第12話 旅はどうした、愛しの君が世


『盲目的な愛の終着点を、同じ「執着しゅうちゃく」と呼ぶのなら。

 他者からの執着アイを求めるのは、人として可笑しなことなのか』


綺麗ごとばかりの『愛』は頼りないと、誰かは定義した。

本当に愛しいのなら執着アイを見せつけてと、誰かが歌う。

一度触れてしまえば、もう戻れない。

世の愛とは、アイであり、哀で、逢いで、相で、『I』だ。


ならば、嘗ての「あの家」で生きていた私は、果たして『何を』愛していたのか。

全てを諦めたその時まで、あんな家での、一体『何に』執着していたのか。




一度完全なまで死んだあきらめた頭で、今も時折考える。

あの夏を境に死んで、虫に食われた『私』の世界きおく

三年の月日が流れても、未だ塞がずの空洞。


ねぇ、私。


あれほどまで一生懸命になっては、しがみ付こうとしたアイの中。

あの光のささない、冷え込む寝台せかいで、

最期の時まで。

あの頃の私は……一体何を『探し求めて』いたというのか?


今となっては、どうしようもない。そんな昔の、『アイ』の話。





———『夏』は嫌いでも、夏の海は嫌いになれなかった。

それこそ春でも、秋でも、はたまた真冬の日であったとしても。

宵闇に浮かぶ星月を眺めながら、地平線の見えない海辺を散歩するのが。他でもない私が、何よりも好きだったのを、今でも覚えている。


どれほど恋焦がれようと、手の届かない星や月とは違い。望めば海は、何時でも触れることができたし。

例えお伽噺の人魚姫となれずとも、足を、一度でも海面に着ければ。それだけで思い赴くまま、波がどこまでも連れて行ってくれるような気がしたから。


今となっては二度とたどり着けない。遥か彼方にある、海の向こうまで……、


「———お嬢様、お嬢様? もうそろそろ起きてください。今日こそ! しっかりとした朝食を取ってもらいますよ」


失われた預金通帳が、余りにも恋しいし、恨めしい。

あの世界で一生懸命蓄えた貯蓄で念願のエジプト旅行にも行けぬまま、私は死んだ。

ただ、それでも。いくらあの様な前世の身の上での血統上、同じ血が流れる人間同士だったとは言え、死んでもあんな一族と同じ墓に入りたくはないな。

海に帰るのもいいけれど、どうせなら私もピラミッドが欲しかった。


……と。今となったからこそ、尚そう思う日々が、ここにはある。

変な夢を見ていた気もするが……。それでも今日も、よく眠ってしまった。


魔力暴走から奇跡的な生還をしたものの、可笑しくなったご令嬢。

不治の病にかかったアールノヴァのお嬢様。

作品から匂う、人格の死と。

「悪魔に魂を売った公爵令嬢」

「才能の代わりに、人前に出られない呪いをかけられたお姫様」

あの日から三年経った今、巷での人々は皆が皆、口揃えてそう議論するけれど……。世の『現実』と言うのは往々にして、もっと単純明快な話だ。


可愛い子、いざ旅へ!


そんな在りし日の京都へ行こう! 的なキャッチコピーを掲げるのに、今生の実家の住み心地、居心地が一寸以上に良すぎた。

たったそれだけの話である。


これでもこの身体で生まれ、この方十年弱。昔々は、いざ知らず。

少なくとも自立を志したあの日から、お嬢様とて、隙あらば外に「は」出ようとした時代が、確かにはあるも。

但しその時代は僅か数か月にして、崩れ落ち、しんんだ。


生活する内。何かにつれアレコレ、理由を付けたとしても、どうせ一度たりと成功した試しがないし……。

無理を言って外出しようにも、周囲が良い顔をしないどころか。それ以前の大前提で、あの夏の日に爆誕した『中の人』が、「あんな」前世の反動からなのか。


この度の二重突然死について:

生れながらの業を背負った忌み子でも、F世界的婚外子でも、よくあるテンプレ悪女ですらない。親ガチャ勝ち組、愛されお嬢様身分最高~!

原作分からずでも、その分引きこもれて最高~~!!

別に困ってないし?

コンビニもスタ×もないし?

それどころか皆ニコニコしてるだけで、何も言ってこないし?

家庭教師の先生たちも優しいし?

嫌な店長も上司もいないし?

家がブティック。

家に画家やデザイナーを呼ぶ身分。

デパートと化す家。

こうして出掛けない分、自己験算や、趣味に費やせる時間も金も多々あるし?

在りし日の映画での花火は見れずとも……その代わり上から下までの周りが、マジビバ☆ハリウッドで。

絶望的に広い屋敷内どこ練り歩こうと、F産イケメン・美女パラダイスだし?

……だから、えーと、私的に? その、まぁ、我儘言ってまで態々、外に出る必要なくない??

筋トレも、一寸した習い事も、福は内。

元日本人として、海外のお外、怖いでござる……。

生物として……etc.


と、等と。しているのだから、本当に、どうも、しようも、ない、今日この頃……。


「あら? まだ起きていらっしゃらないの? 一応朝食と洗顔等のご用意ができましたので、呼びに来たのだけれど……」


この身体に生まれて早十年弱。

中の人が生まれて凡そ三年間。

前世でのアレコレを思い出し、知ったからこそ、よりいっそうとした幸福を感じざる負えない日々。

親馬鹿でも公爵夫妻である両親や、シスコンでも次期当主たる兄ほどではないものの……。これでも前世の記憶・知識を乱用して一寸稼いでいるダメ大人だし。


「お嬢様、せめてお食事だけでも、」

「うーん、でも、まだ眠いの……」

「お嬢様? 一寸だけでいいので起きてください、アトランティアお嬢様!」

「う、んんっ、後三年ぐらい寝かせて……」

「年単位は流石に寝過ぎです、お嬢様……」


だからこそ、あの夏の日から毎度の事ながら。そう口々に言いつつも、メイドお姉さん達の声はある意味子守唄の様で、優しさそのモノなのだから、ついつい甘えてしまう中の人と外の骨格。

あの日の後遺症からなのか時折、今の人格・体で変な夢を見るも、一度目覚めてしまえばほとんど覚えておらずで。

こうした何気ない日々でも、日々思う。


『今生の私』は、本当に幸せ者だな。


と、

それこそ、このまま一生どこにも行かず、お貴族様的な嫁の勤めも果たしに行かず。一生涯、この屋敷から出ずとも、別段悪くないかもしれない……。


とも。

徒然なるまま、思い連ねるほど。

あの日から、特にここ最近のアトランティアは、マジでそう思っている節がある。



「……もう、本当に仕方のない方」


と聞こえつつも、みんな無理して起こそうとしないのだからありがたい。

新たな「今日」と言う日になって、朝になろうとも醒めない思考。

光が差し込もうが、差さまいが、未だ開こうとしない瞼。

春眠暁を覚えずとは、言った者勝ちで、

揺蕩う意識の中、少女は又もやと言わんばかりに眠りつく。


それでもこうして、次第に消えゆく話声の最後の最後。……そろりと、今日も誰かに頭を撫でられる気がした。

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