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歩きましょう。そう言われて、人気のない川原に移動した。移動の間も女性は話を続けた。
女医だという。夫も医師で子供が居る。家を新築したそうだ。浴びせるように情報を与え、社会的地位で圧倒しようとする。オマエなど何もできない小娘だ、と。
整った顔立ちだが、取り憑かれたように目は吊り上がり、般若の面を思わせた。
「アナタ、きれいな人ね。なにより若いわ。これから、いくらだって恋ができる。でも、ワタシにはケンしかいない。主人と別れたの。家庭を
女医が熱くなるほど、ワタシの躰は冷えていく。言葉は川風に乗って、冷えた躰を素通りしてゆく。
探偵でも雇ってワタシにたどり着いたのだろう。冷たくなった頭でそう考えた。
「主人はずっと浮気してた。シラを切るから証拠の写真を突きつけてやった」
ほうら、やっぱりそうだ。乗っていた車は探偵のものだろうか。
「裏切られたワタシの話を聞いて、ケンは涙を流したわ」
蜘蛛の糸が切れた。糸にかろうじて引っ掛かっていた未来が崩れて、ばらばら奈落へ落ちてゆく。
「アナタ、遊ばれて気の毒ね。ケンはモテるから、よくツマミ喰いするのよ。これで許してあげて」ブランドのイニシャルを
「いらない」ワタシははじめて口をきいた。「いま別れた」
女医は首を傾げる。
「今、あの人と別れた。そのこと、おばさんから伝えておいて。そのおカネもあの人にあげたら。あの人、おカネがたくさん要るんでしょ」
女医はポカンとワタシの顔を見ていた。宙ぶらりんの封筒はゆっくりバッグに戻る。「……そうなの。ケンは芸能界へ行くからね。プロモーションに、いくらあっても足りないそうよ。ワタシが支えるわ」
「お幸せに」それだけ言って背を向けた。
般若を置き去りにして、家と逆方向へ川原を歩いた。風が、
風って、こんなに気持よかったんだ。
薄い雲のむこうに太陽がにじんでいる。
躰と心を開いて、すべて与えたのだ。避妊も考えずに。
けれど、数日前、何事もなかったように生理はきた。
──神さま、ありがとう。
そう思ったら涙がこぼれた。
──ワタシ、もっと強くなります。
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