざと……とか、気付かないふりとか、嘘をついている気はしない。でも、すごく違和感を感じる。良い知恵と悪い知恵に、思考が別れてしまっているかのような……うーん。まあ、今はいいか。


 情報流通の偏った閉鎖社会では、ある程度地位のある高位貴族が「こうである」と言えば、それがまかり通る世界である。明確な物的証拠も必要ない。


「確か偽証を防ぐ魔術とか魔道具はあるんですよね」


「ああ、だが……」


「それが全てに正確に使われるとは限らない」


「その通りだ」


 そもそも、術を使わなくても私は見たのだから、コイツは犯罪者だ! と裁くことが可能なのだ。それが王であり、王に連なる者の権力である。さらに次点で貴族の権力でもある。


「何か理由を付けるハズです。なんの理由も無しに民衆から支持されているイリス様を弑することは、無駄な反乱を引き起こしかねません。大氾濫は自作自演だった。とか」


「! それは有り得るな。敵の手に大氾濫を引き起こせる魔道具があるんだとすれば、イリスがそれを使ったハズだ! と責めたてる気がするな」


 聞けば、この世界の法制度はやはりろくでもなかった……。この国はまだましな方で、というか、国によっては法すら存在しない。


 立憲君主制手前……って15世紀くらいのイギリスってこと? というか、やはり戦国時代前の日本って気もしないでもない。あーこんなことになるんだったら、歴史の勉強もっと頑張っておけば良かったなぁ。


 都市など、多くの人がいる前であれば、当然、派手なことは出来ない。法や大義名分、義理人情、人の噂等、さすがに王や王族と言えども、気にすべきコトが多いのだ。


 だが。


 城内の密室劇で処理されるとか、都市外であれば襲われて命を落としたとしても、大抵が魔物の仕業で済んでしまう。


 そう考えると、まあ。支配側のやりたい放題ということだ。


「そういう策を弄しそうなヤツを良く知っているな……そういえば」

 

 ファランさんの顔が険しい。


「では、どうすればいい? モリヤ」


 いやーイリス様……そんな顔で聞かれても。


 ぶっちゃけ、そんな軍師的な良策思いつくわけが無いんですけど……孔明様じゃあるまいし。知力、政治力100どころか……俺なんかあっても両方50とかの中途半端で使えない軍師系だと思うし。


 ただ、このままだとイリス様は確実に追い詰められる。確定事項だ。というか詰んでるんだよなぁ……こういう時代に権力に逆らった場合、力で潰されるのは確実なのだから。


「何もしない……待つのは、相手の手を増やしてしまうだけかと思います。できればこちらから動きたいところなんですが。向こうの戦力……ってご存じですか?」


「メルニア王子のところなら……第四王国騎士団だな。それに各領の騎士団か」


「第一~第六まである王国騎士団。第一は陛下直属。第二が第一王子。第三が第一王女、第四が第二王子。第五が第三王子が騎士団長を務めている。第一、第二は緊急時の守勢が主な役目となる。逆に第三から第五は、攻め入ることを目的として王直轄領周辺に配備されている。アレは……確か騎士が200か?」


「だな。100が前衛、100が後衛。従騎士がさらに400か。各領の兵は大抵が守備兵で常備兵は多くて100程度のハズだ。大氾濫のような非常事態には、元兵士や冒険者などが兵として加わることになっている」


 ちなみに第六騎士団には騎士団長がいない。別名、魔術騎士団と呼ばれており、王国筆頭魔術士が仕切っているそうだ。各騎士団へ魔術士を派遣するのが主な役割になっていて、騎士団単位で行動することはほとんど無らしい。


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