0005:界渡り
「ここだ」
剣と盾の看板を掲げた普通の商店のようなたたずまいの建物だ。都市の周りの建造物と変わらない。石造りの三階建てって感じか。
冒険者ギルド。コレが。
ドアを開けて中に入る。中は石壁の銀行、いや、チケット売り場……だろうか? 窓が小さめで少ないが、中はそれほど暗く無かった。灯り? いや、天井の一部が光っている? カウンターの向こうに並ぶ受付嬢の顔までよく見える。
イリスさんは端の方へ向かうとそのうちの1人に話しかけた。
「ギルド長に取り次いでもらえるか?」
「あ、イリス様、おかえりなさい。はい。えーと……今はいらっしゃいます、お待ち下さい」
奥へ向かった受付嬢はすぐに戻ってきた。
「お会いになるそうです」
「おい、モリヤ、こっちへ」
頷いて後に続く。
受付嬢が何だろうこの人は……という顔でこちらを見つめる。良く見るとカウンターの中にいる4人の受付嬢は全員美人さんだった。
アレだ、有名モデルクラスだ。当然、海外西洋系だ。顔面レベルはかなり高い。イリスさんを身近で見慣れてしまうと、見劣りしてしまうというだけか。
ギルドのカウンター奥のドアを開ける。十メートルくらいの廊下の両側にドア。ここも窓も無いのに明るい。
照明機具っぽいのがあるけど……なんか、俺の知ってる電球、蛍光灯、LED電球とかとは光が違う。
そして一番奥にもドア。イリスさんは一番奥のドアを無造作に開ける。あれ? こういう時、ノックして声かけして……ってしないでいいんだっけか?
部屋に入ると、大きめの机の向こうに女性が座っていた。若く見える……が、小娘ではない、この人も尋常じゃ無い雰囲気を纏っている。
あれ? でもそう思って見ると20代後半、いや、30代後半にも見える。取引先のやり手の女社長さんとかそういう百戦錬磨な匂いもする。
長い黒い髪に片眼だけのなんだっけ、モノクルか。が、カッコイイ。目は細めで厳しいイメージだが、美女であることは間違いない。女教師とか女医さんとか似合いそうだ。
なんだっけ、イリスさんとは違う……最近のハリウッド映画……SFだったと思うけど……女優さんに似てる気がする。全然具体的な名前が思い出せないけど。
「それで? そいつは?」
イリスさんはドアの方を振り返った。案内してくれた受付嬢が外に出て、ガチャと音を立てて閉まったところだった。
「ちょっと厄介かもしれないと思ってな。記憶違いということにしたが……この男、ああ、自己紹介を」
「あ、はい、モリヤ・ショウイチです。こことは違う世界……異世界からここへ来た……ようです」
「異世界? 使い魔なのか?」
「そうではない……と思う。昨日ナナリの森に私以外の人間はいなかった。つまり、召喚術を使う者もいなかった。モリヤはそこにいきなり現れた」
「モリヤとショウイチどちらが名だ? 貴族か?」
「ショウイチです。モリヤは家名というか。姓名です。貴族ではありません。私の居た世界では姓と名を持つのが当たり前でした。呼ばれ慣れているのはモリヤ……でしょうか」
「わかった、ではモリヤ……私はこのオベニスの街で冒険者ギルドの長をしている、ファラン・ネスという。違う世界からやって来たというのはどういうことか? なぜそういうことになる?」
「自分の……生活していた世界には魔物が存在しませんでした。さらに科学技術が発展しています。ここの世界では術……魔術や召喚術が存在していると聞きました。自分のいた世界では魔術は子供の憧れる夢の力、空想の力だったりします」
「うむ……モリヤの着ているその服……確かに珍しいモノのようだな……お前の言っていることが本当だとすると……界渡り……ということか」
「界渡り?」
「文字通り、異界からこちらの世界へと移動してきた、渡ってきた者のことでな……その界渡りしてきた者たちは凄まじい力を持っていたという。過去に残されている記録、伝説の勇者の素性のほとんどはそれだ。凄まじい腕力、トンデモナイ魔力。一騎当千の将、術士、ただ……ここ数百年は聞いたことがない。まさに伝説だな」
「ほお」
伝説の界渡り……か。
「モリヤ、お前もスゴイ力を持っているのか?」
「……すいません……一切ない……と思います。自分でも何も感じません……」
体格も貧相だし。装備も薄いし。ちょいハゲデブのままだしな。残念。こっちの世界に来て力モリモリ……とか。ないな。
「……では私の知る界渡りとは別の何か……なのかもしれんな。それで、どうする?」
「あの界渡りでもそうでなくても良いんですが……自分が元の世界に戻る方法とかご存じないでしょうか? さすがにこの歳になって知らない世界で一から生活をスタートするは厳しいかなぁと思いまして。ご存じないでしょうか?」
「すまん、伝説ということはそれだけ実例が少ないということだ。自分もそれなりに歴史書や魔導書などを読み解いた方だと思うが……界渡りする方法……というのは知識、情報としても失われている……実際の部分は見たことも聞いたこともない」
「そうです……か」
情けない顔をしていたのだろう。2人の美女の哀れんだ視線が微妙に悲しい。
「モリヤ、これまでやって来た仕事は? 戦士……ではないな。冒険者でもないか」
「はい……あえて言うなら……商人でしょうか?」
「店主か? 奉公、行商か?」
「会社の机で……あ、いえ、食料品、雑貨などの商店、食堂の経営とかもしたことがあります」
「ほう……イロイロとやっていたのだな。事務方全般か。では、読み書き計算はできると」
「そ、そうですね。出納関係の管理はそれなりに」
イリスさんと会話ができていることから判るように、俺はこの世界の言葉を話し、聞いて理解することが出来ている。
さらに。さっきからちらちらと目に入ってくる、ファランさんの蔵書。書物の背表紙の文字が「理解出来ている」のだ。さらに……自分で書けるのか? あの異世界文字を……と、考えた瞬間に「食事」や「焚き火」などの異世界文字で単語が頭に浮かんだのだ。
「なぜか、この世界の言葉がわかりますし、文字も読め、書けるようです」
「界渡り……の特徴だな。彼らは話すこと書くことに困ることが無かったそうだ。共通語でも、古ビニア語でも、古代神聖文字ですらだ」
いつの間にか、ギルド長とイリスさんが興奮してきているのがわかった。なんだ? どういうことだ?
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