アンナ・ケフナー

第6話


彼女の名はアンナ・ケフナー。

ケフナー家と言えば、この街でも指折りの金持ち。


身に付けている物と言い、メイドを連れている事と言い、良家のお嬢様だろうと思っていたが、それほどに雲の上の人とは思ってもいなかった。

その家の娘が図書館を利用しているのは、正直、不思議でならない。

本ならいくらでも買う事が出来るだろうに、という僕の問いに、アンナは頭を振った。


「気に入らない本なんか、ゴミと一緒よ。ぁ、もちろん、私にとっては、という意味だけど」

「つまりゴミにお金を払う気はない、と?」

「銅貨の一枚だって嫌。私は私の気に入ったものにしか対価を払いたくないの」


へぇ、と僕は相槌を打つ。


僕達は図書館を出て、カフェでお茶していた。

嬉しい事に僕が誘ったら、彼女が承諾してくれたのだ。

その際、メイドとひと悶着あったが、結局は彼女の意見が通った形だ。


あなたは、と彼女はメイドに言った。


「ハンスと馬車で待っていて。二人でおしゃべりしてても構わなくてよ、ローラ。手を繋いだり、キスするのもね」


メイドは頬を染めた。

彼女はくすっと笑う。


「1時間したら戻るから。それまで二人の時間を楽しんだら?心配しないで。あなた達の事は屋敷の誰にも言わないわ」


メイドは首まで真っ赤にして頭を下げると、図書館を駆け出て行った。

どうやら二人は恋愛中らしい。


僕は彼女をエスコートして、図書館から一番近いカフェに入った。

二人でお茶を飲みながら、彼女の素性を聞いた。


「どうでもいいものを手に入れても楽しくないもの。あなたは違うの?」

「僕なんかは、ポケットの中に銅貨の一枚も入ってない事が多かったから、良く分からないですね」

「これからはそうではなくなるわ。あなたはたくさん物語を書き、それがお金を呼び寄せる。お金は物や人も呼ぶ。良く考えて身の回りに置くものを厳選するべきね。その方が人生をより多く楽しめる」

「そんなもの?」

「そんなものよ。私が言うんだから、間違いないわ」


自信たっぷりのアンナの口ぶりに少し笑って、それから紅茶を飲んだ。


沈黙が流れる。


このお茶を飲んでしまったら、彼女とは別れなければならない。

それでも運が良ければ図書館で会えるだろうし、その時声をかければ挨拶してもくれるだろう。


でも。


今日、このまま別れたくなかった。


何か話題はないか?

彼女の声をもっと聞いていたいのに。


僕の焦りとは裏腹に、カップの中の紅茶はなくなって行く。

彼女がカップを置いた。


「ねぇ、あなた、ドーソンさん」

「ぇ?ぁ、はい」


改まって声を掛けられ、僕はカップを置いた。


「もし時間があるのなら、もう少しお付き合い頂けない?私のお気に入りを見て欲しいの」

「喜んで!」


僕は飛び上がりそうになる心臓を押さえた。


彼女とカフェを出る。

お抱え御者のハンスとメイドのローラが待つ馬車に向かう。

馬車に乗って向かったのは、彼女の家。

大きな家の中にある、広い広い彼女の部屋。


そこには何千、何万という本があった。

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