第14話 見た目の変化
「十日もすれば、ナティスのご両親が目指していたという町の領主が、ここにやって来るわ。連れて行って貰いなさい」
「……りょうしゅさまが、くるの? ここに? どうして?」
「本当に、どうしてなのかしらね……?」
リファナの回答は、疑問に疑問を返すものでしかなったのでよくわからなかったけれど、困った様な顔をしつつも嫌そうではない。
その表情から、どうやらその領主とリファナとの間には、何か特別な事情があるらしいことだけは察せられた。
領主というその地域の最高権力者の立場にいる人が、リファナと知り合いらしい事と魔族の森に通ってきているらしい事情は、どうにも理解しがたかったけれど、十日後に来るというその領主に会えば、何かわかるのだろうか。
首を傾げつつも答えは出ず、まずは魔石の力へ封印を施して貰う事になった。
リファナの両手が革袋を覆い、祈るような形で魔力を注ぎ込むと、ナティスを包み込んでいたロイトの魔力が消えて一瞬不安が過ぎる。
だが、ロイトの魔石と母の革袋は、変わらずナティスの胸にあった。
ぎゅっと握りしめることで存在を確かめて前を向くと、リファナは優しく微笑んでくれる。
どうやら、上手くいったらしい。
その後リファナは、ナティスに薬草や食べられる木の実の知識を教えながら森の中を案内してくれ、最後に湖へと辿り着いた。
リファナが解説を交えながら、途中で採取して来たいくつかの薬草を調合し、髪染めの為の薬剤を作ってくれる。
丁寧に教えてくれた行程の中に、確かに一切魔力を込める作業はなかったので、早めに自分でも出来る様になりたい。
きっとその為に、リファナは全部自分で行ってしまうのではなく、幼いナティスに一からわかりやすく説明してくれたのだと思う。
魔族の気配の強い森ではあるが、世界が闇に覆われる前は、元々動物の多く住む穏やかな森であったらしい。
特に危険な毒や霧が発生する場所もなく、好戦的だったり凶暴だったりする魔族にさえ遭遇しなければ、比較的安全な場所である様だ。
魔族の気配が強いという時点で、人間からすれば全く安全ではないとも言えるのだけれど、今の所ナティスからすれば追ってくる人間の方が怖い。
薬剤を髪に塗りつけて数時間置いた後、髪を流すついでに、疲れてボロボロだった身体も洗ってしまおうと、ナティスは湖に飛び込んだ。
流石にまだ幼児なので湖の深いところまでは行けず、リファナの見守る縁の方で頭までザブンと沈んでから浮き上がる。
簡単に水浴びを終えた後、着替えを済ませてリファナに髪を拭いて貰いながら湖を鏡にして覗き込むと、そこには両親と同じ栗色の髪をした幼女が映っていた。
髪の色が違うことで、周りから「両親に似ていない」とよく言われていたナティスだったが、いざ髪色が一緒になってみると、あの両親から生まれた娘に違いないと思う位に、その顔には二人の特徴が随所に出ている。
今まで散々似ていないと言ってきた人々に、一体どこを見ていたんだと声を大にして、見せびらかしに行きたいくらいだ。
そして同時に、ピンクブロンドの髪というのがどれだけ人々の間で目立つかという事も理解出来た。
髪色が変わっただけで顔は全く変わっていないのに、今のナティスは市井のどこにでも居そうな平凡な女の子に早変わりしている。
もしかしての話をしても仕方がないとはわかっているけれど、髪を染めるという方法をもっと早くに知っていれば、きっと町から逃げ出さなくても済んだだろう。
今ならもし追われていたとしても、すぐに沢山の人々の中に埋もれてしまえる、普通の平凡な幼子だ。
確かにこの姿なら、暫くは大修道院の追っ手に見つかることなく、人々に紛れて生きていけるに違いない。
そしてリファナは最後に、母の埋葬を手伝ってくれた。
リファナが得意とするのが地属性の魔力だったことも幸いし、女性と幼女という力の弱い二人でも、きちんと土の中に母の遺体を埋葬する事が出来た。
毎月ここに来る事になるのなら墓参りも出来る様にと、リファナの住む小屋の近くに提供してくれたその場所に、埋葬後小さな石を置いて墓石にする。
そこへ湖からの帰りに摘んだ白い花を供えて、ようやく落ち着いた気持ちで深く祈りを捧げる事が出来た。
ナティス一人ではどうしようもなかった事を全部、リファナは丁寧に解決してくれた。
ナティスに興味を持ったからだと言ってくれたけれど、ここまでして貰って返せる物が、今は何一つない事が申し訳ない。
いつか大人になった時、ナティスに何か出来ることがあれば、その時は全力で力になろうと決意する。
リファナの小屋で温かいスープを作って貰い、ようやくほっと一息ついたナティスは、両親と町を出て初めて魔族達の住む森の中という特殊な場所にも関わらず、久しぶりにぐっすりと眠ることが出来た。
「その魔石が本当に、最初から共にあったというなら……もしかしたら貴方は、陛下をお救い出来る唯一になるかもしれないわね」
眠りに落ちたナティスの髪をさらりと撫でて、その染まり具合を確かめながらそう呟かれたリファナの言葉が、ナティスに届くことはなかった。
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