第13話 未知への探求、彼女の見る世界


『何処よりも自由で、何処までも不自由な世界だった。

 大人は皆「笑い」ながら子供の夢を聞くけれど、

 どの「扉」を選べば「正解」なのかは教えない社会いばしょだった』


届きもしない言葉の代わりに、筆を取る。

見向きもされない感情の代わりに、歌を乗せた。


嬉しい時は楽器を奏で、

望まれるがまま蝶の如く舞う。


悲しい時は泣きながら習い、

夜な夜なかけ願って、夢を描き始めた。


引き裂かれる心を守るため、糸を編み。

出来やしないと決めつけられる度、自分の人生ハンカチ刺繍すくいを施す。


昔々、ある少女はそんな自分自身のことを、『後になって』からこう語った。


『知りもしない愛の埋め合わせとして、

 幼い私は曖昧なだけを蓄える、無知で、無望な子供だった』


———と。

おやの一夜、一度の気紛れで創られた器だったのなら。

あの頃の私は果たして、何のために作られ、生かされていたのか。

無知とは程遠い『大人』になっても、終ぞ、その事だけは分からなかった。




生れは葬儀の様に、日々は骸の様に。

産まつくられた時からずっと、他者からの愛を感じたことなんてなかった。

息子ではなく、娘子だから……と。

そもそもあのせかいで、私が望んで、生まれ落ちた訳でもないのに。


乳飲み子から、物心がつき始めた頃。

男ではないからと、どれだけ努力を重ねようと見向きもされず。

子供ながらの勇気を振り絞って伸ばす手ですら、迷う素振りなく打ち落された。


そうでなくとも、幼少期時代の子供にとって、親そのものが世界すべてだと言うのなら。

あの世界での私は、一体何のために創らうまれたのか?

親の心、子知らずと、皆は言うけれど。そもそもの話前提となる親が子に対し、徹底的な無関心を貫いていたとするのなら。

果たしてその子は、一体どの『扉』を開け、何をすれば『正解』だったのか。


……ただ、それでも。

いくらあんな世界いえだったとしても極稀に、神様おやに名前を呼ばれた時。

その都度、少しだけの希望を持つ、子供がいた。


『雪乃』


と、優しい響きでなくとも。それだけで『幸福アイ』を感じる、少女がいた。

『性』が家門で、『名』が神様から与えられる始めての『祝福アイ』と定義すれば。

「彼女」にとっての『名前』とは、親から貰った最初で最後の『期待のろい』そのモノに他ならない。



白雪の様に成長するのではなく、一夜だけ積る雪の如く溶け落ち。

その憎たらしい『むのう』さの分だけ、早く消えて欲しい。



と。

今となっては、尚そう思う。

……いや、今となったからこそ、ようやく『理解した』。と表現する方が正しいのかもしれない。

それだけ俯瞰的に見始めてから気づく。あの世界での名前は、きっと、あの頃の少女にとって愛の調べなどではなく、ただの『呪い』だったのだと。


それがあの世界いえで定義される、『彼女わたし』の『価値ネダン』だった。





———もしあの歌の様に星に願って、叶うのなら。来世は『人』ではなくお猫様か、何不自由のない魚となりたい。

子供間や、学生時代の定番話。確たる進路調査でなくとも担任に聞かれて、子供の頃の私は大した意味も待たず、そんな事ばかりを考えていた。

それこそ昨日昨夜もその様なありきたりとした夢を見ながら……結局、大変よく眠ってしまった。

の、だけれども……、


「お嬢様、今日こそちゃんと起きて、朝食をとって貰いますよ!」

「……………後五分してから起きます」

「もう、このままだと本当に外の噂通り、眠りの呪いをかけられたお姫様となってしまいますよ?」


と優しく言いつつも、有言実行。

今日こそ! これ以上の問答は無用と言わんばかりに、猫と言うよりは例のアザラシ如く、布団から引っ張り出された件について。

一般的な世論も正義も向こうにあろうと、仮にもメイドとして主人相手にご無体が過ぎるし、私は悲しい……。

良い悪いは考え方ひとつ……とは言え、悲しいものは悲しいし。前世より私は夜型人間なのだから、その分早起きはマジでつらい。


「ほら、そのままでいいのでバンザイしてください。今日こそ! 目を瞑ったままでいいので、ほら!!」


寝る子は育つと医学上でも証明されているのに、何故誰も分かってくれないのか。

嘗ての私にとって新でありながら、その分、前世基準からして旧となるこの世界。

只今の世がちょうど春で、けれども、件の春眠を詠う前……。例えこんなF世界の春だとしても時を超え、時代を超え、時空の壁まで凌駕すれ、移ろいやすいのが「彼女おとめ心」と言うモノだ。


あの真夏熱のせいで、新に生まれた悩みこそアレやコレやとあるものの……。今生の私は人でなく、お猫様に成り果てようと心に決めた日々が、ここにはある。

この屋敷で、生れてこの方十年ちょい。今生の身の上で世に爆誕したその日から、今もこうして観賞魚さながら屋敷すいそうに閉じ込められていようと、別に良い。


……と割かしマジでそう思えて来るから、巷で噂の公爵邸ガチってホント怖いよな……。と、アトランティアは思い、黄昏がれた。

ここまで来れば最早「それでも世界は美しい」どころか、普通に屋敷での老若男女。今日も今日とてそんなお嬢様の周囲犇めく顔面偏差がF過ぎてーの、輝き煌めき過ぎてーの、で、ほぼ強制的、世界そのものが美しくされているのだから……今生の実家。アールノヴァ公爵邸、今日もマジヤバ1000%。


在りし日の預金通帳を失った心が、今この瞬間にも、瞬く間に癒されていく。

なるほど、ここが殿上人しか行けないという「天国」と言うやつなのか……。


「美味しい……」

「!!」


……なのに、こんな今を経験したからこそ見えて来た地獄の様な前世に比べ、この身体、マジで少食が過ぎない?

家内外、頭の先から足の爪先まで圧倒的な美と金持ち感を誇る。そんな生れながらの勝ち組命のくせして、これでは人生12割ぐらい損してなーい??


と、etc.中の人が今日も騒がしいところで。

本日、朝早く(当社比)。某アザラシ構図の様に布団から引き出され、そのまま着替えまでの過程を全介助され、少しばかり遅れた朝食に流れ着いたアトランティアは「今日も」チマチマもぐもぐしながら、しみじみ思うこととなった。


この度の自分が意図しない突然死で時空の壁をブチ破ったかの如く、ある日突然、TからXへと。

そんな前世で嗜んでいたアレの名残癖。

東京・京都どころかスマホもねぇ、カメラもねぇ、フォロワー0な時代だとしても……こうしてボソッと無意識にリプするだけで、目前溢れんばかり、目にも止まらぬ速さで追加される食物。

かのMファースト店代表赤髪オジサンだとしても、きっと思わずびっくり仰天しそうなプロフェッショナル感で。


この様な今を生きる、この現実世界。

これこそ、本当に! 何気ない自分の口から零れ落ちた一声だけで、追加されてしまった本日の焼き立てパンシリーズェ……。


「お嬢様、パンのお代わりをお持ちしましょうか」

「いえ…もう十分よ、ですぅ……」


愛の様で、愛じゃない乙女の敵をF世界にて発見!

世の中餌付けだけが、愛情表現じゃないのに……。

ここまで来ればお猫様と言うか、寧ろお鶴ちゃんか、ただの食いしん坊パンダと呼ぶべきであろう。


こうした日々の隅々での食事も、屋敷も、ここで厳選され務めている使用人一同自体も。平均的な前世感覚からして流石F世界公爵邸、マジあっぱれ! と中の人から盛大な拍手と賞賛を、今この時をもってして送りたいところではあるが……。


「かしこまりました。ただでさえ昨夜はあまり召し上がっていないのですから、できるだけ! いっぱい食べてくださいね」

「エ、ア、そう? それもそうね、はい……」


それでも、殊更。今のアトランティアが、周囲のお姉さん方に申し上げたいのは、

「いくら上から下まで美味しいが過ぎる世界でも、現実的な心と、中の人と、物理的な胃袋の許容量は超えたくも、越れないからな……」ということである。


このまま旅にも出ずお猫様を極めて、お姉さん達の好き勝手に身を任せていると、いつかきっとD〇M式服からでなく、先に胃袋が大破してしまう……。


おーい、まだ寝るな。

中の人、聞いてる??

やはりF な分だけ『公爵邸』と言うのは、世の皇宮・後宮以上に、マジの大真面目でのヤバヤバな場所だったのだよ。


———と、言うことなので、


「……お食事中失礼いたします、お嬢様。本日予定されていた授業の先生がもうお見えですが、如何なさいますか?」

「ス、す! 直ぐに!! 行きますとお伝えしてくださる?」

「では先生に一足先、何時もの部屋で待機させておきますね。……寛げるようお茶菓子でも出しておきますので、ごゆっくり、朝食をお済ませください」


今となっては何処よりもの現実世界にて。今この時も、メイドお姉さんはそう言うものの……。

だとしても、この、今の現在地から当の部屋まで十歳児ダッシュで移動しようにも。事実上観点で今生の実家が広すぎて全然目的地に辿り着けないのだから……マジヤバ2000%の愛があれ、度を越したお嬢さま生活は楽は楽でも、(体力的に)楽じゃない。


ただでさえ今目の前にしているパン、ダイニングテーブルの彼方から此方までの距離。

未だ見ぬこの世界での城より、絶対城してる屋敷。

前世と比べずとも、覆された家の概念。

教師を待つ生徒でなく、生徒を待ち惚ける教師……。


こんな新世界、こんなXL・F世界。

澄ますべきなのは耳ではなく、目だし。

あのひと夏から、日々の折々にて。保つべきなのは、きっと人としての「正気りょうしき」か。はたまた、生物としての自己認識や自己識別なのだろう。

特にここ最近となって改め思い、思い知ったアトランティア兼中の人。


だからこそ、より一層強く願うこととなる。

行きはよいよいでも、帰りはなく。


「お嬢様~! 危ないので廊下は走らないでくださいね~~~!!」

「私、走っておりませんから! 早歩きです~~~」


こうして走っても、走り続けても、未だ目的地に辿り着けない現実いえで。

今は昔となる、あんな当時願っていた優雅で贅沢な悩み。

新たな今生、もうお猫様にも熱帯魚ニモなれなくていいから! その代わり、かの有名な学校怪談パイセンの脚力が真面目に欲しいが過ぎる、今日この頃。


そんな、本日のアトランティア・アールノヴァ。御年十歳(になりました!)、身分はぐだでなく公爵令嬢モブ

現段階での職業は「お嬢様」と言う名の無職で。

今も前世から受け継がれし引きこもりの性と中の人を抱えつつ。今日も今生も、大して頑丈とは呼べない骨格で風と共に去りぬ。


マジ乙女以前、真面目にダイエット以前の問題。この身体マジで体力なさスギィの、脆過ぎではなかろうか。

元気?いっぱいの十歳児の脚力をもってしても、この速度……。

誰か、誰でもいいから……この世界・国で、誰か早く『スニーカー俊足』と言う概念を生み出してくれよ……。

お願いだから。

それか芋ジャーでもいいから!

本当に、……と。

少女は思った。



だってここまで来た彼女にとって、魔法等があってハリーシリーズには成れても、プリキュア要素もキュー〇―サンのいないF世界での自由の『扉』と言えば。

やはり女は何も言わず自分を磨き、不二子ちゃんあたりを目指すのがベストで最高の選択。


ティアラの代わりに仮面を、言葉の代わりにペンを。

あの様な前世の時分から居やしないD系王子より、大泥棒派で、それが癖なのだから。こればかりは世界を巡れど、どうも、仕様もない。


少年ならば、純粋とした冒険心。少女ならば、『未知アイ』への探求心。

不幸も幸福も題材に過ぎず、希望や絶望さえ作品と化す。

———それが生まれながらの『芸術家カノジョ』という者だ。

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