第13話 生きていく為の方法

「おねえさんの、なまえをおしえて?」

「リファナよ」


 その名前は何処かで聞き覚えが有るような気がしたけれど、ナティスのまだ短い人生の中では、その名を持つ知り合いはいない事は確かだ。

 ティアの頃の記憶の断片だとは思うのだけれど、こんな迫力のあるダークエルフの美人を忘れてしまったとも考えにくいから、会った事はない様に思う。


 もの凄く珍しい名前という訳でもないし、人間にも魔族にもいておかしくない名前なので、聞きかじっただけなのかもしれない。

 今は深く考えても、答えは出なさそうだ。


「りふぁな、さん。よろしくおねがいします」

「こちらこそ。可愛らしいお友達が出来て嬉しいわ」


 そうしてナティスはリファナと友人になり、この先様々な生きていく術を教えて貰うことになった。




 まず最初にリファナが行ったのは、魔石の入った革袋に封印を施す事だった。

 この森の中で魔族に襲われない為には魔力による守りは有効かもしれないが、あまりにも力が強すぎて人間の世界で暮らしてく事は難しいだろうという判断だ。


 確かに魔力を持たない人間がこの力を間近で浴びる事になれば、例えそれを持つのが幼女であるナティスであっても、逃げるか避けるかあるいは恐怖の為に攻撃に転じられてしまう可能性だってある。

 母がナティスから魔石を取り上げる判断をしたのも、きっと同じ様な理由だ。


 いくらティアとして生きた十八年との知識があったとしても、まだ知識だけでは一人で生きて行くのに心許ない未熟な身体のナティスが、誰の協力も助けも得られず生活して行くのは難しいだろう。

 かといって戦う術もないナティスが、この森の中で生きていくのもそれはそれで難しい。

 魔石の力があれば凶暴な魔族に襲われることはないかもしれないが、全くゼロだという保証はないし、住む場所も食べる物も全て自分で揃えなければならないとなると、更にハードルは上がる。


 リファナはこの森に居を構えているという事だったので、暫くそこに居ても良いと言ってはくれたが、ずっと甘えられるわけではない。

 何よりナティスは出来る限り人間の世界に身を置いて、世界の事情を知り、知識を身につけておきたいと思っていた。


 ナティスが再び魔族の国に居るロイトの傍に行ける機会が、あるかどうかはわからない。

 でももしかしたら……という、その可能性は捨てたくない。

 もし奇跡が起きて、ロイトの悲しみを止められる様な場所に辿り着ける機会を得た時、ティアの様に何も事情を知らないで、ただ巻き込まれる立場でいたくはない。


 ティアは聖女としての力に目覚めるまでは、ごく普通の村娘だったので、世間のことはほとんど知らなかった。

 聖女になってから魔王城に連れて行かれるまでの数週間の間に教えられたのは、偏った王立修道院の教えだけ。

 王都にいても部屋から出ることは許されず、ティアが初めて触れた都会というのは、魔族の国の城下町だった。


 そんなことだから、聖女の力を持ったまま二年間も魔族の国にティアが居ることで、王立修道院がどう思うかを察することが出来ず、暗殺者を差し向けられる事態になってしまった。

 人間の世界の動きに、気づく事ができなかったのだ。


 ティアは自分の命を散らされたことよりも、自分が何も知らなかったせいでロイトを悲しませる結果になった事の方が辛かった。

 だから今度はちゃんと、人間の世界が今どう回っているのかを見ておきたい。

 全部を知ることは難しくても、大まかな流れを知っているかそうでないかは、大事な場面で判断を下す為の大きな違いになると思うのだ。


 いつかロイトの傍で役立たせる事が出来るのが一番の望みではあるけれど、もしそうなれなかったとしても、どこか遠くからでも回り回って何か一つでも手助けが出来る様に、人間として生きる事で得られる知識を身につけておきたい。

 それは魔族の国から離れられない魔王であるロイトには、きっと出来ない事だから。


 ナティスを守ってくれるロイトの魔力が、弊害になってしまうという事は悲しかったけれど、確かに人間の世界でこんな強力な魔力を常に纏っている訳にはいかない。

 手放して何処かに隠すのではなく、リファナは力を閉じ込める事が出来ると言ってくれた。

 母の作ってくれた革袋を媒体にして、リファナの魔力でロイトの魔力を打ち消す事で封印するという事らしい。


 ナティスとしても、それは有り難い提案だった。

 例えロイトの魔力が感じられなくても、魔石をその身に持っているという事が、ナティスに力をくれる。

 ただロイトの魔力が強すぎる為に、封印は一定期間ごとにかけ直さねばならないという事だった。


 髪を染める手段は、リファナの魔力で変えることも出来るが、それをしてしまうと今度はリファナの魔力をナティスに付与するのと同じになってしまう。

 それでは魔石を封印する意味がなくなってしまうという事で、森にある薬草を調合して髪を染める方法を教えて貰う事になった。


 覚えてしまえばナティスが自分で出来る様になるのは有り難いが、ただ魔力を使わない染め方は定着が甘く、一定期間で染料が落ちて行ってしまうので、こちらも定期的に染め直しが必要らしい。

 森を出て人間の国で暮らすにしろ、定期的にリファナに会う為に、この森を訪ねる事は必要だと言う事だった。


 幸いにも、この森は両親が目指していた西の辺境にある町からそう遠くないらしい。

 流石に徒歩では大人の足でも丸一日はかかってしまうらしいが、馬車であれば半日もかからないという。


 だが町の外に一歩出るだけで危険なこの世界では、例え短距離であっても馬車での移動は中断されている。

 もし定期便が動いていたとしても、この魔族の気配の強い森への便があるとも思えなかったし、幼女であるナティスを、危険な森まで一人で乗せてくれる業者がいるとも思えない。


 かといってリファナに町へ来て貰うのは難しい。

 どんなに綺麗で美人で人型であるといっても、リファナはダークエルフで魔族に属する。

 ロイトの魔力を媒体を介するとは言え魔力で打ち消し封印出来るという事は、かなりの力の持ち主である事は間違いないだろうし、いくらその特徴的な耳を隠していたとしても、その異質さは目立ってしまうに違いない。

 何よりナティスの為に何の益もなくしてくれる事なのに、これ以上リファナを煩わせる案は却下だった。


 封印も髪染めも、安全に保持する為には一月に一度程度は行った方が良いということだったので、方法を探るのにあまり猶予はない。

 それに定期的に何とか出来る方法でないと、その場限りの移動手段を見つけた所で意味がない。


 だがどうすれば良いのかと悩んでいたのはナティスだけだった様で、リファナはその解決方法のあてが、既にあるようだった。

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