第6話 存外、F世界お嬢様も楽ではない
何時の世にも、『永遠』と言うモノは存在しない。
恩恵に代償は付き物で。
……"運よく"他者から恵まれた特権なぞ、泡沫の様なものだ。
どれほど栄えた国・王朝であろうと、ふとした契機で戦火に包まれ、滅亡する。
陰謀、権力闘争。繁栄に没落。
自分しか信じられない貴族社会ならば、尚そうだろう。
愛も、夢も、希望も、何もかも。
世の全て、当たり前なことは一つとない。
『アトランティアお嬢様』
『アールノヴァのご令嬢』
誓いの元で与えられた権力、守護を前提とした搾取。
持つ者が責務を果たさなければ、いずれ社会は破綻する。
明日の我が身。
最後に頼れるのは自分だけ。
それでも他者からの『幸福』を持ち続け……「いつか王子様が」現象が起きるのは、かのD世界か。はたまた、プリンセス願望塗れな夢小説の中だけだ。
男女間における真実の愛より、家族愛。
あれだけ王子様とお姫様の愛を謳っていたD世界ですら、ある時期を境に、『現実』と言うモノを見だしたのだから。
結局世の現実とは、そう言うモノで———
少なくとも前世の身が、ああしてトラックにブチ当たるまで。当時の時代は韓流ウェーブに乗り来日した、在りし日の王子様ではなく、公爵様ブーム……。
それもビッグな悪役か闇あるラスボス系なら、尚、言う事なしの「良!!」らしい……前世の私。
□
———と言う事なので、今日も元気に行ってみよう。
時刻は三時、天気は快晴。
只今の脳裏にて、指2本「行ってよし」とこちらに向ける、某テニヌ監督。
「おっ……お嬢様がご乱心!! お気を確かに!」
……に対し。
公爵様うんぬん以前、『公爵邸』自体に変な夢と幻想を抱いていた前世の自分に、アトランティアは「お前こそ現実を見ろよ。二重の意味で」と申し上げたくなった。
良くも悪くも、この度の魔力暴走で覚醒した前世でのアレコレ。
命も身体もカラガラ、運よく生き永らえたここ数日だけで、屋敷中「死の淵を彷徨い。高熱のせいで、お嬢様が可笑しくなった」とてんやわんやだ。
それでも、例え本当に可笑しくなったとしても、人としての常識を取り戻しただけだし。在りし日のヘレンさん如く、視力と聴力までご臨終しなかっただけマシだと思え?
七つまでは神のうち。
とは言え、もう若干七つ過ぎだし。七つともなれば、前世で言う小学1年生か2年生ぐらい。
そして、前の体での享年が22であるのも相まって。
(いい加減……せめて……)
せめて人並みでいいから、元大人としての沽券を取り戻し、少しは「自立」したいと言うのに。
「お嬢様、お嬢様、おやめ下さい! 気を確かに!!」
「仮にも病み上がりの御身で自らなさらずとも、このくらい私共にお任せください!」
「お願いしますから~! あっあっ、お嬢様いけません、本当にいけません!! これでは私たちが公爵様やメイド長に叱られてしまいますぅ~~」
———だが、断る!!
そう思いながらも、我が覇道を塞ごうとするメイドのお姉さん達へ。
お嬢様がなんだ。
公爵令嬢がなんだと言うのか。
お金持ちがそんなに偉いのか?
地獄の沙汰が金次第だとしても、それ以前に、死して奪衣婆にも会えず。
気づかぬ内に三途の川を渡れど、某鬼神様にも会えず。
推しのため、世界平和のため、老後のため。
前世。あれだけバイトに明け暮れ、四苦八苦チマチマ記載し、それだけ精魂込めていた預金通帳ですら持って来れず仕舞いなのに?
(こう、思うだけで泣きそうになる)
なんと悲しいこと……。
私の預金、私の資金、私のお金……。
バイトが公式解禁された大学生になるや否や、タウンワークに登録、スタ×に面接、勉学サークル片手間に隙時間あらば汗水流し、ストレスを溜め、クレーマーと戦い、内心血反吐吐きながら貯めて来た……私のお銭。
日々のスケジュール大渋滞で使う暇なく、逆に死後国庫行き?
は?
ふざけんな!!
明日の我が身以前。こうなってしまった悲しき今生の我が身で、そう思う度、今度は物凄くむしゃくしゃしてくる。
衣食住、趣味、推し活。
世の中、金。
生きている人の身で、金がなければ何も始まらない。
確かに、それはそう。
でも最も肝心な身が一度灰となれば、ただの概念と化す。
いや、実際に化した『預金通帳(概念)』が今の脳裏に、ある。
———お金持ちがそんなに偉いか?
偉いのは金持ちではなく、お金自体だろう。
始まる哲学。
それこそ、聖人聖女よりもずっと貴貧関係なく。貴族にも、平民にも、森羅万象に対し平等な、お金様。
この世に『永遠』と言うモノは存在しない。
『運よく』手にしたものは、『運悪く』手放すこととなる。
そして……どの世でも女心以上に、貴族社会ほど移ろいやすいものはないのだ。
今日の敵は、明日の味方。
今日の味方は、明日の敵。
F世界だろうと、何世界だろうと関係ない。
結局……。公爵令嬢だろうと、社長令嬢だろうと、その様な社会的地位が上に行くほど敵も多ければ、自由もなく、ある意味究極のデッドorアライブを強いられる、この世の中……で。
婚約破棄、国外追放、娼館オチ、断頭台……。
ロリコン、ナンパ、勧誘、誘拐、変態、宗教、傾国、冤罪、暗殺、魔女裁判、戦争、神隠し、以下略。
備えあれば憂いなし。
人知を尽くし天命を待つ。
後は、『運』次第。
ウン。
「お嬢様~~~」
その為にもやはり「自立」はマストで、ベストな選択。
DでもないF世界で「いつか王子様が」現象を期待するだけ無駄だし、シャララララを期待するにも前世で一寸歳をとり過ぎた。
『現実』
とは、常に非情で。
「嗚呼、無情……」
「お嬢様? 先ほどから、私たちの存在見えてますか? アトランティアお嬢様~~」
最後に自分を守れるのは、自分だけ。
時は令和。
時代は守ってもらう系プリンセスより、断然!!
例え断罪されても、自分の道を自分で開拓できる悪役令嬢ブームなのだ。
アトランティア・アールノヴァ。御年七歳ちょい。
あの日から頭の中に芽生えた前世の自分が、日々そう訴えて来る。
(公爵令嬢はやばい)
モブでもやばい。
原作が分からない以上、自分の足で立つんだ。
いつかの日に備えて。
それこそ、某アルプス少女みたいに!!
……何より、美少女の突然の死は地雷です。
と。
(お気を確かに、前世の自分)
でもその気持ちよく分かる。
結局、人間の人生なんてそんなもんだ。
他人に従うのは楽でいいけど、いざという時に自分が困るからダメ。
神様が平等でも、人間の命は平等じゃない。
人間の命はその人の存在価値。
前世の芸能界や、今の貴族社会がいい例となる。
価値。
———つまり、金だ。
だからこそ、そう言う時。守ってもらえるのは価値ある人間で、その中、自分自身が一番確実、その分頼りになろう。
生れながらの美貌が武器となるならば、『金』は最も原初的な力。
前世の人格と知識が身体にInした以上。
少なくとも、『今』のアトランティアはそう認識している。
だから、今からでも自立を……
「お嬢様」
「あ、ハイ」
……だのに、周囲の人がさせてくれないし、普通に許してくれない、今日この頃。
適当にあしらっていたメイドお姉さん達の声が突如ピタリと止み、同時に聞こえて来た男の声にトリップしていた思考が、ようやく戻って来る。
反射的に声主の方へと視線をやれば、何度か見たことのある(気がする)影が一つ。
「……? 貴方は…確か、ティンバーレイク卿?」
「はい、アラン・ティンバーレイクです、お嬢様。……そしてお嬢様ともあろう方が、私どもに対し卿などと呼ぶ必要はありません。私の事はアランか、ただのティンバーレイクとお呼びいただければと」
「あ…はい。では、今後はその様に……」
相手が相手なので、とりあえず素直に頷いておく。
これまでの記憶が正しければ……確か今生のお兄様の専属侍従であり、若くしてこの屋敷の侍従長も務めているはずの男だ。
「お嬢様は…これから、リアム様の所へ?」
なのに、どうしてだろう。
恐らく前世の感覚のせい、こんなにカッコいい見た目と肩書きを持つ男に対し、何故こんなにも社畜の波動を感じるのだろう……??
アトランティアは、思わずたじろいた。
そして、始めこそ。そんなお嬢様の心ここにあらずな様子に首を傾げたアランだが、次の瞬間にはハッとして、アトランティアの前へ跪いた。
え?
「ああ、これは大変失礼いたしました」
である。
「?」
「もしや使用人の手が足りていませんでしたか? 私の不手際です。申し訳ございません」
そのままの姿勢で、アランは言う。
その視線の先を見て、アトランティアはようやく理解した。
———公爵令嬢ともかく。この世界でのお嬢様は普通、自分でお茶を運んだりしない。
そういった事のためにメイドと言う存在がいるからだ。
7歳にInした22歳。
7≦22
この度芽生えた前世により自分から言い出し、やり出したこととは言え。こうしてアレンに指摘され、その結果……
お嬢様。
殊更オロオロするメイドのお姉さん達に、申し訳なくなる。
たかが茶と菓子。
されど茶と菓子。
メイドを使わないで直接運ぶだけで、こうも過剰に反応される、この身分。
ノーモア精神泥棒というより、どこかしこもノープライバシーで。
最も気まずいのはお花畑前と風呂中である。
だから存外、F世界お嬢様も楽ではない。元庶民からすれば楽ちんの様で、実はもっと楽ではない。
……主に人としての心とメンタルが、
「ああ、違います。彼女達は違いますよ…ティンバーレイク卿……」
「どうぞアランと呼んでください。後、どうか私がそのティーセットを運ぶことをお許しください」
それでも、F産イケメンにそう言われて断れる性分をしていない、前世の私よ。
お前がそんなのだから、これでは自分で立つと書いて、"自立"なんて夢のまた夢ではなかろうか。
言葉こそ柔らかいものの、スッと細められた目は鋭い。
「身内にさえ時折、こうして試されなければいけないのか」、アトランティア思わずゲンナリした。
忠誠心が強いのは大変結構で、一族としてはありがたいものの……過剰なまでの過保護は、元大人として流石に勘弁して欲しいところ。
茶ぐらい自分で運ばせろ……である。
「……はい。ではお願いします」
ただ心ではそう思うも、現実世界での口から飛び出たのは真逆の言葉で……。
その対応に ニコッ! とした男に、内心、更にゲンナリしてしまう。
(グッバイ、自立)
ようこそ、お姫様待遇。
前世からすれば何とも贅沢な話だが、そんな前世の感性があるからこそ素直に喜べない、この新時代。
「それでは、アトランティアお嬢様。僭越ながら、共に参りましょうか」
「あっ、ハイ。あい……」
本当に誰だ、先ほどまで私に「行ってよし」と指さした奴。
集団洗脳の次は、ドナドナ。
私TUEEEどころか、一度の死で前世を取り戻したとしても。逆にその庶民感だけ、F世界お嬢様も楽ではないと感じる。
自由に見せかけた、不自由さ。
そんなここでの私は、出荷待ちの子牛ポジ……。
大勢の大人に囲まれ、連行される。
傍から見たこの時のお嬢様は、宇宙人に見つかった地球産神戸牛の顔をしていたらしい。
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