第22話 愛故の供養と忘れじの面影


『もし本当の神がおわしますならば、きっとこのこころ自体が罰なのでしょう』


憎しみと呼ぶには脆く。だからと言って新たな名前を付けようにも、穴だらけの心では考えるだけ億劫で。

みんな復讐に命を懸けるけれど、悲しみに明け暮れ、復讐を成し遂げたところで救いはなく。

曖昧な病名の傷跡に『確たる薬』がなければ、『今更』飲もうとも思はない。


空は空色、林檎は赤。

海は青色で、光のない黒はどう拭えど黒いまま。

そんな最初産まれから最後死ぬまで神に定めなれた『運命しゅくめい』の中、生きることなんてたかが知れて。

食らい過ぎた悪口は、そよ風となり。羨望も浴び過ぎれば胃もたれし出す、人の生。


そんな人生。

そんな世界にて神は常に傍観者で、マリアはただの犠牲者で。

大人たちは自分達のことしか考えられず、子供達は子供達で互いを蹴り落とすのに必死だ。

私が壊れた死んだら、次は一体『ダレ』の番?

燃え尽きたいのちせかいへと撒かれ、ケモノたちのエサになるのかな。


寂しさは飲み込み、やがて枯れ果て。

悲しむ余裕はないし、一々怒る『気力』もない。


どうして私だったのか。

どうして私ではなかったのだろう。

こんなにも頑張っているのに、「どうして私じゃダメなのか?」

始まりの時こそ遅かれ早かれ、人間誰しも一度は思う『感情こころ』だった。


しかし、それでも。例え、そうだったとしても。

どの道、どの世界。どんな何時の時代におけるどの世のおやも、『平等』であった試しなんて一度もない。

……まぁ、それも結局人生で、「神様が本当にいる場合」の話なのだけれども。


『死』の訪れは、生きる人間の意義を全て奪い去る。

時には金儲けの過去話ゴシップへ、時には面白おかしな世間話へ、と。

全て無に帰すか、それとも生まれ変わるのか。


アイも、悲しみも。苦痛も、後悔も。

そうやって轟々盛る炎を見詰めて、涙を流したのは一体何人いたのか。

同時に、そんな涙目の下で「悪魔ののろわれた子がようやく死んだ」と、喜び勇んだのは一体何人いたのやら。

『不遇生れの天才』と……そう呼び始めたのは、果たしてどこの誰だったのか。


もしかしたらソレら全て、嘗ての私自身なのかもしれないし、違うかもしれない。

が。

その様な嘗ての栄光も、これまでの『過去きおく』も。神の領域に巡り還って、今となってはただの『昔話おとぎばなし』だ。




……それでも何故、今となって、とうに枯れたはずの涙が流れるのか。

全てが過去となって、全て終わったはずなのに。

終ぞ明けることのなかった夜、未だ光届かないあの部屋で、今も泣いている小さな女の子。


あの日の私?

それとも今の私?


この夢を見る度、今も声を噛み殺す様に泣いている、「小さな背中」。

『あなた』は一体どっちの『私』なのだろう。

何か『とても大切なモノ』があった気がするけれど、やはり思い出せない。


そんな現実を投影したかの如く夢の中で、いつも私は彷徨って。それでもいつも、いつの間にか手に取っているこの『赤い表紙の本』を開ける気には……どうしてもなれなかった。

その小さな鍵穴に入りそうな鍵が、今も、私の『ポケットここ』に入っているというのに。





———初めから身の程を弁えて変な『希望』を抱かなければ、意味なく『傷つく』こともない。

他でもない私が、その事を良く『知っていた』。


「……おかあ、さん」


それでもつらい時、悲しい時。例え大人になろうと、自身が弱っている時に神ではなく、無意識に母親を探してしまうのは『子供』の性であり、クセなのだろうか。


「———熱が高く、気力自体が大分落ちているようです」

「そんなっ、」


あの真夏日以来の【魔力?暴走】リターンズ。

高熱で意識朦朧とする中、「あのクソアマ、三代先までゼッテェ許さねぇ」とアトランティアは思った。

そして「こちらが下手に出てりゃ、調子に乗りやがってッ」とも。


今回のことばかり遺憾はあれど、後悔も反省もしていない。

が、それでも無我夢中に暴走して屋敷自体と周りを巻き込んでしまった事に関しては、大ッ変ッ、申し訳ないとは思っている。

実際の所で引き籠り症候群ふちのやまいを前世より患いし自分はともかくして、それだけ見るからにテンプレ乙なお貴族様女に、大好きなお母様を侮辱されたのが許せなかったのだ。


「いくら今回未遂に済んで、前回ほど命に関わらないとはいえ、とても油断できない状況です。ただでさえお嬢様のお身体は生まれながら公子様達ほど強くはないですし、例え常人でも気力の衰えというのは病より完治が難しい」

「…………」


だって、あんな前世が前世だっただけに。(恐らく)その反動もあって、今生の身に芽生えた筋金入りのマザコン度は余所のマザコン達と次元もベクトルもガチさも違うのである。


ただでさえ生まれた時から生粋な家族大好きっ子且つ、超弩級の公式箱入り娘なのに。あの夏の日を境に時空を凌駕したマザコンにして、ファザコンとなり、ブラコンでもあるのだから、人生強制退場させられた前世に引き続き。「今生も絶対結婚はできないな、ていうか普通にしたくないな、実家から出たくないでござる」と。

現に、アトランティアは思っていたりする。


「現にこの帝国、いや西大陸全域を見ても確たる治療法が未だ確立されていない上……この辺りばかりは、この老いぼれより奥様の方がお詳しいでしょう」

「ならば、この子は———」


に、今しがたから実際に思っていたし。馬鹿熱い頭が、普段以上の馬鹿ハイになっていた。

そんな馬鹿クソぼんやりとした思考。

偶然聞こえて来たその会話内容の割に、しかし、現時点での母の声は意外にも穏やかなモノだった。


とても綺麗で、誰よりも自分に優しくて、でも締める時はちゃんと締める。時折『本当の女神様』みたいな、今生のお母様。

その母が『もう大丈夫』と言うのだから、きっと大丈夫なのだろう。

神様なんかよりもずっと頼もしい、『私のお母さん』。


私は『今の母』を信じているし、本当に愛し、愛されているのだと思う。

だから母の声を聴いて頬を伝うコレは熱故の汗で、涙なんかじゃないはず。


「おかあさん、っ、ゴホッ」

「ああ、可哀想に。大丈夫ですよ、大丈夫。貴女が次起きる時まで、起きてもずっと、母はここに居ますからね」


熱を出しても、頭を撫でられる。

たったそれだけの事だけれど、夢にまで見た『少女』にとっては。嘗ての、何時しかの憧憬だった。

けれど、


『いくら女の子だとしても、仮にも九条の血を引く子ともあろうモノが、何とも嘆かわしい……「こんなの」を産んでしまうなんて。自分が情けないし、恥ずかしいわ』


———『この子』とは大違い、と。

穴は穴のまま、未だ消えぬ『誰か』の面影。

現実世界での世の中に『もしも』は存在しないけれど、それでも、時折考えることがある。



もしも、あの頃の私にも頭を撫で、帰りを待ってくれるお母さんダレかがいたのなら。

嘗ての憧憬こころも、少女わたしも、アレほど『歪まず狂わず』に済んだのかな、って。


このモロクロ映画みたいな光景も、今となっては"ただの昔話"だ。

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