0013:休息

 村で献上されたアルコール度数そこそこの酒(ワイン系だ。木の実を潰して発酵させ作られているらしい)を応接間のソファで横になりながら口に運ぶ。


 この部屋のソファは元領主所有の特上品で、とにかく座りごこちがいい。ヘタすれば俺の部屋のベッドよりも寝やすいレベルで、お気に入りの場所だった。


 イリス様は大抵奥の修練室で剣の修練を行い、そのまま主寝室で寝る(そうだ。細かく確認はしていない)。


 今のところ領主館で寝泊まりするのは俺と彼女の2人だけだ。使用人部屋もあるので、将来的には俺と同じ様に住み込みで働く使用人も増えるとは思うのだが、諸処の理由により、とりあえず今は全員朝早くに通ってくる。


 とはいえ、イリス様は一番奥まった位置にある領主エリア。俺は玄関すぐ脇の2部屋続いている護衛兵詰め所みたいな部屋を仕事部屋&自室として使用させてもらっていた。


 当たり前だが、仕事でサインが欲しい、何か相談があるなんて場合は、領主の間(イリス様はほとんど修練室にいたが)に行く。そのまま諸処の打ち合わせになることが多い。


 が。それ以外では、食堂で食事をするときくらいしか顔を合わせることはない。というか、普通は領主とか上位貴族が食事をする食堂を使用人が使うことは無いらしいが、イリス様が「関係無い」ということで俺とファランさんはここで食事をしている。


 というか、俺はファランさんの直属的な地位だと言われている様だ。上級使用人とでも言うのだろうか? まあ、領政を司る事務方、役人達にイロイロと指示を出し事も多いからなぁ。そう思われても、仕方ないか。


 まあ、そんなワケで、仕事で疲れた日くらいは、酒を飲んでゴロゴロしても怒られることはなかろうと幸せを噛みしめていたのだ。


 不意にドアが開き、イリス様が入ってきた。ビクッと反応して、寝転んでいた身体を起こす。相変わらずの美貌は俺と反対側のソファに腰を下ろした。


「そのままでいい……私にもその酒をくれ」


「あ、は、はい」


 イリス様はいつもの鎧姿では無く、柔らかそうな生地のシャツにズボン。俺の着ているモノとそこまで違いは無いだろうが、なんていうか、絵になっていた。ユニクロ着ててもイケメン補正ってヤツである。


 サイドボードに並んでいるグラスを取り、酒を注ぎ、差し出す。ソファにもたれかかり、優雅な動きでそれを口に運ぶ。硝子製品は透明度が低く、精度はいまいちだけれども、分厚く無骨なデザインのモノは存在する。


「さすがに強行軍は疲れたな、大丈夫か?」


「は、はい」


 俺が疲れたどうかを気遣ってくれているのだろう。あの道無き山道を行くルート、彼女は全くといっていいほど苦にしてなかった。


「イリス様でもお疲れになりますか」


「私をなんだと思ってるのだ。働けば当然疲れもする」


「村を制した戦いを目の当たりにしてますからね。普通の人とは違うんじゃ無いかなと」


「ちがくない」


 たまになんていうか、もの凄く幼い顔で幼い言動になるのは、彼女の素なのだろうか。


「そうですか。……ではマッサージでもしましょうか」


「? マッサージ?」


「アレ? マッサージ……って聞いたことくらいはありません?」


「……ないな」


「明日に疲れを残さないために、疲労した筋肉をもみほぐすんですが……こっちの世界には無いのかな? そんなバカな」


 マッサージは資格を取ろうと思って講習会に行っていた途中だったのだ。ハロワ通いをしていると、その手の、県や市主催の無料講習の案内を渡される。


 介護系の仕事は結構求人があるのだが、高収入を得るには所持資格が多ければ多いほど良い。国家資格で無くても履歴書に書けるだけで価値はある。


「じゃあ、そのソファにうつ伏せに寝転がっていただけますか」


 布で出来たスリッパのような室内履きを脱いで、横たわる。


「こうか?」


 この世界、というか、この国の国教でもある癒しの女神の教会は非常に厳格な教えで有名で、男性も女性も肌を露出するのを嫌う。


 なのでファンタジー的なビキニアーマーとか一切無いし、踊り子的な薄手の衣装なんかもあまり目にしない。


 マッサージするから薄着に、それこそズボンを脱いでください、というのは無理な話だった。まあ、余計な事を考えなくて良いか。


 それにしても……自分の理想の女性が目の前で横たわり、揉んで良いと言われたら……どうすれば良いのだろう。


 女性慣れしていない普通のオタク男性の答えは「とにかく戸惑う」だ。なんだこれ。つい……自分で言っておいてなんだが……どうしようか。これ。


 そもそも俺は外国の女性に憧れが強かった。日本人の女優やアイドルも良い。当然悪くは無い。

 が。幼少の頃に見たあの情景……家庭教師、おばさん、従兄弟のお姉さん……父親のフランス浪漫映画集の中から、エロそうなタイトルを見つけては内諸で見ていたインパクトは、大人になった今でも脳味噌に焼き付いている。


 ちょっと離れて眺めて見る。横たわる肢体……綺麗だ……思わず動きを止めて見とれてしまう。


 服を着ていてもプロポーションの良さが良く判る。小さい頭。長い手足。高い腰の位置、きゅっと引き締まったお尻。冒険者、身体を鍛えているだけあって、筋肉はバッチリ付いている。


 なのに、足首はこんなに細いっていうのはどういうことだ! あえて欠点を上げるとすれば、前にも上げた首の太さと肩幅の広さくらいだろうか? それでも常識の範囲内だ。光輝く存在なのは間違いない。


 もし向こうの世界へ逆転移したら、即モデル、即デビュー、即世界女優、まあ、外見的な御仕事で大成功することは間違いない。


 なんて考え始めたら、鼓動がトンデモナイビートで鳴り始めた。落ち着け、落ち着け自分。CMで見たな、このセリフ。自分に使う日が来るとは思わなかった。





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