ep.9 心にキャバ、メンタルにギャル。な「わたくし」が


『実りの春に咲く青薔薇が「狂気の赤」に染まりゆく。

 無償の愛など存在しないと言い聞かせ、目を閉じれば「忘れる」と微睡まどろむ中———誰かが歌っていると思ったら、寒桜アナタだったみたい…』


埋もれた宝玉、美の哲学は万物の手腕に秘められ、賭けられている。

「我慢しないで、いっぱい甘えて?」、永久トワに消えぬ光を放つ私たちの一等星。

……だが時たま、その艶髪みこころが絡まって仕舞うように。

貴女の中にまうを察し、追い求めるのは決して容易なことではない。



「もし、寝物語が謳うように平民の中からお姫様シンデレラが出て。もし、人族のなかから女神カミサマが生まれたとしたら……」


———とても素敵なソレは、きっと私たちのお嬢様みたいな姿形ありかたをしているのでしょうね。


一度でも熱をもって触れて仕舞えば、朝露みたいに消えゆく雪の華。どう恋焦がれようと、ただの人間風情では到底手の届かない星の娘アストライヤ


……でも、だからと言って「諦める」ことなんて出来なくて。

そんな私たち北部ゆきのくにの絶対君主、我ら『星の民』からして愛さずにはいられない、幼くも凛々しい己があるじ


(だというのに、あの果報者は……)


あの…どう転んだところで、外見みてくればかりは良いが……絶っ対!


(———絶対、微塵もの良心もない。それどころか頭も性欲も"可笑しい"としか思えない狂犬いぬっころめが……)


オフィーリアお嬢様の長髪ながかみを梳かしながら、嘗てないほど荒れ果てた心、メイドのミアは内心「チッ!」と鋭さ全開の舌打ちをした。

時は早朝、然しいくら4月に入ったとは言え、まだ少なからず肌寒い。


……ただそれでもどこに行けど、百花繚乱。

あっちこっちで思い赴くままの恋が芽生え、ピンクぴんくしている。

色欲、万物の生まれる春先きせつだけに。


「……でも、まぁ、あの盛ることしか脳にない犬っころは追々、公爵様か公子様に〆ていただくとして……」


今はより———


「嗚呼、どうしましょう……」


ミアは感嘆の溜息を零す。


春の赤と呼べば桃色の花こいごごろ

白なら雪解け最中の純白で、緑は真新しい桜葉を。

……あれもこれも、これまた「あな、美しや……」と思ふ。


「何時もながら、昔から……ではありますが。今日もお嬢様を見ていると、私の中で神話が始まっています……」


と。

昨日、昨晩の「あれから」どうなったかは、話せば長くなる……と言うか、ミアからすればもう思い出したくもない記憶なので、省かせていただくが。


「と、私ったらまた脱線を。申し訳ございません」


式から始まり会で終わる本日のスケジュール。

その余りものぎっしりさ、故に朝日が昇る前から屋敷中が慌ただしくなり、猫の手も借りたい様子。

……なので言わずもがな、「使えぬ」と判断し得る男は排除された世界。


「この辺りは……」

「いや。それより、こうして」

「……はっ! お前が今日の優勝MVPだわ」

「あぁ忙し…………」


いや、ほんと、忙しいな……!?


兎に角、皆が皆このような感じ。

一部の野郎共が使えない分、残りの者共にしわが寄ってきた。

部屋中が忙しなく、たった一つの「目的」のために口先合わせてはや一夜……未だ飛び回っていた。


のを。


「若様の甲斐性なし」

「純真で初心な俺と違って童貞じゃないクセに、すっこめ初恋野郎」

「あの無駄にご立派なブツは飾りか、責任を取る、慰謝料を払う、ヤる覚悟ないなら初めからヤルなよな……」


いつの世も鬼子母神、激怒した美人ほど恐ろしいものはない。

どこぞの誰かが独り善がりで暴走した。そのせいで、俺らにまでとばっちりが……。


「降りかかっただけでなく、お前プロだろこの役立たず!」

「エ。いや、なんで俺いきなり罵倒disされてるの……は??」

「シラス。しらす太陽神」


これだから顔も権力も金もあるイケメンは嫌いなんだ。


傍から見れば、完全に井戸端会議。女々しい男子たちの普段言えぬ鬱憤が今、あちらこちらから爆散している。

……後はただただ純粋に美少女、美女のいる空間に男子たちのテンションが爆上がり、今しかないこの調子ビッグムーブ、ヤル気に満ち溢れていたのである。


———そんな中。


ミアは彼女の幼い(?)主、鏡台前に設置されたすえられたオフィーリアの背後を陣取ると、ああでもない。

こうでもない。

いや、こうした方が……うーん。


唸り声を上げる。

正に一生一度の晴れ舞台、普段ここまで遊ばせてくれない任せてくれない、主人の身支度に力を入れ……ふと思い出す、今朝でのこと。


我らがお嬢様はいつも「現地民の言う事は参照しろ、郷に入っては郷に従え」というけれど、そんな事、はなっから"どうでもいい"のだ。

それよりかは……、


『殺して。信じてたのに…どうして私が……もうお嫁に行けない……』


だからもう、いっそのこと。


『くっ、ころ…して……金。どうじょうする、なら…かねを……カミサマころころ……こ、ころし……もうコロシテ、クレメンス……カミサマ、ウ""ゥ"っ』


『クレメンスの神…様……??』


いやはて、この世界に、そんな神様居たかしら……(੭ ᐕ))??


ミアがそう思ったのも束の間。

然し、この様な譫言を零すほど、何ともお労しいお嬢様の姿を思い出すだけで、今も腸が煮えかえりそうになる。


これも、


アレも、


全部。


アイツのせいで……なので。


『……お嬢様、起きてください。目をつむってらしてもいいので、失礼しますね』

『ただの血痕跡地キスマーク治癒師ヒーラー動員って、はずかしッ…』


嗚呼、いけません。

イけ、

これ以上は、いけ……ッ!


『や""ぁーっ!!』


夢の中ですらご乱心のお嬢様が余りにも可哀想で……夢を夢で終わらせてあげたい。

心を鬼にし、でも本日の予定が予定、時間が時刻、このまま寝かせたところでアレだから……某アザラシ構図みたく、ミアは実力行使に出た。


『 ( ³ω³ ).。o 』


布団から引っ張り出し、目が開かない相手を、てきぱきと。

だって、確かに時刻もそうだが。


(普通のご令嬢でも、そうなのだから……このお方なら、尚のこと)


元の素材が良い分、着飾る側のテンションも気合も入る。

いつの世も、女の子の準備には時も金もかかるのだ。


……ので、不肖ミア・フローレンス。


こうした「本日のヘアスタイル」から化粧監督までを一身に請け負い、いくら専属とは言え、一介のメイドの身でありながら。

どの道行こうと戦場への片道切符、ともなれば。


「———と、なので現実、お嬢様のことなのでもう色々とお調べしているでしょうし、お察しでしょうが……然るべき王太子妃が未だ決まっていない以上、現王妃様を除けば、この国の社交界、ご令嬢の間でお嬢様ほど身分の高い人はいません」


手を動かしながらそう告げるミアに、オフィーリアは遠い目をした。

……そんな彼女たちの会話がこちらである。


「ああ、皆まで言うな。私、知ってる。どうせみんなそうやって以下省略した後、どの道ゆけど婚約破棄に行きつく話でしょ……」


「ではありますが、それでもお気を確かに。お嬢様はいい加減ご自身における『現実イマ』と言うのを見てくださいね。……残念なことに、いつの世も"身の程知らず"と言うのは上から下まで漏れなくいますし……それこそ例の虫ごとく、何所にでも湧いて来ます」


ここは【北部いえ】でないので、尚更。


「はぁ……」


「なので、お嬢様がお嬢様で色々・・準備してから、こちらに赴いたように。そう言った諸々も踏まえ昨夜中、少しでもお力添えできればと、我々一同でも協議を重ねました」


その結果。


「本日、どの道せん……いえ、どうせ、どの道そうなる・・・・のなら……ここはいっそのこと。折角の機会ですし、思いっきり"やって仕舞おう"かと…」


「…………………」


「新入生代表の件は勿体ない、とも安堵の反面で正直思いましたが。……それでも一生一度のご入学の式とその後の歓迎、親睦、顔合わせ会でございましょう?」


「…………………」


「なので、本日ばかりはこちらに全部お任せください。お嬢様は緊張なぞせず、今日と言う日を、ただ楽しんでくだされば」


宜しいかと。


目をきらりと輝かせ、言い募り。

その続け様「学園、他の令嬢なんて、恐れるにあたわず」とも言い連ね。

最終的に「万が一、面倒事が起きても、その時は纏めて全部、全員あの男に押し付けてしまえばいいのです!」へ行き着いた、ミアは。


然し、すぐさま閃いたかの様な顔で……。


「……いや、寧ろ、押し付けて来てください。正直誰でも……押しの強い女男オカマでもいいですが、割れ鍋には綴じ蓋を、どうせなら色事しか考えていない、"頭が可笑しそうな"女を……お嬢様、貴女様の身代わりに」


———お願いします。


落ち着いた口調の裏腹、美女から繰り出される( ^ω^)…の圧が強い。

そう言って拳をグッと持ち上げ応援、自分の前、鏡向こうのお嬢様に向かって綺麗な笑みを浮かべたミア。

マジで目が座っている、本日の専属メイドは本気だった。


「…………俺らの若様、嫌われ過ぎでは?」


そんな周囲の声を左耳から右耳へと流しながら、永遠に触っていたくなるお嬢様の黒髪をミアは豪奢なウェーブにセットしていく。

(あくまで、お嬢様曰く)巷で流行りらしい縦ロールなんて考えるまでもなく、以ての他! 

そして万が一風などで崩れぬようメイドは、軽く巻いて、降ろして、遊ばせて……少し神経質なまでに目前のふわ髪を整えた。


ので。

いくら合算年齢が30↑だとしても、可愛いものは可愛いし、ミアの腕前もセンスも実にプロ顔負けなくらい見事なもの、故に……。

 

「きゃ、可愛い。流っ石ミア、敏腕!」

「もう少しで完成します。ので、はしゃぐのはまた後にしてください」

「あい……」


「ブッ。んふ……っ」


もはや殺気だってる美人メイドに理不尽に怒られた公爵令嬢、お嬢様の図。

割と初めから色々堪えるのに背一杯だった、部屋中の一名がとうとう例のなめこみたいな鳴き声を漏らす。


が、然し。

そんな外野たちが思うのは、若様嫌われすぎなの、笑う。である。

……そして、何より———


「やッ」

「ば。は、はわ…」

「………………………」


到底同じ【人族】とは思えない、人というより、まるで『芸術』二文字をそのまま象る様な存在だ。


上品で優雅、生の輝きの中に死に近い美しさが含まれる。

躍動と静けさが生死の境で、一つの個体として、成り立っている。

傍から見れば、精霊の悪戯か、神の気まぐれで人に与え得る全ての祝福を一箇所に固めたかのような……そんな生命体だった。


ので。


「……ッ、は? え、あば、えっ、は? エ、めっちゃ今更だけど、さぁ……?? 『』と違って、めっっちゃッ! キレイなヒトじゃん……」


未来の奥様。

若様のだけど……、


「やば、は? なんで同じ男なのに若様ばっかり、あんなにも嫌われているのに?? え、何で……??」

「きっと前世で世界を救ったんだよ、若様は」

「や。それはそれで若様、やばすぎぃ……」


透明感ある、光の角度によっては深い藍にも見える黒髪。

けぶるような長い睫毛に縁取られた完璧な枠組み、どこか金色混じる瑠璃の瞳は"星夜の妖精"を思わせた。

豊かでありながら、豊か過ぎない胸部。

女らしくも、今はまだ多少の幼さ残っており……程よい筋肉の付いたしなやかな太腿は、いくら成人してるとは言え、少女と呼べる年頃であるのに……思わず咽喉がなるほど、ひどく官能的な代物だ。


なので。

ここまで「素晴らしい」と……正直、男だけでなく同性や、幼い頃からの付き合いであるセンゾク自分メイドですら、吸い寄せられる……。

北部の唯一無二、ただそこに居るだけで自己発光する、そんな、この世のダレより豪奢な我らが一等星わたしのオジョウサマ


(……だというのに、お嬢様は一体なぜあの様な男と婚約を……)


いくらとはいえ、他の選択肢もありましょうに、こんなのあんまりだ。

出会い当初からナニも変わらない、隙あらば我らがお嬢様に引っ付いて、所かまわずフェロモンを垂れ流し、誘惑する。


(……あの態度もチンポも馬鹿デカいセクハラ野郎……)


その幸運がいつまでも続くと思うなよ、いつか絶対処す!

それか狂犬だけに、適当な罪でもでっちあげ、公爵様たちに頼んでチクって、このままいけば何れお嬢様を傷つける、悪いおちんちん。あのご立派なぱおんを去勢させようかしら……??


(そうだ、そうしよう、それがいい……!)


この度における"お嬢様の婚姻に至るまでの各背景"を知っていようと、それでも昨日や今朝の己が主の状態を思い出す度、ミアは遺憾でならなかった。


……のんびりしていながら、肝心なところでは大人以上にしっかりしている、そしてナニより物心ついた頃から"一部機能も死んでいる"、私たちのお嬢様でなければ、とうに喰われていたに違いない。


(だからやはり、一刻でも早く去勢を……)


ただでさえ天敵とも呼べる相手だのに、怒り心頭な専属メイドの決意は固かった。


「なので、ご安心を。お嬢様の身の安全はこの私が守ってみせます」

「ミア……」


そんな頼もしいミアの姿に、お嬢様は一縷の不安を抱きながらも、どこかほっとした笑みを浮かべる。

その内心ともかく、美女に甘やかされたり、守られて嬉しくならない人はいないので。美少女の周りに花が飛ぶ。

そんなオフィーリアを見て、満足げに頷き、ミアは続けた。


「……がある以上、致し方ありません。……が、ぶっちゃけ、正直の本音を言いますと、私としても『あんな所』に大事なお嬢様を行かせたくありません」

「ミア……!!」


なので、そうやって間髪入れず続けたミアに「お父様たちもが、言わば東大付属……国一の偏差値を誇る教育機関をあんな所扱いするの、やめてあげて……」とお嬢様は思った。

然し、色んな意味でいつも以上に饒舌になってるミアの口は止まらない。


……というか、ぶっちゃけって……。


「でも、流石です。ぶっちゃけ、今日もお綺麗すぎて、一人だけ夢の国の住人みたいな存在となってますよ」

「あ。心労・疲労・寝不足からの聞き間違いじゃなかったんだ……とうとうミアの口から、ぶっちゃけが……」


(そして、何時もの事ながら褒められてるはずなのに、古の夢女おはなばたけとdisられてる気がするのは、なぜだろう……)


恐らく…主に歳のせいでそう感じてしまう、夢の国や立場ある男にそこまで夢が見れない、お嬢様の顔から苦笑が零れる。

……何も悪いことしてない(はず)だのに、強制途中下車させられた前世。少なくとも彼女の知る、当時の世の流れは、実は闇深なお姫様より訳アリ悪女、王子様より公爵様で、騎士様より教皇様、男女愛より家族愛なのもあって……。


「でも、ありがとね……」

「? ほんとに、ぶっちゃけ。マジおきれいですよ?? お嬢様」


褒められるたび、この圧倒的詐欺メイクしてる感がいたたまれない。

突如ス( ˙-˙ )ン顔になったお嬢様にミアは「本当の事ですのに……」と首を傾げるも、何時もの事なので、特に気には留めなかった。


……そんなやり取りを繰り広げる彼女たちに、空気に徹していた野郎共は。


「ぶっちゃけなくても、このレベルは普通に伝説……」

「でも本当の妖精さんにしては澄ましネコみたいな態度で、デカイよなぁ」

「気持ちは分かる。が、口に出すな。若様に消されるぞ」

「———全体像が」

「殺す」

「ミアちゃん、怖っ」

「お前はまた、何でこうも紛らわしい言い方を……」


終始「忙しい。嗚呼、忙しい~」してる割に、やはり井戸端。

ただでさえとんでもねぇ爆ビジュの美少女だのに、見る見るうち悲劇的なまでに美しいとされる『雪国の妖精オフィーリア・アストライア』に変身したお嬢様に、ことさらデレッと鼻を伸ばした。


美しい貴婦人に仕える、例え騎士でなくとも使用人としてこれほど鼻が高いこともない。

……が、それと同時に、雄としては嘗てないほど自分たちの若様が嫌いになった瞬間だった。


「てか、どうしよ……真っ先に使えない野郎の烙印を押された通訳わかさまはとうに放り出された訳だし、俺、妖精なんて初めて見たけど、お嬢様に俺たちの言葉通じるか?」


ほぼ生理現象の一環、不二子ちゃんを前にするとおちんちんが反応しちまうように、美少女を前にした男子たちの知能は低かった。

尊敬するも若様が憎くて仕方ないし、


「奇遇だなぁ俺も今、学園時代に妖精語でも履修しておけばよかった、ともの凄く後悔してる……」

「……少なくとも妖精語教えれる教授がいたら、『あんな職場』選んでないから。話せたら話せたで恋人の一人くらい……僕たちはとうに脱童貞してると思う……って、ひ」


それこそ、どこぞの誰かがそうであるように。元より北部産の少年は自分の心にとても素直で、自分の欲にもっと素直なボーイ共だから、怒られないと分かると口が軽くなる。


ので、知能低下により、とうとう猥談に走りそうになってるBGMにミアは獰猛な目を向けた。


「ミア?」

「いえ、何だか虫が飛んでいたようですが、気のせいだったみたいです」


そしてすぐさま元の無表情に戻り……本日の仕上げとばかり。ここ一の傑作と自負するお嬢様のヘアーに、ワンポイントとして愛らしい鈴蘭スズランを編み込んでは、【北部産魔法グッズワックススプレー】で暴風や……念には念を、男の力ですらどうにもできないほど、ガチガチに固定していく。


「これ………は、もう校則どころか法律違反レベル」

「イケメン滅すべし、若様が憎い。……若様、大丈夫かな……」


んでも、美女に睨まれた所で、ご褒美でしかない。

びっくりするも、まるで懲りてない男子BGMにウンザリしつつ……。


「今すぐバイオリンとかハープとか弾いた方がいいのかな……」

「いや、それよりも誰か宮廷絵師を……」

「……はぁ、これだから童貞はすぐ使えなくなる。あんた達、ねぇ。気持ちは分かるけど、煩いわよ。気が散るからお黙り! 今すぐ」


でないと、消すわ。


「この場で」

「す、スイマセンした———ッ!!」


然し、ここまで来て真打登場。

そろそろかしらと部屋に入ってきたオネエサン、鶴ならぬレイチェルちゃんの一言でようやく静かになった現場に、ミアもお嬢様も「この人、できる……!」となった。

思うに、いつの世もオネエサンは最強なのである。


こうしてお互い軽く「あらやだ、初めまして~」した後、お嬢様の身はヘアリスト兼総監ミアから、本日のメイク担当に選ばれたレイチェルちゃんへと渡されたのである。

どの世界であろうと、オネエサンの化粧腕は素晴らしいと相場は決まっているのだ。


ので。


「昨日、昨夜のアレはアタシから見ても流石にちょっとあれだと思ったけれど……それでも若様も隅に置けないわねぇ。一体どこでこんな逸材を見つけてきたのかしら、その審美眼に感謝ね。迸るプロ意識、腕がなるわ~」


流石は異世界。

流石おそロシアン系雪国で生まれた、選ばれし血筋DNAと言ったとこ。

どこか恍惚とさえ取れる眼で美しい娘、『オフィーリア』の頬を「ヤダ、すべすべ~♡」と撫でまわすレイチェルちゃんは、傍から見れて完全にやべぇ人だった。


「ン、素材が良い分、このままでも十分だけど。ヤると言ったからには、全力でヤルわよ~」


然し、その手つきからは性的なモノは一切感じられず、どちらかというと芸術家でよく見かける、狂気のソレ。

……だが、それでも"オネエサン"でなければ、なんて命知らずな、ミアに真っ先に排除されていたであろう言動である。


「セクシィ系で攻めるか、きゃわわ系で攻めるか悩んだけど、どうせなら聞く話。普段が大人びている分、今回はほんの僅か、幼くておぼこい印象にしたいのよね」


鼻歌を歌うような口ぶりで、レイチェルちゃんは言う。

———なので、以上、この手の式メイクはプロに任せるに限る。

そう思ったオフィーリアはされるがまま……。


「今以上にね。思わず ちゅっ♡ がぶっ♡♡ としたくなるような、唇とほっぺにして あ げ る ♥」

「お任せします」


「……あの、若様が外で未だかと」


「あの坊やに女の子のナニが分かるって言うのよ……ただでさえご令嬢にとって初の中央、戦化粧なのだから。女の子の準備は時間をかけてなんぼなの!」


北部の人間、そして体が男だからって馬鹿にしやがって……あんな『真の美ホンモノ』がなんたるか、まるで分かっていない。いけ好かない小娘たちに目にモノを見せてやるわ!


「同じ舞台にすら立たせないわよ、うふふ……」


どこか個人的な恨みつらみがこぼれ出るプロの口先に、オフィーリアは空気を読んで、何も言わなかった。

「何かフラグの匂い、嫌な予感がするなぁ……」と思うも、何も言えなかった。


「だから! 若様には、それでも『待てStay』ができないなら、未来の? お嫁さんを待ってる間、一発でも二発でも抜いてきたら?? って伝えて頂戴」

「私が…嫁……」


そうすると大抵の男、雄は落ち着くから。


オトメの心を持つも身体は男である、レイチェルちゃんはぶっちゃける。

……その途端、場に居合わせた男子たちから妙な空気が流れ始めるが、然し、当のオフィーリアは別の事に気を取られていた。

そんなお嬢様に「あら、この子……」と思いながらも、レイチェルちゃんの口も腕も、まるで先ほどのミアのように止まらない。


口紅は恋の季節はるだけに柔らかい桃色にされ、チークも春先っぽいかわゆい色にされた。

そんで眼尻まなじりは一寸ばかし鋭く、万人の上に輝く星の末裔アストライヤ、産まれながらの支配者たるDomらしくし。


「わ」


「安い男なら」まず手も足、近寄る事すら憚られる……そんな娘にする。

相当なナルシスト、身分の者でなければ、老若男女。面と向かって言葉を出す勇気さえ出ないような「良い女」のイメージにしてみた。


『オフィーリア』の元の素材感も生かし、然しこうすることで、ぱっとした印象では豪奢な藍薔薇キセキのような乙女だが……でも、取っつき難く、その横顔はどこか哀し気だ。

その美しさ、ロマンティックさに、男子たちはポーと頬を染め、その分だけ若様への怒りが募った。


「神は死んだ」

「神は不公平だ」

「女神は、何故若様だけ寵愛なさるのか……」


一体なぜ……。


尊敬してるが、イケメンは好きになれない。

あと自分よりおちんちんがデカく、女に困らない。ナニカにつれ女を悦ばせれるモテ野郎は、天敵としか思えない。


……これは、そんな複雑すぎる雄心なのである。


恐らく「虫除け」としては最強(だから選ばれた)だろうが、同性にとっては最悪でしかない、我らが若様よ……。


「人も場所も絢爛豪華なのは見てくればかり、北部が少々特殊なだけ……何所の社交界も結局は同じ様なものよ———それは学園もいっしょ」


男は更なるご良縁、人脈作り。

そしてそれに対し、大抵のご令嬢は婿探しに来ている様なものだから。


「公爵令嬢という地位、どうせなら、初めからガツンと攻めた方が良い。今年はもご入学する訳だし……」

「…でも、それって私に何の関係もないですよね? 私にはほら、もうレオくんがいるもの」

「それも、そうね」


この歳の娘は悪戯に『王子様』に夢見るものだと持っていたレイチェルちゃん、そして周りの男子たちは、「うちの若様、ほんと前世で銀河でも救ったのかしら……?」と思った。

そんな中どこか誇らしげな顔をするミアに、首を傾げるも、オフィーリアはやはり別の所に気を取られていた。


「ワッ…わぁッ……!!」


そう、それは無論、鏡の中の『自分』である。

思わず内に秘めたる小さくてかわいいヤツみたいな声を零すお嬢様は自意識過剰抜き、どこか審査員の様な気持ちで鏡の中に佇む本日の「自分わたくし」に見惚れちまっていた。


———それは正しく、別次元の存在。


メイク中は目を閉じていたので、その感動もひとしおだ。

年齢詐欺娘に更なる詐欺が施された瞬間である。


睫毛に瞳と同じく金色混じりのラメをかけられ、然し眉はおちゃめ程度に茶色く、それだけで心なし何時もの眼とまるで違う印象を受ける。

遺伝子的に今生の顔面偏差は圧倒的勝ち組コロンビアな自覚はあったが、今日のワイは本当に異世界そのもの、お伽噺に出てくる天女、異国のお姫様そのものだった。


……嘗ては絵本や映画、ドラマやゲーム内でしか見たことのない。

言わばオトナになる=現実を見だす、そして異次元に逃げる、女として枯れ果て腐りゆく前、なら誰しも一度は憧れたであろう、そんな存在……。


を!


「おーい、アタシの腕に感動するのは分かるけど、ハイこれ。とりあえず時間が押してるみたいだから、ひとまずこれに着替えて。着替えたら呼んでね」

「え。……あ、は。はい」

「終わったら最終チェック、また戻ってくるから。……いやそれとも折角だし、着替えるのも、手伝おうか?」

「例え心が同性でも、それは流石に許可できません、私たちの仕事です」

「うんうん」


浮かれポンチてぼんやり見ていると、渡される衣。

……それを見た途端、オフィーリアの顔がげぇっと歪んだ。


それこそ先ほどのレイチェルちゃんが言うように、見てくれは良いが未だ怪奇としか思えない異世界のドレス事情。

この世界に来て早15であれど、未だ慣れない。おっぱいが大きく見える代わりに、健康を天秤にかけないといけない、この文化だけは……。


「ウッ。クッ。こ、腰! え、このドレス? ココの式典服?? って、結構苦しんですね…」

「頑張ってください。こちらも頑張ってお嬢様のお胸が少しでも大きく見えるよう、姫林檎三個、又はオレンジ一個くらいのウエストにしてみせますから……!!」


そ、それは、流石に死んでしまうのでは……??


「か、堪忍して…。昔から中世系は好きだけど、呪いの白粉の次にここ、ア、も、ほんと好きになれない! うっ、」


こう言った余所行き服で、他人に着せ替え人形にされるのは、もはや諦めの域だが。

それでも、ミア以外「初めまして~」なお姉さん達は、お嬢様相手であろうと容赦がなかったとだけ言っておく。

彼女らの動きが余りにも仕事然として、オフィーリアはあうあう唸るだけで、何も申せなくなる。


(服はテンション爆上がりする仕様なのに、これほんと嫌……)


思わずそう思うくらい、所どころに細かい金や銀の刺繍が入った、如何にも魔法系学校ファンタジーに出てきそうな、シンプルでありながら品もある式典服ドレス(※女子用)は美しいスタイルだった。


が。


それはそれで、これはこれ。この時代のコルセット、マジコルセット。晴れ着は晴れ着でも、鎧を着せられる心地である。

……いくらたかが入学式とは言え、まさに戦。流石、全国の王侯貴族のお子様たちが一同に集う式への格好としか言えない……。


そして、先ほどのレイチェルちゃん曰く。

本日の『オフィーリアお嬢様』のコンセプトは元の素材を保ちつつも、男であろうと女であろうと、手が出ぬほど「妖精」してる浮世離れした乙女らしいのだ。


誰もが皆、一目で恋に落ちて、墜ちて、堕ちて人としての言葉すら失って仕舞うような美しい娘でなければならない……奇形とも思えるほどの。

それこそ「何時もの自分」を凌駕するような、そんな圧倒的の『美しさ』でなければ。


「話は伺っております、なので、大丈夫ですよぉ! (一応)具合が悪くならないようにしますから~」

「あ、あ、あ、あああっ。や、も、わ、わたくし、もうできません……っ」

「淑女なら誰しも通る道。ご自分……強いてはアストライヤ公爵家とクリシス家の『未来』のためなのです!! 堪えてください」

「…うぐ、ぅ」


———ならぬのだ、と。


つまり、この婚約に対し反対的なミア以外、ここの使用人たちは使用人たちで「ガチ」だったという話だ。絶対逃がさん( ^ω^)…

その強い意思がコルセットを締める力加減にまでキている……。


……なので、よもやレオくんの回し者、火事場の馬鹿力としか思えないメイドのお姉さんの力でグッ、グッ、と腰回りコルセットを暫く〆られたお嬢様は、少し、いや大分、グロッキーな姿となる。


「ふぅ………これで、ようやく」


けれども。


こうして、昨日昨夜とは違ったベクトルのR世界へ片足を突っ込んだところで……それでも女子特攻を持つ魔法の言葉と言えば「折角だし」「期間限定」「なにこれエモい」だから……。

思わず出た、生理的な涙でぼやける視界に走馬灯を観るも、耐え忍び。

再び鏡の前へ赴けば。


「とてもお似合いです、お嬢様」



「~~~~~~~~っ! !!」


心から絶賛するミアに、シンプルながら見るからお高そうに煌めくジュエリーを首に、耳につけて貰えば、改めて本日の「わたくし」の完成だ。


瞳に映るはお前の主……ならぬ鏡に住まうは、藍と黒の乙女、マジモンのお姫様だった。

それも嘗ての世ですら、重課金でもしなければ手に入らない、これまで嗜んできた漫画でも映画でも見たことがないほど美しいオンナである。


そこにいるだけで闇夜を照らす一番星、そこだけ切り取られ、傍から見るとまるでダイヤモンドダストを纏い、キラキラとスポットライトが当たってるようだ。

……そんな国中の娘が羨むような圧倒的、


「きゃあ」

「やだーっ。すご、素敵」

「きゃーっ。がわいい!! エ、かわいい、抱きしめたい、むちゅってしたい」


美の結晶びしょうじょ( )の爆誕。


「こここ、この方が。このお方が私の、この妖精さん、いや様が、これから私たちがお仕えする未来の奥様、お嬢様……なのね!!」

「若様ナイス! ありがとう、若様―っ!!」


そして、嫁のせいで沈み、また嫁のおかげで浮上する、旦那の評判。


確定枠のミアとレイチェルちゃん以外、昨晩の厳選なる乱闘と抽選の結果、今回のミラクルお嬢様に参加できたお姉さん方が彼女をふと見て、頬を赤らめ、かわゆい女の子を前にした男子ぃみたいに大はしゃぎした。

なので、この後のことを考えると……だが、それでも綺麗なお姉さん達に、ここまでワッショイされては、正直満更でもない。


このボルテージに充てられたオフィーリアもまた、一緒になってキャアキャア、それはもう一しきり盛り上がった。


ところで……、


「———はっ、アタシとしたことが完全に忘れてたわ!」

「?」

「若様~? オフィーリアお嬢様の準備終わったわよ~♡」


真夏のハワイかの様な部屋中に、ロシアの極寒が流れ込んでくる感じ。

一番ドアの近くで「それ見たことか、アタシは天才だ」と自画自賛していたレイチェルちゃんが「あ」として、部屋の外、廊下にぬっと顔を出す……と。


「随分と楽しそうだな」

「………………」

「俺は真っ先に追い出されたというのに、覚悟はできてるか?」

「ッ! ほら、お嬢様、早くお出になって! 今の姿を見るときっと魔ッ、いや若様もおったまげるわよ~!!」


若様の形相とその怯え散らかす周りを見るや否や、レイチェルちゃんはふと笑い、自分たちの生命線を「おいで、おいで」と手招いた。

無論、お嬢様がとてとて来る前に、旦那の動きの方が早かったのは言うまでもないが。


「…………っ」

「……………」


……扉が大きな音を立てるのと共に、男と女の目がかち合う、この瞬間。


(泣き出すか、それともこの場で襲うのか)


思わず固唾を飲む周囲に、「今の姿」お互い初めて目の当たりにした当事者たちは動くことなく、ピタ、と世界の止まる音がする。


「「………………………」」


お互いのこうした『正装』姿を見るのは初めてではないのだが、学生エフェクト、制服系効果というやつだろうか。

言うなれば、藍薔薇の乙女と風の貴公子。


(一度脱げばあれだけドスケベなのに、あの日見たWEBTOONが今ここに……)


と思う本日の『オフィーリアお嬢様』に対し、旦那の方は純粋に己が番、嫁の美しさに驚いた。


狂犬という渾名、クリシスの家門が『狼』なだけに、ぐるるとの喉が鳴りそうになる。

第二性がSubである以前に、元来の性がおとこのこであるレオは目の前に佇む女の子をキュ、と小さく窄めた瞳孔で捕らえて、離さない。

その視界には、口を薄く開けたまま固まっているオフィーリアが、映っていた。


———完全に二人だけの世界にトリップしてやがる。


「………………………」

「………………………」

「………………………チッ、腐れ犬っころが」


誰とは言わぬが、独りしかない。そこに、とうとう聞き捨てならない罵倒が飛んで来たのを聞いて、レオくんはようやくフと正気(?)に戻った。

男は未だ石化状態の嫁に向かって、歩を近づける。

すると……、


「オフィーリア」

「ハッ、」


危うく課金ボタンを連打するとこだった。


今の自分を見てずっとのことを考えていた面食い嫁オタクの内心なぞ露知らず、まるでフレーメン反応を起こしたネコちゃん。突如名を呼ばれビク、と肩を揺らし、ぴーん、と背筋まで伸ばしたオフィーリアに、男は。


「———嗚呼、俺の妖精、オフィーリア」


俺の番と、オペラ座で歌う男優ファントムのように。


レオは相手の片手を取りながら、微笑み、その場でかしずいた。

そして、


「俺の番であり、"我が愛"そのものである君。未来のクリシス夫人……」


———綺麗だ、と。


「本当に、心から、魂の底からそう思う」


んだと。

……あとはあろうことか、握りしめていた娘の左手、薬指の根元に。


「無論、愛してる。この世の誰より、何よりも君という存在が愛おしくて、仕方ないんだ」


だから、絶対逃がさん。


左薬指の付け根辺りにちゅ、と唇を押し付けられるのと同時に、心なしかそんな副音声が聞こえて来る……。

頬を赤らめ、思わず「きゃあ」ともう片方の手で口元を抑えるも、感涙を流すべきか、最後の……に慄けばいいのか、オフィーリアは分からなくなった。


(前世この手のスチルは様々な作品、コンテンツで35憶回くらい見たことあるが、まさか我が身で喰らう羽目になるとは……)


あの頃の夢で見たことあれど、現実で願うとただのキモ痛いやつなので、考えたこともなかったのに。

やはり人間生き永らえてなんぼ、人生ナニが起きるか分からないんだな……。


「!? キャーッ。ギャーッ」

「やだぁーっ。やだ、ちょ、ま、は? やだぁーっ」

「やだ、バカもう、ちょっと、キャーッ」


折角旦那様、しかもSSR級イケメンの会心の一撃を喰らったのに、誰かこの身に宿る30↑思考を止めてくれ。

ミスコンでワールドカップを手にした女みたく「私、嘘みたい……ッ!」と眼を潤ませど、内心の何処かでそう項垂れるお嬢様の周囲、取りあえず全部男の声帯だった。(と、後にミアは語る)


正直当事者たちより、周囲の反応が凄まじく、中でもとにかく野郎どもの言動が煩い。

誰も彼もが女子より女子してる、別に自分がヤラレタ訳でもないのに顔を真っ赤にし、口まで覆って「好きになっちゃダメ好きになっちゃダメ好きになっちゃダメ! だから、好きにっ、きゃああ」と乙女如しの甲高い悲鳴をあげる———奴ら。


口先では恋愛小説に熱を上げる乙女を見下すも、結局いつの世も、女より男の方が恋愛に夢見てる。

これはその現れなのかもしれない。


……なので、そうやって気が付けば、まるで求婚系フラッシュモブ。オカマみたいな声を出して叫ぶ野郎どもと、「若様、良かったね」と微笑ましそうに笑うお姉さん方に囲まれたオフィーリアお嬢様は。


(あ。これは外堀。私はもうこの男に嫁ぐしかないのね……)


「小癪な真似を……!!」と怒れるミアの傍ら、ちょっと困ったちゃんを見る眼で、ジッ…とレオくんを見つめることしかできなかった。

こんな時、どういう顔をすれば正解なのか分からないの……。



「———なんだ、お前たち。一体ナニを……」


と、お嬢様が思っていると、ここでレオくんのお父さんがやって来た。


同じ北部の貴族とは言え、首都アレルギーを患っている(としか思えない)アストライヤ現公爵の代わりと言っては何だか、一年のほとんどを都で過ごしている。

そのため、実は『』の公女様、未来の義娘にお目にかかるのは初めて、色んな意味でドキドキしながら馬車でスタンバっていたのだが……。


「……………………………」


嫁や息子二人があれだけ褒めちぎっているので、中央で蔓延してるお嬢様の噂の全てを鵜呑みにしている訳でないけれど、それでもお父さんは「父さん」なので。

……然し、いくら待てど、待てど、約束時間を過ぎれど……何とも、哀しいこと。


(なんだ? 何だか騒がしいな……)


誰もやってこない。

ので、こうして凸ってみた次第である。

……ただ、常識以前の話、仮にも貴族屋敷だのにこの騒ぎよう。何故か大盛り上がりしている屋敷に眉を顰め、声のする方に顔を出せば。


「———なんだ、お前たち。一体ナニを……」



「……………………………」

「……………………あの」

「       ?」

「えーと。これは…その……おとう、様?」

「!?」


その原因が自身の息子と未来の義娘が主演するラブロマンス劇場だと知って。

然も見たこともないような美女に「お父様」と呼ばれた美丈夫は、自身の心がその場で声にならぬ悲鳴を上げたのを、確かに感じた。


(私の愛しているのは妻だけ……)


ほぼ反射的にそう思う。

だが、それでもナニカに心臓を鷲掴まれる、何時しかの日みたくレオパパはおったまげた。


親から見てもである、我が息子よ。

これだからお前は……!

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