0010:魔石

「ではどうする? 厳正に処分するか?」


「正直、これだけ大胆に不正を行っていたと言うことは多分、村ぐるみでの犯行……さらに罪悪感も薄いかと思われます。さらに自主独立という気性もあるんじゃ無いですかね? オレたちは国の世話にはなっていないとか。村を守っているのは自分たちだ、とか」


「それはあるな。実際、村で何か起きても、領主の対応は後れがちなことが多い。距離がな、あるのだ。兵を送り込むにしても時間がかかる。ああ、それで反乱ということか」


 頷く。領主として……ただただ正義を貫けば良いわけじゃ無いのが難しい。


「それにしても不正の度合いが高いな……これは公になれば村全体の取りつぶし……も有り得るぞ」


「公にして国のやり方、領の法に合わせたたりしたらそうなる可能性は高そうですよね」


「村は……必要だ。オベニス領の魔石は王都でも売られている。村が無くなれば魔石の値段は確実に上がる。魔石の値段が上がって一番困るのは街で暮らす平民たちだ。街には井戸の無い場所も多い」


「んじゃ内密に進めましょう。代々領主の隠し財産の財源……という可能性もあります。が。イリス様は何も聞いていないようですから……少なくとも、「今」は何かを隠している。これが確実です。……最終的にはイリス様いえ、領主である伯爵様に実力行使をお願いするかもしれません」


「実力行使?」


「力でのし上がった人たちは、力でぶちのめすしかないですよね」


「ああ、そうだな」


 イリス様が了解したとばかりに、ニヤリと微笑んだ。


 四つの村の調査はそれほど時間をかけずに完了した。


 狩人の数と平均実働日数、さらに1人当たりの収穫量を確認しただけだったからだ。


 予想通り。全ての村で確実に脱税が確定した。例えば例に挙げたホレンの村の狩人は実際には25人。1日に大抵1人2匹くらいは魔物(主に小動物系の魔物らしい)を仕留めるらしい。

 さらに一季節に最低でも60日以上狩りに出るそうだ。厳冬期は村周辺での狩りになるため若干収穫数は減るそうだが、腹を空かした魔物が仕掛けに掛かりやすく、半減することは無いらしい。


 うーん。まあ、真っ黒だ。通常であれば25人×2個×60日。一季節の魔石が3000個。一年はその4倍で1万2千個。売り上げは12万G。七万二千Gの税を支払わなければいけない。

 ちなみに大規模な脱税……というか、多額の脱税を行った者は尽く奴隷として一生を国営の鉱山などで働かされる。まあ証拠を完全に押さえられて、国の取り調べを受けてしまえば、だが。


 そうなるには密告など内部からの告発が無ければ発覚すら難しい。この文化レベルでは科学的な方法で物証を集めるのも難しいハズだ。というか、そんな物が証拠として認められるかどうか? も怪しい。


 もしかして日本だって、昔は税金って……最終的には殴って取り立ててたんじゃないかなぁ……と思う。国家による略奪だよな、略奪。うん。


「ということで、村長。犯罪者として引っ立てられるのはいつがよろしいか。決めていただきたい」


 とりあえず、物証と計算による資産隠蔽の量。その罪の大きさを認識させる。


「正直、助けたくても桁が多すぎる。どうにもなりません。私の判断では。ですが、伯爵様はあなた方全員を奴隷に落としてしまうのは忍びないとおっしゃっています。そこで提案です。現在お持ちの隠し資産全てを伯爵に提出し、今後はキチンと規定の税を支払うこと。これを約束してもらえませんか?」


 まあ……ビキビキと血管が切れる音が聞こえてくる気がした。目の前の村長を含めホレン村の重要人物たちは一様に顔色を変えている。


「あ、今この場で私たちに何かすると、即、国の税務官に報告が行きます。先ほど説明した脱税の証拠と共に」


 さらにビキビキ……と音が聞こえた気がした。


「村長……勝負をしないか」


 隣でこれまで一言も発しなかったイリス様が口を開く。


「……」


「私は1人。そちらは何人出してもいい。わかりやすく殴り合おう。私が負けたらコレまで通り暮らしていい」


 村長が唖然としている……。が。にやりと微笑んだ。まあ、どう見ても悪人顔だ。


「いいか、オマエら、これで領主様に負けたら、俺たちゃ子分ってことになる。子分の財産は? 親分のモノだ。つまり、財産を差し出し、上納するのも当たり前のことだ。わかりやすい。いいな? 伯爵様は竜殺しの英雄だ。だが1人だ。1人」


 後ろの村人達が頷いた。


 村の真ん中の広場には屈強な男が20人近く。当然村長も巨大な両手斧を手に加わっている。村長は確実に2m超えの巨漢だ。アレだ、「北○の拳」の太めの中ボス。


「この村の運命はこの一戦にあり。一切の遺恨は癒しの女神に委ねん。ならば力の限り、出し尽くせ!」


 ファランさんの声が響く。


 俺たち……いや、今回の領主側から派遣された人員は俺とイリスさん、ファランさん、伝令用の領主軍の兵士が3名。それだけだ。


 そりゃ舐められるよな。


 ちなみに俺は間違いなく戦力外だった。今さらながら少々不安だったが、領主であるイリスさんは問題無いと堂々と正面に立っている。ちなみに剣は持っていない。2メートル近い長めの黒い棒……六角棒だ。


「始め!」


「一斉だ!」


 村長の怒号と共に屈強な狩人たちが一気に襲いかかる。イリス様は六角棒を大きくゆっくりと振り始めた。ゆっくりと回る棒は身体を中心に大きく円を描いている。


 その棒に当たる直前で男たちが止まる。お構いなしで棒が回ってゆく。

 それほど素早く棒が回っているわけではない。スピードはゆっくりとしている。回ってくる棒をかいくぐって数人が剣を振りかぶって距離を縮めよう……。


 とした瞬間。


ガガガガガゥァァアアア!


 ゆっくりと回る棒はそのまま。近づこうとした男たちは数メートル先にはじき飛ばされていた。吹き飛ばされた者は尽く意識を失っている。


 異様な光景だった。


 激しく振り払われたわけではない。イリス様が力を入れた様にも見えなかった。


 ごく当たり前の様に振り回されている棒。物理法則を無視したような展開に開いた口が塞がらない。当たった場所、腕や脇の骨を折っていることは間違いないだろう。実際、変な方向に曲がっている。お構いなしでゆっくりと回る棒。


 俺も……いや村人達も……ランク9の冒険者というのを舐めていたのかもしれない。


 まあでも、そりゃそうだよなぁ……1人で竜を倒して、それで貴族にされて、領地ももらって……。全部自分の腕っぷしでのし上がった人なんだもんな。綺麗、いや美しい容姿に忘れがちだが。


 まあ、あまり積極的に領主になりたいと思っていたわけではなさそうだけど。


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