0008:領主館

 そんなこんなで。雇い主=御主人様であるイリスさん、改め、イリス様の家は領主館。つまり、悪辣な手腕で領民を苦しめた前領主の館だった。


 確かに豪華絢爛。派手な成金趣味丸出しの……うーんと。キラキラした一昔前のラブホテル風洋館……といったところだろうか。


 ちなみにこれでも装飾品や家具などは必要なモノと極一部を除いて全て売り払ったんだそうだ。


 しかし、敷地面積はとんでもない。さらに建物面積もかなりのもので、部屋数は軽く数えただけでも20を超える。噴水付きの庭園、東屋、離れと呼ばれてる別館。さらに使用人用の離れもあり、馬小屋、兵舎など、日本人の自分にしてみれば、まるで王宮かというレベルで整っている。


 当然イリス様は正直に、こんな大きな館はいらないと別の中古住宅に住もうとしたのだが、ファランさんに止められたそうだ。


 この街で一番大きな屋敷に領主以外の者が住んでいるというのは、貴族の面子的に許してはいけないらしい。特に新参領主、新参貴族である場合、貴族界からの風当たりは異様に冷たい。一目見て突っ込まれてしまうような弱点は無いに越したことはないと、説得という説教をされて、しぶしぶ……だそうだ。まあ、うん、わからないでもない。


 さらに、イリス様は地位と領地だけでなく、今回の活躍に多額の報奨金も受け取っている。この館を早々に売り飛ばさなければ運営資金が足りないということも無いそうだ。


 とはいえ、ちょっと前までは家来も家臣もいない状態だったので、それまでイリス様自身もこの館を使用していなかったのだが、当然今後仕事をする場所が必要になる。ということで、少し前に館に居を移すことになったという。

 

 とは言っても、生活出来るように若干の掃除をするだけで、大丈夫そうだった。


 現在、住み込みのメイドを2~3名、庭師を1名、料理人を1名募集をかけているという。

 前述の他貴族からの工作を考えると、詳細な身元の照会が必要となるそうだ。確かに……料理に毒を盛られたり、重要な情報が筒抜けでは目も当てられない。


 ということで、とりあえず、この広い館に俺と領主であるイリス様の2人で寝泊まりすることなった。食事は彼女の馴染みの宿屋のおばさんが届けてくれる。


 生活環境自体は、正直、そこまでヒドイことにはなっていない。軟弱な日本の都会っ子の俺なのに。


 生活家電……ではないのだが、生活に必要な道具はほとんどが魔道具化されている。


 手洗いやトイレには水の魔石が装着されている。スイッチ部分に触れると水の魔石が文字通り水を生み出し、蛇口からは水道よろしく勢いよく水が流れ出る。


 浴室は無かったが、シャワー的な水浴びスペースもあった。まあ、高い所に蛇口が付いているだけなんだが。これには水の魔石と火の魔石を装着するようになっており、温水が流れ出てくる。


 元の世界では生活が荒みどんなに汚くしていても毎日シャワーを浴びていた。うれしい限りだ。仕事をしていた頃には休日には健康ランドへ通っていたくらいには風呂好きなので、将来独立できたらお金を貯めて湯船を作ってみたい所だ。


 科学技術、文明は中世レベルなのは間違いなかったが、魔術や魔道具によって生活水準は考えていたよりも高かった。コンロにも火の魔石が組み込まれていて、スイッチ一つで火がくべられる。


 魔石は冒険者の稼ぎのメインとなるドロップアイテムだそうだ。

 魔物によって心臓脇や肝臓内など、存在する場所が違い、その場所を的確に知っている冒険者はそれだけで重宝されるという。


 さらにオベニスの街は下水道を完備していた。生活排水は全て下水へと流れ落ちるようになっている。元々この街の地下には遺跡があり、その一部を下水道として流用したらしい。しかも垂れ流しではなく、巨大な浄化の魔法紋によって、大規模に処理されてから川に合流しているという。何、そのローテクの様なハイテク。


 なのでか知らないが、トイレには水洗機能が付いていた。さすがに自動洗浄は無いのだが、小さな手洗いが付いていて、手でお尻を払って、さらにその手を洗うのが都市の貴族のやり方だそうだ。


 最初若干抵抗があったが、水で洗うと思えばそれほどでもなかった。最終的に良く手を洗えばいいだけだ。石鹸もあるしね。


 ということで、生活を便利にする科学に相当するのが、魔道具になる。そしてそれを作動させるのが魔石だ。乾電池のような使われ方をしている魔石はお値段もそこそこするという。魔道具を使えない一般市民は水洗ではないトイレで、お尻をネガーシェという植物の葉で拭く。そこそこに固めだそうだ。やわらかなトイレットペーパーしか使ったことがない俺の尻。仕えたのが領主様でよかった。人不足であっても、その辺の設備は上流階級なのだ。


 領主である御主人、イリス様からではなく、ギルド長であるファランさんからの発注により、俺は仕事をスタートさせた。



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