幕裏挿話: 美しき新世界、遥かなる前途に


『生れながら備わった輝き、魔法の様に不思議な力。

 いくらすり減らされても、決して消えることのない灯のあり方』


可能性の一つ。その才能が人々に与える恩恵は図り知れない、超越カミの力だ。

しかしその対価として、多忙な者たちは平穏の権限を失ってしまった。




月明かりは封じられた記憶カコを照らす。

ハチミツより甘く、宝石より煌めいて、金塊より魅力的で、マヤクよりも危険な存在。


お茶会の準備ができました。





———落雷、花吹雪、万人が手を伸ばす一番星。

美しい国の最も美しい、夢の塊。

『精霊たちの女王』の髪は金箔より高価で、彼女の一挙手一投足が勅命に勝る。

しかし、本当の彼女を知る者は誰一人いなかった。


もっと遠く、もっと高く、もう少し、もっと輝かしく、と。

劇場に集う観客たちにとって、『役者』の心なんて金貨一枚にも、銀貨一枚にも、それどころか一見の価値すらないどうでもいいのだ。



万雷の拍手が今日も風と雨音を越え、帝国中に響き渡っている。



「依頼にもあって、アタシ、弟子をとることにしたの」


その前置きに、リーシャンギルド全域に激震が走った。

特にここ数年の巷で噂の『お姫様』が数日前【魔力暴走】を起こしてしまい、昨日の日付で正式依頼が来たのだ。

故に。ほぼ自主的に珍しく全員集合したギルド上層部の会合にて……、


「だから、アタシ、弟子をとることにしたのよ」

「ハイッ!?」


ダダンッ!! っと効果音が付きそうな勢いで、宣言したギルドマスターに場は騒然とした。二度も繰り返されたため、聞き間違いの可能性が消えちまったのである。


「『あの』レイチェル・ローズブレイドが…まさか……僕が知らないだけで、ここ最近の港で流行ってるジョークか何かでしょうか?」

「相変わらず失礼な男ね、オリヴァー……春だからって、首裏でも痒いのかしら?」

「———なわけないですよね……」


この春、ある意味全ての事の発端はここから「始まった」と言っても過言ではない。

例えこうしてパワハラ上司の代名詞たるレイチェルちゃんが名乗りを上げなくても、今回ばかり断りたくとも断れないマジな相手から「大真面目な」任務依頼が来ちまったのである。


「それにしても、何故今更…アールノヴァでしたら、別に態々外から募らなくとも『内』だけで事足りるでしょうに……」

「それが事足りなくなったから、アタシに声かけて来たんでしょうね」


呆れ口調の割に、今日のレイチェルちゃんは楽し気であった。世の中、これほど名誉ある任務……というか、退屈なデスクワークに対するサボり理由(しかも有給)もないので。

それも『中途半端』な人間には決して任せられない、守秘義務を守れ、実力も群を抜いて、地位があり、顔もあり、また「あの連中」に耐えることが出来る人物が望ましい。———とのお達し故に湧き上がる、この自己肯定感にプライスレス。

書面上では名言されていないものの、ほぼ指名していると言っても過言ではなかろう。


数刻前にて、レイチェルちゃん宛に直送。秘密裏から受け取った手紙は、もはや手紙ではなく小論文並みの部厚さだった。

ので、


「急になんで師事なんか、」

「『急』だからこそ。あの人たちがこうなのは、別に今始まった話じゃないでしょ」


とだけで全てを物語るギルマスに、オリヴァーも「まぁ、それもそうですね」と肩を落とす。

そんな山のような条件をマジヤバな相手から突き付けられ、ざっと見ても、これまた山のような守秘義務と顧問弁護士軍団からのベルサイユ条約顔負けな諸事項、違約金が悪夢より悪夢みたいな内容ではあるが、そこまで読み切るまでレイチェルちゃんが笑顔で読むことを諦めたのは言うまでもない。


それだけ世界が世界なら石油王、若しくは某熱い砂の富豪並みのリーシャン・ギルマスですら「夢のようだけど夢じゃない……?」となる対価を、たかが『塾代』として出してきた相手を理解しろとする方が無駄な話、なのです。

いつの世だってWin-Winと書いて「ハイリスク・ハイリターン」と読むのである。


「半端な男は多方面で問題になり得るから駄目、今のうちにはそもそもA+以上の女冒険者がいないし、それでノヴァの屋敷に行っても可笑しくないレベルの人間なんて、アタシかアンタくらいなのだから……もう一人イケそうなのは、ほら、ね?」

「あー……そのよう、ですね……」


だから、この時のレイチェルちゃんの一言でギルドに激震は走ったし。パワハラでもカリスマ強で、いざという時の気前も金払いも良ければ、顔や声まですこぶる良い。そんな自分たちが敬愛してやまないボスから一瞬の熟慮さえされず、第一条件で弾かれた(主に)男性陣は泣いた。

が、所詮「人生なんて、そんなもんだ」。

でなければ、今や熱狂的な信者すらいるターゲットに、報酬などいらないから一目だけでもと敵国とか、異世界の裏側とかからも志願者が現れそうな。それだけ今代のノヴァは歴代歴戦中、特に殊更破竹の勢い真っ盛り。

世の『馬鹿』はどの時空に行った所で馬鹿だし、「本当の馬鹿」はどこにでもいるどころか、G並に沸く。


「俺だってノヴァのお姫様に教えたいのに! 物凄いブス説と美少女説があっても絶対後者だと思うから、今の内手取り足取り、腰取り教えたいのに!! 可愛い女の子に先生♡って言われてみたい!! 俺だって他の仕事全ブッチしてでも美少女と同じ空気吸いたいのにッ!!———サイン…せめてサインくらいは……っ、後生だから」


現代だろうと、中世だろうと、恐らくいつの時代でもこういう人間がいるから、男()強指名したんだろうなぁ、とよくわかる光景である。

リーシャンだけをとっても数あるギルドの中で、特に泣く大人も黙るリーシャンギルド上層部ですらこうなのだから、金・権力持つ大人がまともな判断力(当社比)を持っている方が少ないこの時代。


「性転換か? レイさんみたいに俺も性転換すれば、家門よし未来性よしで、すでに皇帝陛下の覚えめでたい帝国一目を置かれている金持ち美少女ときゃっきゃウフフできる幸運が訪れるのか!?」

「天才が過ぎる発想」

「もうやだ、馬鹿しかいないのか、ここは」


仮にもこのギルドに入れるだけ、各々実力は確かなはずなのに、馬鹿何人寄ってもどの道馬鹿で、知恵を絞るうんぬん以前の問題である。

『天才』の相手を出来るのは、結局のところ『天才』だけ。

それもこの西部の覇者たる家門であり、これだけの功績を上げながら未だ社交界にも茶会にも出ずな生粋の箱入り娘。割と気難しいという噂もあるし、あの山みたいな紙束を見ればある程度予測できる。


長時間一緒にいて色気を出す様な人間は勿論却下。どんな事態にも対応できて、理性や忍耐、気遣いがデキ、かつ他貴族と癒着のない人脈を持つ将来的に恥とならない人間が望ましい。

彼方の本音を言えば恐らく同性がいいだろうけど……まぁ、ないものは仕方ないので、その点ばかりは渋々と言った所だろう。

教え方が下手くそな人間はダメ、貴族社会でも表向きを装えて、威圧感なく女性的な実力者オトコとなると……


「今のリーシャンで、アタシしかいないよね。どう考えて、どう転んでも」


後は副長たるオリヴァー兄さんか、もう一人心当たりはあるものの、「あの男」に誰かを教えれるわけもないので、これ以上考えるまでもない。

だから「態々上層部色んなバカ集めて会合を開く問題でもなかったな」と、我らがギルマスことレイチェルちゃん、レイチェル・ローズブレイドが今時めく引き籠り公女様の師匠に就任した次第である。


そして、時は過ぎ。


「初めまして、眠り姫」


となって、


「ア、これはご丁寧に」


ともなった訳だが。



「それじゃあ、お言葉に甘えて」


しかし、そんな当時のレイチェルちゃんでもまさか『ここまで』とは想像だにしておらず。

そうやって本日この時、完全に掌握した場に満足げに微笑み、子供の顔で大人の仕草をする少女に、ゾワりと、得も言われぬ緊張が走ったこの瞬間。

「あ、堕ちた捕まったな……」と思ったのは、恐らく『自分』だけではなかったはずだ。


妖精や精霊を思わせる、けぶる長い睫毛に縁取られた金子混じりの瑠璃の藍に、アストライアアールノヴァの海神が祝福したような不思議な色を纏う長い髪。

もし『女神』の腹から人間が生まれたなら、きっと『彼女』のような姿をしているのだろう。

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