0007:就職

「やっかみますね」


 ファランさんが大きく頷いた。


「当然の様に、王都の学院出身などの学のある者は、尽く他の貴族によって圧力がかかってしまった。商人の中で優秀な者がいれば……と思ったのだが、そちらも取引先を意識して引き抜けぬ」


 貴族階級全体からの嫌悪感と思えば……というか、その場合、陞爵した王家からの支援とかあるものなんじゃ?


「とはいえ、現場仕事を行う者はかろうじて何とかなる。平民であっても数勘定が出来る者はそれなりにいるしな。それよりも……一番大切なのはこの領地を経済的に治める手腕のある者だ。領主が変わって徴税が上手く行われず、上納がキチンと為されなかったなどとなった場合、やはり平民上がりではダメだと言われかねん」


 管理……いやでも、それを行うのがこの二人なんじゃないか? とも思うんだけど……。特にファランさんはこれまでの話から、その能力がありそうだけど。


「味方がいないわけではないのだが……最悪の事態には陥らなかったとはいえ、大氾濫の被害は少なくない。国を支える官僚や文官からの引き抜きも難しい、と言われた」


 あ。困った顔も美しい。


「ということでモリヤ、イリスを助けてやってくれ。家令として界渡りの実力を発揮して欲しい」


「え、いやいやいや、ギルド長こそイリスさんを助けられるのでは」


「ああ、私も後任が派遣され次第、ギルド長を辞めて、イリスに仕えることにしている。他の貴族や国の中央との交渉などは問題無いと思うのだが、正直内政……領地管理や数字はそこまで得意で無くてな」


「すまんな、ファラン……」


 イリスさんは困った顔で頭を掻いている。まあ、そりゃそうだよな。三つ首竜? 竜ってことはドラゴンなんだから、それを単身で倒せてしまうくらい強いということは、それだけ鍛錬をしたということだ。尋常で無かったのではないだろうか? まあ、脳筋なのは仕方ないだろう。


 そもそも……多分この国というか、この世界の識字率はそれほど高くない気がする。ギルドの看板が剣と盾のデザイン中心のものだった。それ以外の店にも文字を中心にした看板をほとんど見かけなかった。


 本……というか、文字がこんなに目に付くのも、ここがファランさんの部屋だからだろう。


 識字率が一定以上であれば、看板や壁書きなどで文字は生活、街並にも氾濫する。そうでないということは「文字を上手く操れない」ことの方が当たり前ということになる。


 なので彼女が何か悪いわけでも無いし、問題があるわけではない。ただし領主として考えた場合は別だ。文字が読めないからごめんなさいと投げ出すことは、弱者を切り捨てることになる。


 多分、イリスさんが領主としてこの地を治めるのは、領民にとっては悪くないハズだ。平民出身の彼女は税率を勝手に引き上げ、私腹を肥やすことは無いだろう。


 って……うーん……なんでこんなに真面目に考えてるんだろう……俺。


 まあ、でもなーこんなに美人だしなー。二人とも。こんな美人のそばにいれることなんて、前の世界じゃ考えられなかったしなぁ。

 しかも家令ってアレだ、家来の長みたいな感じだよな? そういうのは無理だから、とりあえず、召使いとか家来ってことならいいかー。どうせ、俺、ここで放り出されたら……多分、何もできないんだし。


「あの家令とかそういうのは、まずは自分が何か出来るか見て貰ってから判断していただくとして。まずは家臣、家来、召使い、なんて感じで働かせていただければ」


「おお、やってくれるか!」


「助けて頂いた身ですし。で、出来る範囲……ですよ?」


「イリス、よかったな! お前は本当に女神に愛されているのだな」


「後でお祈りを捧げておく」


 ということで、俺は迷い込んだ異世界で否応なく美人領主の家来として働くことになった。


 御主人様イリス・アーウィック・オベニス伯爵は文字を読むのがギリギリ。書くのは名前程度。2桁以上の計算は時間がかかるというか、厳しいというなんというか、うん。いわゆる、超脳筋。


 冒険者、職業は戦士でランクは9。この国で唯一のランク9で、その下はランク8が3人。ランク7が20名程度だそうだ。まあ、その強さがどれくらいのものなのかさっぱり判らないが、この国随一の英雄という理解で良いだろう。個人的な戦闘力で言えば、一騎当千……レベルだというし。その強さ故に多少の欠点も致し方ない。


 アレだ、力のパラメータは20くらいあるのに、知力は2とかなんだな。多分。強力な魔物と戦うための駆け引きなんていう賢さはそこそこ高いハズだから、領主としては問題無いはずだ。多分。


 あー。


 なんていうか、俺はまずは自分のコトをどうにか……と思っていたわけだけど、あまりにも大きすぎる仕事の振られ方に、頼られると断るのが苦手な日本人の特性を思う存分発揮していた。


 ギルド長のファランさんは若くして賢者と呼ばれる、これまたこの国では有名な人なんだそうだ。


 魔術に精通し、その知識量は膨大だそうで。そんな人が界渡りに関しては名前くらいでしか知らず、情報がないと言う。ならばいまはそれに関して考えても仕方が無いと思うことにした。


 世界の知識が集まるという、魔導国家リーインセンチネルという国の魔導院へ調査依頼を出してくれるというし。

 というか、その調査が俺への報酬のメインということになった。生活出来るようにしていただけるのなら、報酬は小遣い程度で良いと言ったら、こうなった。


 正直、この世界での生き方が全くわからない自分にとって、衣食住の保証だけでもありがたいことだったので、イリスさんとファランさん(美女だし)を全面的に信用することにした。


 まあ、それ以前にイリスさんには命を助けられている以上、恩返しをするのが当然なのだし。




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