第7話 そして、他意なく変貌した公爵令嬢(モブ)



生を受けたのもおやの気紛れ。


一息に締め殺すのではなく、ただただ、ジワジワ押し殺す。

家門も血筋も、嘗ての私には重すぎて。

幼い身でどれだけ努力を重ねようと、焦がれ、望むモノを与えられることはないと『理解』した途端。

その場で心を引き裂いたのは絶望ではなく、最も純粋な「諦め」と言う感情だった。


遠い夏の記憶、冷たい思い出。

ありふれた大人たちの都合で、抉り出された醜い性。

逃げは恥と言うが、ならば一体何故、一度も見てくれなかったのか。

幼い頃あれだけ手を伸ばしたのに、何故、一度も引っ張ってくれなかったのか。


———今はもう、昔の話。


焦がれた愛は最後まで与えられず、最も愛した存在ですら自らの意思で手放す。

……自らの意思で手放した、あの日の温もり。


昔、むかし。

光のささない、箱庭せかいでの話。


愛もない、涙もない、子供時代。

遊びもない、苦痛もない、少女時代。

何もないし、何も望まれなかった……人間。


どれほど頑張れど、男ではないからと。


その様な世界、完全な無関心の中。大人になり、女となる。

毎夜ただ人形の様に、眠り。

毎日息を殺し、従う様に、生かされた。


『人生』


生れながらの、罪。

価値ある人間には更なる価値を付与するクセに、その一方、見捨てた人間には見向きもしない。

神様は平等でありながら、不公平だ。

意味のない気紛れで創り出した器ならば、いっそのこと心を与えないで欲しかった。


嘗ての『私』

昔の『彼女』


夢も希望もない、可哀想な女の子。

肩書きと見てくれしかなかった、空っぽの少女うつわ

出来損ないだけれど、完璧な人形にも成れず。

出来損ないのくせに、操り人形とまでは成れなかった、チグハグな存在。


無意味な日々。生産性なく息をする。

……ただそれだけの、娘。


「この家の人間として『価値』を生み出せぬのならば、今すぐ出て行け」


と。

邪魔な人形なぞ、いない方がマシ。

結局、人間の『人生』なんて、こんなもんだ。


必要なアイも与えられず、生きていても意味カチがない。

元華族の血、女は家の資産とされ。

男児でないのなら、『自分』すら持つことを許さない家に。幼い私は何故あれほどまで必死になって、しがみ付こうとしていたのだろう?


虫食いされたきおくの中、ところどころチラつく"誰かの面"。

真夏の日。

果たして、そんな嘗ての『私』は、あの家で一体『何』に成りたかったのか。

……本当は一体、何が欲しかったのか。


親からの『愛』?

周囲からの『期待』?

女としての『喜び』?

人としての『幸福』?


絵本の様な『夢』? お伽噺染みた『希望』?

それとも……




今ではもう何もないし、一度諦めて死んでしまった時点で、もう何も欲しくならない。

他人に期待するだけ無駄だ。

泣き出したい時、何故か笑うことしか出来ない。

嘗てと呼べる『私』は、もう既に、どこにもいないのだから。





———この世に『無償』の愛は存在しない。

与える側も、受け取る側も。

友情、恋情……その形は時折織で、様々だけれど。家族の間柄でさえ、世の中、タダなものなぞ一つとない。

値段と支払いは常に対等だ。


それが最も健全なあり方だし、最も『安全』なあり方でもある。

与えすぎれば腐敗を招き。

与えなければ枯れてしまう。

結局生物か植物かと言う違いだけで、人も花も同じ様なものである。


「リアム様? お嬢様がお越しです」


……勢いの赴くままやって来て。今更となって緊張してきたが、ここまで来れば最早、背に腹は代えられない。

女は度胸。

妹は愛嬌。

お茶OK、お茶請けOK、服装も多分……大丈夫な、はず。


「お兄様、失礼します。贈り頂いた物に対するお礼を、」


いざゆかん兄の執務室。

記憶を取り戻す前まで、よく顔を出していた場所だし……。今回もきっと 万が一! 何か失敗したとしてもこの母似の顔面偏差値と、シスコンフィルターが毛穴の隅々までカバーしてくれるだろう。


わたくしの、無事と検討を祈る。


「アトランティア!」

「ワッ」


……そう祈るのと同時に、欲望に負けた常識。


思わず「困ります、お客様」と叫びそうになるわたくし、アトランティア。

この度、至極真っ当な理由を盾に、未来の公爵様に媚びを売り。新生妹として、初の家族孝行。

元日本人スタ×店員として、現段階でのこの国で。お茶、コーヒー関連ならば、誰にも負けないという謎の自信と使命感。

だから、今、こうしてお礼ついでに「お茶でも」と、兄のご機嫌を取り。前世を取り戻した眼で、F世界産イケメンを一寸ばかり拝みに来ただけなのに……。


お見舞い品然り、この時然り。

一体誰だ? 

今生のシスコン源氏お兄さんのガタを、こうもブチ壊した奴は……!


集団洗脳、ドナドナ。

その次にグッバイ、地面。

こんにちは、浮遊感。


流石のお兄様でも、ここまでされては。色々、反射的に思いだす。

生々しい、他人の温もり。

軽々持ち上げられた、躰。

状況反射、思いだしてしまった。これは……前世の眼でよく眺めていた、あの、あの! 他でもない、あの!!


スチル構図ではなかろうか?


「ひぇ」


最早鳴き声、泣き声でしか出ない。

乙女として体重を気にする以前。既にもう死にそうだし、泣き出しそうだ。


備えあれば憂いなしと意気揚々、出陣したはずなのに。

実の兄相手に、これからのプレゼントは失くしやすい物より、一生あやかれる知恵を贈ってもらおうと。

これを期、お兄様のご機嫌をワッショイした所で……。自他共に『正しい』お金の使い方。

適当に何の教科の強化でもいいから、妥当な家庭教師でも付けてもらおうと。アトランティアは、一寸した先っちょだけ、強請りに来たはずなのに……。


「? アトランティア?」


顔、良……!!


それでも。

それだけ今、この時ばかり。実の兄の顔が良すぎて、何も頭に入ってこない件について。

昔の妹ならば兎も角、少なくとも今の全『私』は拍手万歳、内心スタンディングオベーションをした。


お国柄なのか、血筋柄なのか。最早そんな些事、心底どうでもいいけれど。

お兄様。

その歳で筋肉もヤバければ、普通に高身長。

そして高収入でもある、F世界イケメンなものだから、



今の構図。

私さえ、わたくしさえ、いなければ……!!


「もうコロシテ、コロシテ、クレメンス……」


本当に鳴き声下でない事態、思わず顔を覆う。

———この瞬間!!

出荷待ちドナドナ子牛から、瞬く間。公爵令嬢(暫定モブ)が、限界オタク顔となったのは言わずもがなであった。

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