第3話


持ち込んだ出版社では、僕の書いた小説を高く評価してくれた。


すぐに出版する、と言い、版権やらなにやらの契約を立て続けにする事になった。

もちろん僕は嬉しかったけれど、どこか信じられないでいた。


色んな事が一遍に変わり過ぎたから、遠い国の出来事が目の前で繰り広げられている様に感じた。

観劇中、と言い換えてもいいのかもしれない。


それ程に他人ごと。


それでも、自分に不利にならない様に、と契約書にサインする前には何度も内容を確かめた。

後でその事に気付き、思いの外、自分がしっかりしていた事に苦笑した。


つまり、その時の僕は、夢とうつつの間をさまよっていたのだ。


数年は働かずに済むほどの賞金に加え、契約金と称した大金を手に入れた僕は、まず、借りた金を友人に返した。


今まで借りていた金額以上のモノを。

友人は僕の手から金貨の詰まった革袋を受け取ると、目を丸くした。


「本が売れたんだ。君のおかげだ」


僕がそう言うと、友人は頬を引きつらせた。

彼は僕が成功するなんて、ちっとも思っていなかったから。

僕は彼が何か口にする前に、彼の家を辞した。

もう2度と彼の元を訪れる事がないようにしよう、と心に決めて。


他にも借りた金を返していないままの友人はいた。

僕は彼らの元を訪ね歩き、金を返した。

借金を清算してもまだまだ金はあった。


だから僕は服を買った。

古着ではなく真新しい服だ。

靴も新調し、帽子も買い替えた。

少し悩んだが、引っ越しもした。


安フラットの屋根裏部屋では、新しい服に釣り合わない、と思ったから。

大金の置き場所にするには不用心だったし。


今度の部屋は居間と寝室が分かれている下宿屋にした。

マダムが一人で切り盛りしていて、彼女が部屋の掃除やら食事の用意、洗濯も頼めばやってくれる。

その分家賃は高いが、それを払っていけるだけの自信はあった。

マダムは銀行も紹介してくれて、僕は自分の金を安全な場所に保管する事が出来た。


下宿人は僕の他に3人。

みんな気持ちのいい若者ばかりだった。


こうして僕は、過去の自分にすっかり別れを告げてから、図書館に出向いた。

画集を持って。

貸出期間を8週間も過ぎてから。

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