第29話 華となりて、何かが始まる予感


朧月夜おぼろづきよに残った紙切れ。

 曖昧な月光は「脇役」を照らさず、悪運は連れ立ってやってきた』


獲物を呑み込む、まるでキャンディを飲み込むように!

アレは全身真っ黒で、鋭い牙を持つ怪物モウジュウだ。

果てのないサバンナで。ライオンはなお、自身が永遠の覇者おうさまだと信じている。

もう少し、あともう少し、


次の食事ページにありつけるまで、もう少し。




失われし脚本、割れたティーカップ。

蝶の翅を毟る、生きたまま。厳かな、祭礼のように。

期待、好奇心、渇望や恍惚。沈黙が続く、長い午後。

知っていることが、全貌とは限らず。形などに、意味はなく。

全ての飴が『甘い』とは限らない。


人生の良きパートナーは存外初めから、いつも直ぐ傍にいたりする。

とびっきり柔らかい毛布や美味しいケーキ、愉快な思考おもしろいハナシを嫌う人間の方が、稀なのだ。





———どれほど酔狂物好きだとしても、いずれ朽ち逝くだけの形に縋る意味は無い。

だから、彼女はいとも簡単に『嘗て』を捨てたし。

あれだけ焦がれていた母の涙が真珠のように零れたところで、たったの一度すら振り返ることはなかった。


絵本の見る夢中は、何時でも。何処までも自由で、波乱万丈な甘美の世界が広がって。

夜の水辺でクラゲたちと一緒に泳ぐ。

儚いあぶくを登らせ、僅かな星光を頼りに。



世の『妖精』が神話や伝説上の超自然的な存在というなら、『精霊』は万物に宿り、根源となる存在になろう。

神秘的で、幻想的で、人間にはない不思議な能力や圧倒的な魔力を持っているイメージ。

自然界に宿る精気が具現化したものや、死者の魂という説。又は、今やいない古い種族の記憶なのか。はたまた、小さい姿となった太古の神々なのか。

植物やら動物のみならず、無生物である石や水などにすら宿る、畏怖されるべき存在…。


———と、まぁ、そうやって、各国各地の歴史や伝承で諸説あるものの。どの道人間たちにとって、いずれせよ『彼ら』は、現実世界の枠を超えた存在であることに変わりなく。時には良き隣人で、時には神の代理人となる、太古から遊びに来たモノ達オトモダチなのだ。


『面白れぇ魂……』

『       』


だから、ただ鈍感な人間たちが気づかないだけ。存外、彼らはいつも私達の世界を見詰めていたりする。



「例え何もせずとも、F系異世界は普通シンプルにやべぇし、常日頃から色々と凄い」


ということではい、皆さんこんにちは。

弛まぬ努力と若干の熟慮。後は主にその場限りのテンションと勢いの末、一応一流と呼べる日経企業の社畜集団入団寸前で神様のバッッッキャ野郎に見放され。何の因果か、気付けば異世界生きる自分の体に片道切符でINしちまっていた女とは、私のことです。

改め正座で話せば長くなるので、詳しくは略させていただく。———が、それでも、あの歴史的瞬間から今日この時まで、言うなら。今日も今日とて元気よく、この身に住まいし中の人は永遠なる人生の休暇を謳歌しております……。


好奇心もほどほどに、二度目の人生にクローズアップ異世界。

美しき新世界と、遥かなる美少女としての前途多難さ。

そして何より「中の人」と書いて『自己完結型思考』と説く、この時代。

既に令和日本発異世界行き圧倒的超次元体験トラテンをキメちまった人間からして、もう。……本当にもう、これ以上何も言えまいし、どうか聞かないでくれとしか言えない。

やはり世の中の運命の悪戯も、人間の生も、結局は神の気紛れだった、ということだ。


「考えるな、感じろ!」


つまり、ひと台詞ワンフレーズに纏めると人生というのは、そういうことであっただけの話である。

あの日からここ最近までこの身に舞い降りしアレやコレも全て上記と思えば、楽。

だから、そうやってこうしてとしている内、ベテラン引き籠りから怒涛の師匠就任×2美丈夫を受け早数日……な、そんな『現在ゲンジツ』における、特にここ最近における私の心情は正しく、あの好きだった曲から抜粋して。


「プライバシーぐらい、マジ欲しい」


だった。

在りし日の田舎コミュニティーじゃないんだから、もう、ホントそれって感じ。

それもヒロインでもアイドルでもなく、今生の私はただの金持ちゲロ(:第18部分参照)……。

いや、今生の私はたかが実家がちょっとヤバめのいちモブINインであるからして……。



「お嬢様、アトランティアお嬢様ぁあ!! どこに居らっしゃるのですか!? 本日は前公爵様と小公子様がお戻りになるから、それまで出歩かないようにお伝えしましたのにっ!!」

「まだ春盛りとは言え、こんなに日差しが強い日に一体どこへ!?」

「ああ……、ただでさえ病弱でいらっしゃるのに。もし、もしも万が一にも、屋敷のどこかで行き倒れていらしたら……」


HAHAHAHAHA☆彡、と。突如心に湧き出たアメリカン・テンションの方が「人がまるでゴミのようだ!」とはしゃぎ散かしている、今日この頃。

一方的に当人や日本地獄に断りなく、人様をコロコロして、人様の魂までこの世界にお持ち帰りしやがり申した未だ見ぬ神様(:暫定概念)は、古の陰キャオタクにとんでもないモノを与えてしまいました。


我々の業界でほぼ都市伝説ともなる「運動神経」と言う名のイベ回避、逃走手段です。


「お嬢様~! どこに居るんですか~~!! このままでは私たち、全員クビになってしまいますぅ~~~!!」

「二手に分かれて、あっちの方も探してみましょう!」


嘗ての世界での現代アスリートなんて比じゃない、異世界産の体って、「ホントすごいんだなぁ、色々」とアトランティアは思い、再実感。

今日も爛々降り注ぐ春の日差しに目を細めながら、ここ最近習得した木登り逃避行に精を出し。お嬢たまとて、今やこの通り。


「探せ探せ探せェ! もし時間までにお嬢様を発見できなければ……ッ」

「おま、ちょ。やめろやめろ、不吉なこと言うなよぉお」

「ココに来てから毎日借りて来た猫みたいに過ごしてらしたから、油断した……」


なので、渾身の上から目線にて。下で鳴き喚く騎士のお兄さんたちに、本日のアトランティアが送れる言葉は、異世界に来たところでただ一つ変わらぬ「油断せずに行こう」である。

よう、兄ちゃんら、そんなに汗かいて。青春してるゥ?


「チッ。一体誰だよ…特にここ最近のお嬢様に悪知恵仕込んでる馬鹿グソ野郎は、」


考えるまでもなく無論、レから始まるあの人ですな。

でも、だからと言って彼?を嫌いにならないでやって欲しい。と思うモブ公爵令嬢(:愛弟子の姿)。


それは、今から遡ること凡そ一週間ちょい。当時起きた「よもや名前を言ってはいけないあの女事件」で、例え何もせず引き籠っていたとしても、いつどこで敵を作って、いつ敵が襲来し、何が起きるか分からないのがお貴族様社会、及びF世界というものなのだ、と再認識。

その戦慄を、アトランティアがさり気なくレの人に相談したところ。いざという時でも、でない時でも、それでも、いざという時のため、あの時代の初期忍者先生みたく修行ついでにと木登りの極意を教えてくれただけなので……。


「いたか?」

「いや、あっちの方も探してみよう」


今日も今日とて優しい世界、完全なる好意と厚意にプライスレス。

修行と言えば聞こえはいいが……純粋に、野生の熊に会った時はとりあえず木に登っとけ心理が働いて、心赴くまま気のままとりあえず登るも、今更「本当は、その気はなかったんだ」みたいな犯人顔して、「めんご、めんご★」とアハー体験みたく降りるに下りれないのが、今のアトランティアにとっての、ゲンジツ世界で。


そして、何より。今のアトランティアが一番もの申したいのは、仮にもレから始まるあんな美丈夫相手に「馬鹿糞ミジンコ単細胞サボり魔パワハラ上司野郎」はちょっと言い過ぎではなかろうか? であった。


「知り得る限り、見てきた限り。ガラス細工よりガラスなお体してるくせに、俺らのお姫様は何でこんなに隠れお転婆なんだ!?」

「見るからの問題児の影で、いつもさり気な~く問題起こすから。こっ」

「こ?」

「……はっきりとした問題児より。かの方は、尚質が悪くていらっしゃる」


黙って聞いていれば好き勝手言いやがって、失敬な。と思う。

しかしそれと同時に、ガラス体美少女に夢見てるらしいおのこに悪い事をした。とも思う。

すまんな。

が、こちらとて記憶にある限り、神様の気紛れでコロコロ転がされている時点で、『普通と常識』は捨てたんだわさ。とアトランティアは、木の上でしみじみ思った。


然るべき法があったところで、モラル弱なネット・情報社会を生きてきた科学人に、そもそもこの世界の『普通や常識』は早過ぎ。求めるだけ徒労な話なのである。


魔法等の摩訶不思議パワーは分量・用法さえ守れば面白い楽しい心躍る三銃士と、好きではあるが、なんせ周囲が何かにつれ物騒。

で……ウン、つまりそういうことでの、これ以上考えてはイケナイ気がするゥ……で。

例え同じFから始まる世界観でも、かの有名な名前を言ってはいけないあの人こそいないものの。それでも、長年の一般ピープルからある日突然の因果で初めての魔法界に凸っち待った『生き残り坊や』の気分を、私はこの世の誰より何より、ローリング大先生より理解できるつもり。

面白いは面白くも、ソレはソレこれはこれ理論。異文化コミュニケーションってレベルじゃないし、理屈じゃない。

だからそんな凄いというか、普通にやべぇ、私の今生について。

そう改めてよく考えてみれば、もしやこの世界って「F世界だから」という魔法の言葉が空前の常識で堂々とまかり通る分、同ジャンルの某坊やどころか例の鬼蔓延世界より遥かにマジのヤバヤバ2000%なのでは?


件の隊や個人が守る守らないうんぬんともかく、疑似なんちゃって大正時代であったあの世界では『銃刀法』なるモノも「普通の人が人をコロコロしてはいけませんよ」と、せめて公然の常識としてあったのだから。



「ティア!」


なーんて。

本日この頃、彷徨える思考回路にてアトランティアがここ最近の出来事を思い出していれば、とんでもないイケてるボイスと共に、いきなり視界先が輝き出した。

そして、そうやって燦々輝く太陽以上に輝き散らす笑みで、物凄く見覚えのある光の塊が、物凄い速さでこちらに向かって来ては。


「ルーカス兄さん」


この世界での華やかなり我が家唯一の光属性であり、アールノヴァの突然変異として名を馳せる次男———ルーカス・アールノヴァが登場。


「せいか~い。ティアちゃん久しぶり、会いたかったぁ! で、そんな所で何してんのぉ~?」

「下りる時期を逃したので、世界の背景になってます」

「なんて??」


恋人・婚約者どころか、相変わらず実の妹相手に、砂糖菓子以上に砂糖してる猫撫で声を出すとんでもねぇ美少年に、関係ないけど。砂糖繋がりで心なし、嘗てよく聞いていた海外グループ歌うSugarな曲がBGMとして聞こえて来る、10歳児。

慣れたから今更驚かないけど、このロミジュリ構図が、もし他のお年頃な女の子だったら、その声色だけで確実に落ちに堕ちていた。と、内心思い散らす。

それだけ身内の色眼鏡抜きでも、今日もこの身を取り巻く周囲の顔面偏差値がすこぶる良い。


さすが異世界、今日も今日とてとこうした何気ない日々でも、日々元パンピーの常識の範疇を軽々と超えて行く。


『……………………。』


そして、そんな久方ぶりの妹を前? 上? に、突然宇宙の真理を見た様な猫顔になった美少年おにいちゃんと、少女の姿を彼らはずっと静かに見ていた。



「兄さん、兄さん。もし私が今ここで飛び降りれば、抱っこキャッチしてくれますか?」

「できなくないけど、ヤメテください。死んでします、俺が」


嵐前の穏やかさに、何かが始まる予感。

やはりどう足搔いても、初から決まっていたのかもしれない。

森奥に隠された秘密や、海底に眠る人魚姫の宝物と同じように、彼らはずっとそこにあるのに、まだその時が来ていないだけ。


『花』が見たいならどこに行けばいいと思う?

花壇のあるとこ? 温室? それとも公園? 森??


種は、雨の恵みを受けて土を押し上げ太陽テッペンを目指す。たぶん、『華』もそう。

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