第二章 始まりの春と宵闇の海辺街

第11話 新たな始まり、1625年『春』


『今はもう昔の話。

 遠い、遠い、遥か彼方。こことは違う世界での、とある少女の昔話』


不運の定めは突然に、

ある冬の日のある家で、一人の女の腹から、かぐや姫の様な女の子が生まれました。

それがその家で生まれ落ちた少女にとって、全ての『不遇』の始まりだったのです。


「娘子だと? そんなモノ、子がいないのとも同然だ!」

「ようやく恵まれた子宝が女の子だったなんて……なんて、嘆かわしい」


昔々、今となっては昔の話。

かのお伽噺に出て来る、輝夜の君如く。その少女も生まれながらにして、母親によく似て、とても綺麗な子だったのですが。

所謂、古き良き日本の華族の血筋であり。現代となってもその様な『誇り』を捨てられずにいた大人たちが、そんな自分たちの世界で、終ぞ、その事を鑑みることはありませんでした。


お前のせいで、私は……。と、まるでありふれた呪詛の様に。

それこそ自分の腹を痛め産んで、始めこそは、我が子を見詰めていた母親ですら。日を追うごとに増す周囲の心無い言葉に疲弊して、周りに言われるがまま最終的に、少女をないモノの様に扱い始めたのです。


母を呼んでも無視をされ、多忙な父はそもそも家に帰って来ない。

だからそんな当時での、そんな環境下で産まれた少女にとって。物心つく前から犯していた過ちと言えば、その家で『女』の性で生まれてしまった事でしょう。


それだけ例え直系の実子であったとしても、昔ながらのあの家で。『女の子』が跡継ぎになることは、決してあり得ない不文律でしたから……。

ただ、それでも、



『努力さえ重ねれば、何時か主人公になれると思っていた。

 いつでもどこでも、それこそ物心ついた幼心からずっと。

 頑張ってさえいれば、何時か宝石になって愛されるはずだ、と。

 

 昔の私はずっとそう盲信していた、愚かな子供だった』



———ただ、それでも、今となって改め思い返せば。一体、それの何処が悪かったのでしょう?


「ねぇ、私」と、

過ぎた日々、もう二度と帰ることのない世界いえを思いながら。今日も夢の中、頭の中でこそボソとした話を繰り返す。

人は簡単に人を裏切るけれど、現実ソコに積み重ねられた『努力』は決して自分を裏切らない。

幾星霜、幾年月かけ重ねた時の分だけ、裏切れないのだ。と、

少なくとも『私』は、その事をよく知っている。

とも。


ねぇ、私。


だって世の中、結局。その時代での時折々で、石の上にも三年、三年も居座れば、それだけ温まると言うモノで。

嵐の後に、凪が来るように。一度死んだのなら、後は『次の死』が来るまで、生きるだけの話だ。

こんな見も蓋もない現実世界で、もう一度瞼を開けば、ほら、



「我が帝国、我が祖国。新たな『天才』の誕生に、万雷の喝采を」



ねぇ、今の私。

『あなた』もほら、聞こえて来るでしょう?

何気ない習いや趣味事だったとしても、嘗てのあなたが積み重ねた『努力』への称賛を。

『無関心』こそ『芸術こどもの死』と呼ぶのならば、あなたほど年若くして成功した人間は、きっとこの世にふたりといない。

例えあの家や「この家」でなくとも、これこそ替えの効かない、唯一無二とした『あなたの価値』だ。


喝采と同時に、この三年間。

ここでの世間体では「悪魔に魂を売った公爵令嬢」だとか「才能の代わりに、人前に出られない呪いをかけられたノヴァのお姫様」だとか何とか……。

何も露知らぬ、存ぜぬ巷での人々はこんな『私たち』について口々、日々、好き勝手言ってくれているけれど、私は別に構わない。

美文も醜聞も厭わないし、気にもしない。

結局一度死んでまで渡り歩く世界が違えど、仮にも『人の時世』で……。口開く相手が貴族だとしても平民だとしても、扱き下ろそうにも面白ければ、何でもかんでも「どうせ既に死んだことのある身だし、今更となっては全て良し」と思うからだ。



「あのひと夏の熱から、お嬢様が今日もご乱心」



と。皆は言うけれど……。それでも(多分)誰にも迷惑をかけていないのだから、目を一寸瞑って欲しい。

その様な日々。

あの日から、三年。

そうやって、今日までの何気ない一日一日を好き勝手に生き。

私は……私が「今日」と呼ぶこの日も、三千世界の昼も夜も殺し、『あなた』と眠る。



———ねぇ、私と。今日も問う。

そして未だ、今も、人知れぬ私たちだけの世界で繰り返す。

あの時から私の『共犯者かげ』となった、私であり、私ではない『あなた』。

定め。

これが私たちの『運命さだめ』?


———嗚呼、これが『本当の仮面』なんだ。

と息継ぐ間もなく、周囲を欺きながら歩む事が、これからの、この世界での『私』の運命なのか。


……でも、例えそんな偽りの様で、偽りでない『行き場せかい』だとしても。

未だかつて、誰より不器用だった雪の精あなたに似合う『生き場』を。せめて、ここでの『私』が、作ってあげる。




これはそんな漠然とした新たな始まり、1625年『春』の空絵巻。

本当あなた』の夜が明けるまで。せめて、私だけでも『あなたが為の居場所せかい』となろう。

新たな旅路。本当の物語の『幕開け』は、ここからなのだ。

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