幕裏挿話: 夢の終わり、或いは後悔の果て
『さあみんな、こっちへおいで!
夢と現が混濁する御伽の国、新たな劇がもうすぐ始まるよ!』
迷子のアリスに木苺のティーパーティー。
大人たちの目を眩まし、輝く星をプレゼントしてくれる王子様。
チェシャ猫が撮った最後の写真と、歪な人影。
今にも滑り落ちそうになる氷の階段を上がってみれば、茨に囲まれた屋敷が見えてきた。
勇敢なる子供たちの椅子取りゲーム。
今はまだ大人たちに従って『知恵』を蓄え、まずは『子供らしく』生きてみよう。
そして相手が『油断』した隙に、ぱくっと喰らい付き。
でないと「単独行動をした者」は真っ先に排除され、「出る杭」はその都度打たれてしまうから。
子供である内は、無知なフリをしているべきだし。
「成長に失敗した出来損ない」と
可愛い子ほど旅をさせろとは言うけれど。結局、どんな
□
———一度手中に収めたからと言って、安心するべからず。
『諸刃の剣』とは言ったモノ、それだけ鋭き刃ほど危うい物はない。
そんな、さして難しくもない話。
けれど、それを「本当に理解している」者は極僅かだ。
「そして美しかった蝶は生きたまま羽を捥がれ、水底に沈み、『帰らぬ者』となった。何の価値も産まない蠅もどきは消え、後に残ったのは、悪臭漂う屍が一つ」
分不相応な欲望は『
『偶然』という名の砂上に建てられた家ほど脆いモノもなければ。一度過ぎた女の美貌というのも、実に一夜の夢如く儚く、脆い。
「俺が留守にしている間、自分の家が随分と汚れてしまった。虫にすら劣る分際で……まぁ、抜け抜けと」
どれだけ大人びても、やはり子供。
愛する女の面影で小動物の様に眠り、菓子を頬張る姿を横で眺めるのが好きだった。
同年代のガキ共どころか普通の大人より機転が利いて、生まれつき利発な所にいつも感心し。「もう少し子供らしくてもいいのに」と思いながらも、事ある毎に喜んでばかりいた。
賛美はただの称賛で、悪意ある噂すら
だからその様な奴らが何とほざこうと、特に気に留めず。今回のことだってあの子に良かれと思っての外出許可だったのに。
「そうやって
そんな、この世の何より大事な娘は臆病なくらい慎重で。
実際、見た目だけでなく性格も父親よりずっと母親に似ては。生まれ持ったその『絶対的な力』に反し、意味のない暴力や争いを好まない性だった。
だからこそ例え周囲に何と言われようとも、遠ざけた。
いれば居るほど冷たく、蜘蛛巣の様に陰謀蠢く外の世界は……決してあの子にとって生きやすい場所ではないだろうから、と。
娘が望んで声を上げない限り、遠ざけ続けるはずだった。
だのに、
「だから二度と空へ羽ばたけない
何の変哲も面白みもないシナリオだ。———なぁ? こんなクソみたいな台本で、観客は喜んで金を出すと思うか、アルトワ伯爵?」
「わ、わ、私は……、」
この感情は『後悔』なのか、それともただの『怒り』なのか、分からなかった。
「今回の礼に、娘がお前への贈り物に絵を描いたんだ。聞けば『虫の虚言病』というタイトルらしい。
良かったなぁ? 俺の可愛い娘は今も国中で大人気だから、売ればさぞ金の足しになるだろう」
「ッ、」
野良猫以上に警戒心が強く、身内と呼べる人間以外に絶対隙を見せることのない子供だ。
家の中ですら付き人なしでうろつくことは滅多にないし、やらかしていい事と「本当にやってはイケナイ事」を大人以上にきちんと理解している子供。
時折必要以上に、頭の回転が速すぎるきらいはあるが、基本的には甘く。ここ最近の我儘といえば、「免罪符大人買い、という名の未来への投資」とか言って慈善事業に一寸熱心であることくらい、な。
「そう言えばアレ以来、夫人は元気か?」
そんな『
今や国の至宝とも(不本意ながら)呼ばれている、
流石の自分とて、まさか自身の箱入り娘が箱に入れたまま、ここまでの賛美と栄誉に包まれるとは思わなかったものの……。それでも結局、どの世の中だとしても、高い地位につくほど馬鹿になる
「どうやら俺は教育の仕方を間違えたらしい。大事だからこそ、これまで何よりも大事に
無駄に頑丈な息子達ともかく、娘なんて勝手に可愛がってなんぼと思っていた。
物心ついた頃から何でもできる子だから、好きな事だけをやらせていればいいと、そう思って来た。
その結果がこの様だ。
だからそこに気づかせてくれた点だけ、コイツらに感謝した方がいいかもしれない。
「ならば、その事をこんなにも早い段階で気づかせてくれた夫人には、感謝をしないと」
『後悔』に浸る時間をやる優しさを、元来より持ち合わせていないノヴァの
これも、今やとなっては西部のみならず、帝国中の誰もが知る『
人間、誰しも『本気で』怒っている時ほど優しい声が出るものである。
深い深い水底に誘うような、男の声。
「もっ……申し訳ございませんでしたァ! 弁明もお詫びの言葉もございませんッ!!」
もういっその事この場で、全員
そうすればこれ以上の
と。
そんな今の感情に共鳴し、自分の『権能』がひとりでに漏れだす。
一度蛇口を捻った様なそれを、態々止める気にはどうしてもなれなかった。
「ウッ」
「ウア""ァ"、グアッ」
「カハ……っ」
嗚咽を漏らし、地を這う人間は本当の虫の様で、悍ましい以上に、ただただ鬱陶しい。
そんな分際で、
「2度はない。俺があの子に関するこれまでの噂に何の制裁も加えなかったのは、それが自ずと『良い虫除け』になっていたからだ。そして態々俺が出ずとも、そう言ったヤツは自ら消えていく。これからも
———
と、最初にして最後の警告。
そうやって同じ世界、同じ空の下。同じ時刻で詰んだのは一人だけじゃない。
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