第25話 天国から来た悪魔、異世界安全マニュアル


『こうして彼女は全てを手に入れたのです』


灰かぶりと王子様の刹那的な出会い。

勇気、奇跡、誇り高き魂。可愛いシンデレラであり、この物語のラストガール。

何時しかの雑巾の代わりにティアラを握りしめ、手についた赤と金粉を舐めながら、口の中で砕け散った『過去』の味を思い出してみる。


いつか王子様が、いつか夢で、星に恋願った日々。

しかし本当に『コレ』でよかったのか、と。




夢を見ている、同じ夢を。

輝かしいスポットライトの下で、息絶え。だがやはり、その黄金の如く煌めきが一番心を揺らすのだ。





———『責務』を放棄しても、力に対する『責任』は果たすべきだ。

人が人である限り孤独な側面を持ち合わせ、毎日ひとりで目を覚まし、眠りにつき。そして毎夜毎夜またひとりで夢の中を徘徊する。

深い深い水底に沈むような、夢の中を。


外の色んな世界を見せてあげる、と君は誘うけれど。

今更外の世界に出たところで、一体何になると言うのか。



「マナで強化しないと、弱いにも程がある。もしこのままの身体能力で長丁場の戦い巻き込まれたら———死ぬわよ、お姫様」


物凄い美形から出る美声なのに、未だかつてこれ程ときめかない姫呼びもない。

噓隔てない現実をグサッと突き突かれ、お嬢様の体は揺らめき、既に満身創痍な心。

やはり現実はクソだし、部屋人ひきこもりにペア運動は早いし、神様の頭も嘗てないほどに湧いていると思う。


突然の死は地雷です、お客様。


「どれだけ短期戦と攻撃に特化しても、世の中、全ての敵が雑魚とは限らないの」

「ごもっともですぅ……」

「長期戦以前に、特に防御がまるで駄目、論外。これだとスタミナ切れで自滅する前に、相手次第で秒でヤラレルでしょうね。今まで無事だったからと言って、油断しないで」

「ぁい……」


今一瞬「油断せずに行こう」が口癖なイケメンが走馬灯の片隅を走り去ったが、それ以上に私はもう死んでいる。

同じ太陽の下、同じく汗をかいていても、自分に比べ相手が無駄にキラキラしている分、この悲しみもひとしお。

論外ですか、そうですか……。と内心ブツ腐れながら、アトランティアはしょんぼり項垂れた。


「一つ目、体力。二つ目、要領。そして三つ目が防御。少なくともこの三つを最優先にして、今期の入団試験までの課題よ、分かった?」

「あい……」


今にも画面下の脱走ボタンを連打しようとする中の人を、「ダメよ、ダメよ。我慢、我慢」と残り僅かな理性さんと知性くんが頑張って羽交い締めにしている……、マジくっころ。


「攻撃が最大の防御だと、みんな言ってるのに……」

「だとしても、ある程度の実力を持ちながら、このアタシ相手に一度も防御せず短期決戦に持ち込もうとするお馬鹿さんは貴女が初めてだし、貴女くらいよ、お姫様」

「クッ…」


前世の年齢を合算すれば同い歳くらいの美丈夫から送られる的確過ぎる指摘にぐうの音も出ない、10歳児。

お互い少しじゃれ合っただけで分かるほど、見るから優秀有能なイケメソ師匠を付けられたことに喜べばいいのか。それとも、仮にも一国()の姫としてエロ同人の如く屈辱を感じるべきなのか、そこが問題だ。


声も良ければ、この男、やはり顔がイイ。

今生の父も父だが、さては今生の母も母で中々の面食いだと見た。

父や兄sもその類だけれど、一体何故、戦闘という名の運動後で自然法則に逆らったその作画が保たれているのか。

異世界って、ホント摩訶不思議。


「そこで、アタシ以外にもうひとり。お姫様に防御魔法を得意とする師範を付けようと思うのだけれど、どう?」

「? 魔法でしたら、既に父や兄、強いては魔塔からの先生にも教えてもらってますが……それだけでは不十分なのですか?」

「不十分。……というよりは、戦う対象と戦い方の違いかしら。お姫様だって文章を書く時と絵を描く時では違う筆を使うでしょ?」

「成程? まぁ、そういうことでしたら……」


身内以外での鍛錬なんてしたことないから、明確な違いこそよく分からないものの。原住民兼玄人がそういうなら、そういうことなのだろう、とアトランティアは考えた。

前世うんぬん以上に、ただでさえ家の中ですら物騒極まりない世の中だし、自衛力と手段が増えるのはシンプルに助かる、色々。


「この後、お母様に相談して改めてお返事いたします」


まぁ、だからと言って勝手に決めれる権限はまだ無いので、保護者への報連相は大事。先生・教育ガチャは時折親ガチャより慎重にならなければイケナイ、最悪の場合人として死ぬからな。


「そう。なら、こっちも人の厳選だけしておくわね」


なので、突然遠い目になったアトランティアに、レイチェルちゃんは首を傾げるも、相手の家柄が家柄なので特に追及することなく、空気を読んだ。

賢明である。


真にモテる男は、異世界・世界観関係なく女の空気が読める機能が備わっているらしい。

悪戯に突いて鬼女が出るか蛇が出るか分からない段階で、男としてはとても賢明で、人としてはベストな判断だった。

これでざっくり見て聞いたところ、顔・金・権力も兼ね備えているのだから、さぞかしおモテになるでしょうね……。


「『権能』に関しては、持ってないアタシ達じゃ何も教えられないし、役に立たないから。そこばかりは公爵様や貴女のお兄様達に頼りなさい」


天国の入り口の様な笑みで、悪魔より悪魔染みた鬼教官と化さなければ、危うくママ上の再婚相手()として可!を出すところだった。


乙女以上に乙女みたいな毛穴なき艶肌に、先ほどまでの有酸素運動中以上の殺意を覚える。

当のお父様に突如ICBMを撃ち込まれたかと思えば、腹立つ女にプチっときて、それだけでも胃の辺りがムカムカするのに。次目覚めた時にロクな説明なく、あれよあれよと見知らぬ美丈夫と師事契約を結び、気付けば脱部屋人させられた己の運のなさよ。


恨むぞ、父。


いくら「冒険者」とか「精霊・魔物使い」とか、前世からしてドキッとせざるを得ないFワードをちらつかせられようとも、恨むったら恨む。

大好きなママ上のすゝめでヤルからには徹底的にヤルが、夢も希望も見出せないんですわ、外の世界に。

屋敷内ですらどこに行くにつれ大人同伴なのに、海外に飛ばされたのとは訳が違う———ここは何時、何が起こるのか分からないF世界なのだから。


本当恨むぞ、神様。


この大陸に神聖国なんて如何にも闇が深そうな宗教団体さえいなければ、真っ先にその手の話を書いて広めて、この世の全員を無神論者にしてやるのにな。(※ただの八つ当たりです)

これまでの様に金は家でもある程度稼げるし、それよりも変に外出を増やしたが故にF世界的「突然の死」に見舞われる方がずっと怖いが? 前世のトラウマ舐めるなよ!(※ただの逆ギレです)


「ほら、集中。休憩終わり!」


せめて…せめてこの世界の原作さえ分かれば、他のモブ転生者たちよろしく色々対策が練れて、話が変わって来るのに。

今更外の世界に出たところで、一体引き籠りに何を求めているのやら。


みんなすげぇやべぇと言うけれど、正直未だよく分からない摩訶不思議パワーの一つである『権能』より、前世からこよなく愛している金貨か、金塊か、在りし日の預金通帳を転生者枠ギフトとして欲しかった今日この頃。

流石に「何もかも金が全て!」とまでは言わんが、実際の所やいざと言う所で、世の中所詮は金。


どの世界でも金のない人間の行く末なんて決まっているし、少なくともあの世界での私を「ここまで」育てたのは、親ではなく『金』。

ただ、まぁ、それでも貰えるものは貰える時に何でも貰って『蓄えて』おくのが、賢い人間の生きヤリ方だと、思ってはいる。



「やっぱりお姫様は筋がいいわね、これからも色々と仕込み甲斐があるわ」


どうせ現実なんて抗った所で変わりやしない、ただ不必要に疲れるだけ。

そう生をもって教えてくれたのは外でもない、世界かみさまなのだから。


『仮にも九条の血を引いているのに、こんな事すら出来ないなんて、嘆かわしい』


どんなに辛くても、どんなにしんどくなろうとも。あの頃に比べれば今は、よほどマシだと思うのだ。


「ごめんなさい」と頭を下げることでしか自分を救えなかった日々が過ぎ、とうとう決められた婚約に反発し家から勘当され。それこそ物心ついた頃から人生そのモノを自己研鑽に費やした人間にしてみれば、『この程度』ならばお手の物。


とはいえ異世界特有の『未知の分野』まで余裕綽々とは流石にいかないので、今のうちに取れる手札カードは何でも手元に置いておきたい。

最後に自分を救えるのは気紛れな神でも、居るかも分からない親でも、人が定めた法でもなく。相手の理性を眩ます黄金と、唯一無二となった『自分』だけ。


異世界の天地は前世以上に複雑怪奇なる規則をもって、『観客カミ』というのは往々にして退屈を嫌い。

だからこれからの不安は、ひとまず目先の利益げんじつに没頭することで頭の隅に追いやった。



備えあれば憂いなし。

人はいつも予言うんめい以上に『可能性』を信じたがっている。

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