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 夢中になった。毎日のように求め合った。全身が恋に燃えた。ケンがすべてだと思った。ケンと一緒なら、裏道だろうが獣道だろうが、歩いてゆけると思った。

 ――だが、そんな有頂天の日々はひと月ほども続かなかった。

「流美に手を出すんじゃないよ。アレは秘蔵っ子なんだから」社長室から怒声が聞こえた。

 唖然としてドアの前で立ちつくした。

 社長に直談判しようと思った。ワタシは来年18歳になる。結婚できる年齢だ。ケンと愛し合っているのだと。

 ドアが開き、不機嫌な顔をしたケンが出てきた。ワタシを見て驚いたが、目を逸らして行ってしまった。

 ワタシは気づいた。ズボンのジッパーが中途までしか上がっていなかったことに。

 あわてたのか、怒っていたのか、ケンが半開きのままにしていったドア。そのむこうに源田社長の姿が見えた。

「なんだい流美、居たのかい」取って付けたように言う。ブラウスのボタンが外れ、ブラがのぞいていた。

 社長はあわてて窓の方へ向いた。

 放り投げられたショーツが、レザーのソファに載っていた。

 胸が早鐘を打つ。

 その場を急ぎ足で立ち去りながら、懸命に自分に言い聞かせた。

 ──男の人ってそんなものだ。

 ──社長に誘われたら、拒めるはずがない。

 けれど、自分へのどんな言い訳も虚しかった。それでもケンを信じた。信じたかった。

 蜘蛛の糸ほどに細くなった信頼。危うい糸に、未来という積み木が揺れながら載っていた。まるで綱渡りのように。

 そして、のぞみを託したその糸も、あっけなく断ち切れることになる──

 数日後、下校道で、シルバーのセダンがワタシを待っていた。

 後部座席のドアが開き、三十代半ばほどの女性が降車した。セダンはゆるりと発進して去った。

 女性は遮るように立ち、射すくめる視線がワタシを突き刺した。

「ケンと別れてちょうだい」女性はいきなりそう言った。

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