第4話 小さな相談相手
反対されるよりも先に、知らない内に協力されていたと知ったのは後になってからだったけれど、ロイトとティアが恋人同士になった時の周りの反応は祝福一色だった。
その歓迎っぷりに驚きはしたものの、聖女が魔王の隣に立つ事を、魔族達に拒絶されなかった事は素直に嬉しい。
言葉が通じないと思って、毎日の様に動物型の魔族達に赤裸々に語っていたティアの恋心が、全てロイトに筒抜けだったと知った時は、流石に恥ずかしかったけれど。
「貴方、怪我をしていない? どうしたの? 誰かにいじめられているの?」
『わふ』
「違う? もしかして遊びに夢中になっちゃうのかしら?」
『わーふ!』
「これも違う? うーん、言葉が通じないってこういう時ちょっと困るわね。いじめられているんじゃないのならいいけれど……怪我をしているのは間違いないもの。こっちへいらっしゃい、治してあげるわ」
『わふ?』
「うん、怖くない怖くない。私はね、ティアっていうの。よろしくね」
『わふ、わふ』
暇を持て余して魔王城内を散歩している途中で、中庭に座り込んでいた真っ白な子犬型の魔族がいくつも小さな傷を作っているのを見かねて、聖女の癒やしの力を使ったのが始まり。
魔族に対しても平等に力を使えた事にほっとしつつ、ゆっくりと傷を癒やしていく。
最初は警戒していた子犬型の魔族も、ティアの力が安全だと判断したのかいつの間にか懐いてくれていた。
それをきっかけとして中庭に赴くのが毎日の日課になり、いつしか怪我をした小動物型の魔族達がティアの傍に集まってくるようになった。
傷を治してあげた子が、次の日お礼に果物や花を持って来てくれたりもする。
ティアの噂が魔族の中で広まったのか、怪我をした中型や大型の魔族達まで集まってくるようになったのには驚いたけれど、皆暴れたりせずに大人しくティアの治療を受けてくれたし、元気になって帰っていくのを見るのは嬉しかった。
そうして魔族達の簡易診察所の様になった魔王城の中庭で、一番最初に出会って仲良しになった真っ白な子犬型の魔族は、怪我をした日もそうでない日も毎日の様にティアに会いに来てくれた。
言葉はわからないままだったけれど、いつも楽しそうに相づちを打ってくれるから、ティアは何となくその日の出来事や思っている事を語りかけるようになり、いつしかそれは恋の相談に変わっていった。
「聖女としてここに遣わされて来たのだけれど、魔王様は私に何もしなくていいと仰るの。行動も自由にさせてくれて、とても有り難いのだけど、何も出来ないのが申し訳なくて」
『わふ……?』
「もしかしたら、魔王様って恐ろしい方ではないのかもしれないわ」
『わふ』
「今日はね、魔王様が城下町を案内して下さったの! 私大きな町って初めてで、とっても楽しかった」
『わふー』
「お仕事が終わった後の朝だけでも、魔王様と一緒に食事をしてもらえないかお願いしてみたら、明日からご一緒出来ることになったの。だからって何か手伝えることが増えるわけでは無いのだけれど、私といる時だけは仕事のことを忘れて気を休めて貰えたら嬉しいなぁ」
『わふわふ』
「最近ね、魔王様といると嬉しくて楽しいのだけれど、何故かドキドキしてしまって落ち着かないの。私どうしちゃったのかしら?」
『わふぅ?』
「どうしよう、私……魔王様の事を好きになってしまったのかも。聖女が魔王に恋をするなんて、許される事じゃないわよね……」
『わふ! わふ!』
そうやってティアの言葉を聞き続けてくれた真っ白な子犬型の魔族が、実は高位の魔族の子供だった上にロイトと懇意であった為、ティアの言葉は通じないどころか全部理解されていて、しかもそのままロイトに伝わっていたと知ったのは随分後になってからだ。
そのお蔭でもあるのだろうか、誰より強く優しいが為に頼りにされるばかりのロイトから警戒が解け、ティアの傍でだけ徐々に気を抜いてくれている姿を見せてくれるようになった。
どこか甘えてくれる様にも感じて、嬉しくて幸せだった。
叶うはずのない想いが叶ってから一年。
幸せながらもなかなか進展しない関係に不安を抱き始めていたティアが十八歳になる誕生日、聖女として魔族の国に来てからちょうど二年目の今日。
ロイトは日付が変わるその瞬間から、魔王の仕事を休んでティアと一緒に過ごしてくれる約束をしてくれていた。
大事な仕事を休んでまでティアに時間を使ってくれるというその約束に、少しだけ期待が膨らむ。
「いらっしゃい、ロイト様!」
「ティア、誕生日おめでとう」
最初はその広さと与えられた事に驚きしかなかったのに、既にティアにとって寛げる空間になっている自室の扉を開くと、花束を抱えて微笑む愛しい人がそこに立っていた。
渡された花束は、魔族の国では見かけない昼間に咲く花の数々で驚く。
「ロイト様、これは……?」
「国境近くも随分安定してきたから、人間の国でこっそり買って来たんだ。太陽の様に明るい君には、日差しの下で咲く花の方が似合うとわかっているのに、もう君を解放してあげられそうにない。だから、せめて慰みになればと思って」
そっとティアの頬に添えられた手は優しい。それに慈しむ様に向けられた眼差しから、「もう」という言葉の持つ意味が、聖女だからではなく、恋人だから離したくないと言ってくれているのは明らかで、心がぽかぽかと温まる。
太陽みたいなのは、ロイトの方だ。
「ありがとうございます。お花も、そのお気持ちも凄く嬉しいです! でもねロイト様、私は元々太陽よりも月の方が好きなんです。それにロイト様が一生懸命治めているこの国が大好きですし、聖女としての役割がなくたって帰るつもりも、お傍を離れるつもりもありませんよ?」
こっそり内緒話をするように打ち明けると、ロイトは驚いた様に目を見開いて、そして嬉しそうに笑ってくれた。
「ありがとう」
「さぁ、入って下さい。今日は、ずっと一緒に居て下さるのでしょう?」
「もちろん、今日一日は絶対に君の傍を離れない」
「誰かが王様を頼りに来ても?」
「ティアが最優先だ」
「ふふ、嬉しいです。でも本当に王様の力が必要な時は、行って下さいね」
「…………検討はする」
嫌そうなロイトのその顔に、思わず笑みが零れる。
ロイトの頑張りのお蔭で、随分世界は安定してきているとは言え、長きに渡る激しい争いが早々簡単に収まるはずもなく、まだまだ小さな争いは絶えない。
魔族が有利な状況が安定して続いているが、緊急事態とは常に隣り合わせだ。
ほとんど休みのないロイトの貴重な一日を、ティアに使ってくれようとするその気持ちだけで、誕生日を迎えたこの時に傍に来てくれただけで、本当は十分だった。
ロイトはティアを悦ばせようと、色々と祝ってくれようとしてくれているのだろうが、どちらかといえばティアはここでゆっくりロイトを休ませてあげたい気持ちの方が大きい。
貰った花束を花瓶に生ける時間も惜しく、可愛いラッピングをされた花束は置くだけで華やかになる事がわかっていたら、寛いで貰おうとお茶とお菓子を用意していた大きめのテーブルに置くことで机上を飾る。
そのままティーポットに伸ばそうとした手は、するりと横から座っていて下さいと指示しておいたはずのロイトの手によって奪われて、そのままテーブルではなくベッドへと導かれた。
「ロイト様……?」
「ティア、大事な話がある」
ベッドの縁に二人で座ると、真剣な瞳がティアを真っ直ぐ捉えていた。
ベッドの上という場所と、いつもの穏やかな雰囲気とは違ったロイトの表情にドキドキしながら頷いたティアの掌の上に、ロイトの瞳と同じ碧色に輝く小さな石が乗せられた。
「これは?」
「俺の魔力を込めた魔石だ。これを飲み込めば、ゆっくり俺の魔力が身体中に染み込んで、人間であっても魔族と同じ時間の流れに乗ることが出来る」
「ロイト様、それって……」
「魔族になってしまう訳じゃない。でも、ティアの人間としての時間を奪うことに他ならない。よく考えて、選んで欲しい」
「私を貴方の寿命が尽きるその時まで、お傍に置いて下さるのですか?」
「俺の方が、この先一人残されるのが耐えられないんだ。我が儘だとはわかっている。それでも、ティアとずっと一緒に生きていきたい」
「考えるまでもありません」
にこりと笑ってロイトに渡された小さな石を口に運ぼうとするが、何故かそれはティアにそれを渡してくれたロイトによって止められてしまう。
簡単に答えを出した訳じゃない。ロイトと一緒に時を重ねていく事は、ティアも望んでいた事だから、どうして止めるのかと首を傾げた。
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