第9話 ピンクブロンドの髪色の乙女
触れが出されて間もなく見つかった、ピンクブロンドの髪を持つ少女が魔王城に遣わさたのは、奇しくも世界が闇に覆われた日からちょうど二年後。
ナティスの二歳の誕生日であると同時に、その日はティアの誕生日だった日でもあり、そしてティアが殺された日でもあった。
その後一ヶ月ほど魔族の侵攻が緩んだ事もあり、生贄を捧げる事は効果的だと判断されてしまう。
結局手が緩んだのはその一ヶ月だけで、その後も魔族の激しい攻撃は止むことはなかったのだけれど、そのほんの一時もたらされた平和な期間が、大修道院のやり方が正しいと図に乗らせてしまった。
その年からは魔王により世界が闇に覆われた当日に、聖女ではなくピンクブロンドの髪をした乙女を生贄として差し出すと人間の世界に平和が訪れるという、半ばでっち上げのような神託が下りてきたと宣言され、それが人々に信じられてしまう事になる。
けれどそれは本物の聖女を差し出すよりももっと、魔王の傷口に塩を塗りつける行為である事に、誰も気づきもしない。
ロイトとティアが恋人であった事を知る人間は、存在しないのだから。
ティアの記憶があるナティスにだけは、その一ヶ月間ロイトがティアの死を悼んでくれたのだろう事も、ティアに姿形の似た娘を差し出されて困惑と悲しみを深めた事も手に取るようにわかったけれど、未だ幼児の域を出ないナティスの言葉を信じてくれる者はおらず、大修道院の間違った判断を正す事は叶わなかった。
そして幸か不幸か、今世に生まれ変わったナティスもまた、ピンクブロンドの髪色の持ち主だった。
両親共に一般的な栗色の髪をした平民で、仲も良く不義を働く様な性格でもない。
ナティスに目一杯の愛情を注いでくれる両親の間から生まれてきた事は疑いようが無く、やはりこの髪色は突然変異によるものとしか言いようがなかった。
ただでさえピンクブロンドの髪を持つ者の数は少ない。
いくら大修道院からのお触れだとしても、魔王の生贄という恐ろしい未来しか待っていないのに、世界を守る為という大義名分があったとしても素直に名乗り出る者は、ほとんど居なかった。
最初に犠牲になった少女は、元々大修道院に身を寄せていたという。
わざわざ遠方からお触れに従ってやって来た訳ではなく、親も居ない都合の良い娘がそこに居たと言った方が正しいだろう。
いくら大修道院の力が強く、世界が闇に覆われてからは救いを求めて信心深く盲目的になった人々が増えたとは言え、殺されるとわかっていて年若い娘を自ら差し出したい親がいるはずもなかった。
聖女は未だ見つからず、次の生贄候補も見つからない。
焦れた大修道院は、とうとう自発的に集まるよう呼びかけるだけでは飽き足らず、見つけ次第強制的に連れて来るよう義務づけ、更にはピンクブロンドの髪色を持つ女児が生まれたらすぐに赤子を大修道院へ預けるよう命を下した。
赤ん坊の頃から親から引き離し、ゆくゆくは魔王の生贄になる様に大修道院で囲い育てる事を決定したのだ。
馬鹿馬鹿しいことこの上ないけれど、一筋の光さえも差さなくなり、町の外に一歩出れば魔族が我が物顔で歩き回っているこの世界では、人々はそのほんの僅かな希望に縋るしかないのだろう。
王家が滅び、王宮騎士団どころかまともに戦える一般兵さえ禄に残っておらず、先陣を切って人々を守る者は誰も居ない。
唯一行く道を細く照らすのが、今や神からの啓示を受けたのが本当かどうかも疑わしい大神官が伝える、魔王を沈める勇者と聖女の夢物語だけだ。
大修道院に伝わる禁書には、世界が闇に覆われた時、神に力を与えられた勇者が聖女と力を合わせて魔を打ち砕く。という伝説が残されていると言う。
今まで本当に勇者が現れて魔王を倒した等という歴史は公文書にはないというのに、なまじ聖女という存在が現存する為に、大神官以外は誰も実際に触れる機会のない書物が残っているのか口伝なのかさえ曖昧な伝説が、まるで本当の事のように伝えられ信じられている。
こうなってみると、遙か昔からずっと続いてきた、聖女を実際は生贄同然で魔王の元へ和平の使者として遣わす、というのもこの辺りの解釈を曲解して生まれたものの可能性が高い予感さえする。
だがこの切迫した世界の中で、その夢物語の伝説に頼るなというのも酷だった。
聖女を生贄にしつつ、今この状況をひっくり返してくれる勇者が現れる日が来ることを信じたい気持ちもわかる。
けれどその『誰か』に都合の良い解釈のせいで、今まで犠牲になる者が何人もいたのだという事を、そしてこの先も生まれ様としているという事を、忘れてはならないし本当は止めるべきだ。
歴代の魔王はどうだったかは知らないけれど、少なくとも今の魔王であるロイトは、実際聖女を要求したりはしていなかったし、きっとこの先も望む事はないと確信している。
ナティスは元々王都があった場所の程近く、新たに大修道院が設立し拠点としておかれた町の生まれだ。
つまり大修道院からのピンクブロンドの髪色をした乙女、ないしは女児捜索の手はかなり早くにやって来る事が予想された。
見つかれば問答無用で修道院に連れて行かれる。拒否権はないし、周りに住む人々の目もある。
今はまだ密告するような人はいないけれど、生贄になる乙女が見つからなくなればなる程、切羽詰まった人々がどう動くかはわからない。
それくらい、大修道院の言葉は信じられていたし、人々は魔族の襲撃に怯えていた。
ナティスの両親は、大修道院からの通達を知ってすぐに、町を離れる決断をした。
娘を魔王に差し出す事を拒否し、その身を守る為に逃げる選択をしてくれたのだ。それは今の世界の状況の中、簡単なことではない。
町の外に一歩出れば、人を襲うことに少しの躊躇もない魔族が牙を剥いている。
かといってこのまま町にいれば、今度はピンクブロンドの髪色の乙女を生贄にすることで短い平和が訪れると信じている人々や、大修道院の追っ手がかかる。
ナティスにこの髪がある限り、もうどこにも安全な場所などない。
ナティスを修道院に差し出せば、両親はこのまま町の中で過ごしていく事は出来るはずだった。僅かなりとも手当も出ると聞く。
もちろん魔族の脅威がなくなるわけではないが、危険な町の外に出る必要はなくなるのだから、逃げる選択肢よりも両親が生き延びられる確率は格段に差があるし、和平の為の生贄を生み出し世界の為に涙を飲んで差し出した親として、名誉も与えられるだろう。
それでも両親が危険を冒してまで逃げる事を選んだのは、ただただナティスを愛してくれているからだった。
ティアの記憶があると言っても、今のナティスを産んで育ててくれているのは今の両親だ。ナティスは惜しみない愛情を沢山与えてくれる両親が大好きだし、不幸になって欲しくはない。
逃げ切れる可能性が低いことは全員がわかっていた。
ナティスはまだ二歳を迎えたばかりだったけれど、両親を守る方法はわかっているつもりだ。
「わたし、しゅーどーいんにいく」
覚え立ての舌足らずな発音ではあったけれどはっきりと告げたのに、両親はそんなナティスを泣き笑いの様な表情でぎゅっと抱きしめて、離そうとはしなかった。
そして人々が眠りについた夜の間に、三人揃って町を出る事になる。
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