0003:異世界

 目の前。焚き火の前に分厚い白……いや、白に近い灰色? の革で出来た鎧を身につけた美女が座っていた。


 足も同じ様な革で出来たロングブーツ。腕も同じ様な革の篭手で覆われている。多分……フルプレート……じゃなくて、革の鎧フルセットだ。


 あ。背負い荷物の脇に革のヘルメット……兜か。も置いてある。まさに一式。


 それにしても美しい。


 鎧が。美しいのもあるが、それを装備している女性が美しい。


 さっき見た限り、身長は……180センチ以上あるだろう。まあ、俺よりもかなり背が高い。


 ショートカットの髪の毛は茶色……だと思うが、日本人にもいるような濃い茶色では無く、明るめの茶。火に照らされて今は金色に近い色で輝いている。

 大きな目。鼻筋はスッと通っていて、ハッキリ見えるくらい長い睫毛。眉毛はちょい太めだが意志が強そうでカッコイイ。顎はスッとしていて唇も薄い。


 ハリウッド女優で……ああ、アレだ、往年の絶世の美女女優、オードリー・ヘッ○バーン系だろうか。アレをちょいごつくした感じだ。


 ごつく……なってる理由は……筋肉だ。見えている部分だと、首。


 女優とかアイドルとかモデルとか、俺がグラビアなんかで見ていた人たちに比べれば確実に首が太い。というか……多分筋肉が首から背中、肩、腕を覆っている。


 ボディビルダーの女性がこんな首をしていたような気がする。


 そして……どうしても目が行ってしまうのが……彼女が腰に佩いたままの剣。それもおもむろに抜いた。


 刃が火の光を反射してキラキラと輝く。


 刃渡りは50~60センチくらいだろうか? 両刃で……形はまさしく西洋剣、片手剣といった感じだ。持つ部分の手前、鍔は左右に短く張り出ていて、十字架の様に見えなくもない。


 カッコイイ……。ホレボレする。焚き火の光に照らされていると、絵になりすぎだ。


 荷物から取り出した布で、抜いた剣の刃部分を擦っている。さっきのヤツに一撃? を与えたのは多分この剣だ。

 ということは……血が付着しているようには見えないが、手入れをしているということなんだろう。


 チキ……布で拭き終わった剣が腰の鞘に収まる。


「それで……なぜ、こんな所にいた? しかもそんな寝間着の様な軽装で。さらに見たところ武器どころか荷物を何も持っていないのはどうしたのだ? キャラバンから逃げ出したか? 奴隷にしては……とうが立っているな」


 ……言葉は理解出来ている。理解出来ているが……うーん。うーんと。俺の脳の思考力がかつて無いほど総動員されていた。


 まず。大前提として。この女性は非常に良い人だ。


 今の一連の流れからキャンプ中に「何か不審な物音、気配がしたため、剣を抜き、様子を見に行った」のだ。


 そこで俺を発見し、襲いかかってきていたヤツを撃退し、保護してくれた。のだと思う。


 それこそ……俺=不審者を見て「見捨てる」という選択も無かったわけではあるまい。でも面倒なことに巻き込まれる可能性を考慮しながらも助けてくれたのだ。


 奴隷という言葉が出てきたと言うことは、そういう場所、世界だってことだ。未開の地……アフリカやアマゾンの奥地にはそういう文化が残っている可能性はある。が。もっと非現実的な案が頭にちらついてしまった。


 つまり……ここは現代社会、時代ではない。さらに自分の知っている世界でもない。どう見ても欧米人の美女と「日本語」で会話が出来ている時点で明白だとは思うのだが、まさか、そんな……ファンタジー小説知識からすれば、異世界……だろうか?


 中学生ならともかく、31歳のオヤジが異世界へ召喚される勇者みたいな目に合うなんて、マジで想像すらしたことがない。


 それこそ、こういうのはまずルックス的に耐えられる人材が巻き込まれるモノなんじゃ無いのか?


 とはいえ、まずはキチンとしたお礼だ。この女性は確実に命の恩人だ。それは間違いない。


 31歳薄毛無職とはいえ、まだ生きていたい。人生の目標とか幸せなんてものは最近縁遠かったため、考えていなかったが、美人のお嫁さんが欲しいとか、出世したいとか金持ちになりたいとか、その辺の欲を全て投げだしたわけじゃないのだ。


 下半身毛布でちと格好悪いが、座り直して正座する。そして、手を地面に付けて、土下座。これが日本人の最大謝意の表現方法だ。


「まずは改めてお礼を。先ほどは本当にありがとうございました。正直自分でもワケもわからず死んでしまうところでした。本当にありがとうございましたー!」

 

 言い切る。アレだ、会社員時代に経験した「申し訳ありませんでしたー」土下座の流れを身体が覚えていた。


「あ、いや……」


 いきなりの全力謝意に戸惑ったのか、多少尋問口調だった彼女の態度が緩む。この辺の土下座仕事全般は一番の得意技だ。クレーム係も兼務だったからな。


「私は……逃亡奴隷でも犯罪者でもありません。おそらく……なのですが、貴方のような恰好が……普通なのですよね? ここでは」


「ん? 何を言っている? 私の装備はごく普通の冒険者の装備だと思うが。それなりの素材を使っているが、鎧の意匠は昔ながらのモノだしな」


「冒険者……やはり……あの、いきなりで信じていただけないかもしれませんが、自分はここではない世界、異世界からここに迷い込んだのでは無いかと」


「……異世界……だと?」


 彼女の目の大きく見開かれた。


「はい、おわかりになりますか? 異世界」


「ああ、召喚の術を使う者たちは自分の使い魔を異世界から呼び出す。私は戦士故に詳しいことは判らないが、お前は誰かの使い魔ということか?」


「さあ……それはどうでしょう……」


 召喚術! やはり……そうなのか、異世界なのか? 


 それにしても使い魔っていうのはその、召喚術を使用する術者に喚ばれて契約とかするんじゃないだろうか? RPGファンタジー知識なので、イマイチ不確定でよくわからない。

 契約……されていないし、されてないよな? 俺自身に何か変化があったとも思えない。コンビニへ行くために歩いていたときのままだ。


「召喚の術がどのようなモノかわかりませんが、自分が喚ばれたのであれば、その召喚した術者がこの辺にいなければおかしいはずですよね?」


「ああ、そうだな……以前合同でクエストを受けたヤツは、召喚陣を描いて行使すると言っていたな」


「この辺に……そのような人も召喚陣も見あたりませんか?」


「うむ。正直……先ほどまでこの周辺にはフェダウェイしかいなかったのだ。そこにいきなりお前が現れた」


「フェダウェイ?」


「ああ、それすら判らぬか。フェダウェイは……獣系の魔物だ。猪と狼を合わせたような特性を持つ。……確かによく見れば……お前のその服装はこの辺では見かけぬな。各国の王都へも赴いたこともあるが、そのような薄着、妙な恰好をしている者は見たことが無い」





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