0006:天恵

「イリス……これは天恵というヤツだな……お前はどこまでもついている」


「かもしれぬ」


「え?」


「モリヤ、イリスは私の若い頃からの友人でな。彼女は優秀な冒険者で現在のランクは9。ランク9の冒険者というのはこの国で現在イリスのみだ。冒険者全体でなら数人はいるが……まあ、剣士として考えると早々敵う者はいないだろう」


 そこまでか……国一番の冒険者って事だろうか。というか、剣聖とかそういう感じ?


「で、本題だ。少し前にこの国は魔物の大氾濫に襲われた」


 ファランさんの話は続く。


「大氾濫?」


「いつの間にか大量の魔物が生まれ、街や酷いときには城砦都市、王都レベルの都市ですら押し流してしまう。街の1つや2つ、大きければ一つの領が簡単に消失してしまう事を指す。こないだの大氾濫も規模が大きく、この街も消え去る運命にあった。数週間で勢いが落ちるが普通は複数の騎士団が動いてやっとどうにかなるくらいの……嵐等の天災に近い」


 アレだ、感覚的にイナゴの……蝗害だっけか。に近いのだろうか。個体として強ぇだろうけど。


「が。イリスがそれを止めてくれた」


「止めた? 一人でたくさんの魔物を倒したんですか?」


「それもあるのだが……大氾濫を止めるには、敵を全滅させる以外にもうひとつ手がある。それは大氾濫を率いている大物を倒す方法だ。イリスは今回、単身、三つ首竜に挑み、それを仕留めた。結果、魔物の群れは離散し、大氾濫は収まった」


「それはスゴイ」


「ああ、スゴイ。正直、このメールミア王国の歴史上、かつて無いほどの大偉業だ。これまで各国で、大氾濫は防ぎようがないと思われていたのだからな」


 あ~まあ、なら、街の兵士や他の冒険者の態度もわかるな……アレは尊敬と羨望の入り交じった態度だった。生ける伝説に相対しているってことだろうしな。


「そのスゴさ故に当然、国王から恩賞を賜った。そして。イリスは、イリス・アーウィック・オベニスとなった。この意味がわかるか?」


 えーと……名前が長くなる……のは貴族の証明だったっけ? ってあれ? オベニス? 地名……いや、この街の名前ということは……。


「爵位を与えられ、貴族に封じられて、この街を含むこの地域の領主になった……ということでしょうか?」


 俺の中世西洋ファンタジー知識、ラノベ知識が総動員されているのが判る。


「おお! さすが、界渡り、賢いな。計算が得意というだけでは無いのだな。良くそこまで理解した。その通りだ。イリスはいきなり伯爵、貴族となって、このオベニスを含めた、メールミア王国東北部一帯の領主となったのだ。これは本当に異例の事態、スゴイことなのだが、国がイリスを囲い込みたいのが本音だ。そもそも、大氾濫の前にイリスは別の国に拠点を移そうと考えていたしな」


「そうなんですか?」


「そうだ」


 イリスさんが頷く。挙動全てが美しい。絵になる。


「このオベニスの元領主が最悪のヤツでな。ギルドも様々な嫌がらせを受けていた。一時期は領主の騎士団とギルドの冒険者で抗争になりかねないくらいの軋轢でな。その辺の嫌がらせもイリスは自分がいなくなれば収まると考えていたのだ。領主との諍いの原因がまあ、彼女でもあったからな」


「?」


「領主は美しい女騎士を手元に置いて並べて眺めるのが好きでな……イリスも声をかけられたのだが当然断った。それをキッカケに領主がことあるごとに冒険者に対して圧力をかけてくるようになったのだ」


「私がいなければ元に戻ると考えたのだ」


「まあ、そんな甘いものでは無かったと思うが、そんな折りの大氾濫だ。領主含め家臣一同は一族郎党真っ先に王都に逃げ延びようとして、予想外の場所に沸いた魔物の群れに襲われて全員死んだ」


「だからその後釜というわけですか?」


「ああ、まあ、前領主の横暴は有名でな。収賄や税の無断徴収なども当たり前に行われていたため、冒険者だけでなく、領民反乱一歩手前であったのも確かなのだ。なので民を慰撫しまともな統治のできる領主が必要だったというのも白羽の矢が立った理由だろうな」


「つまり……イリスさんは有能な冒険者というだけでなく、この辺一帯の領主様ということですね」


「ああ、そうだ。だが、ここでひとつ問題があってな……イリスは自分の名前は書ける。簡単な書類や文字であれば問題なく読める。が。領主……いや、ここ一帯を治める者がそれだけでどうにかなると思うか?」


「いえ、思いません。ただ……優秀な家臣団がいれば……」


「そう。その通りだ。優秀な家臣団さえいれば、領主はお飾りでもどうとでもなる。だがこの地で働いていた家臣は全員が全員、前領主と共に大氾濫で消えた。存在しないのだ」


「他から人材を登用するっていうのは……」


「平民がいきなり貴族、しかも領地持ちの伯爵になるという異例の出世を、元からいる貴族たちはどう思う?」


「嫉妬ですか」

 

「この国の貴族爵位は公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、準男爵、騎士爵となる。戦士や騎士が戦場などで活躍して授与されるのは、基本、騎士爵、良くて準男爵止まりだ。それをすっ飛ばして伯爵というのは異例すぎるのだよ。まあ、下賜される領地の規模と、前任の階級を比較した場合、領主として領を治めるには伯爵位でなければバランスが取れないという、苦渋の決断でもあった様だが」


「それは……相当……やっかみますね」




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