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     *


 謹慎明けの最初の日曜日、アネゴはボクと雪ちゃんを招いた。昼過ぎに彼女の家を訪ね、近くの公園でベンチに座った。

 滑り台で遊ぶ子供らの声がする。

 深いハナシは聞くべきじゃないと思い、女同士で話せばいいと言ったのだが、男子を代表して聞いてほしいとのことだ。聞いたうえで、いろんなウワサを判断してほしい。真実も伝わらず友だちに評価されるのはイヤだ──と。

 アネゴらしいいさぎよさだ。

「ワタシ、処女じゃないの」アネゴの口からいきなり衝撃の言葉が出た。

 ボクらは息を呑む。

 アネゴは一気に先を続けた。「相手はのケン。本気で恋をした。あの頃、ワタシは不安でいっぱいで、底なし沼に沈んでいくような気がしていた──」

     

     ***


 一年半前、二年生の春──

 中年オヤジが家に居座って何年も経っていた。母の内縁の夫というが、とても義父ちちなんて呼べなかった。

 オヤジの暴力に耐えかね、ワタシは自宅を不良たちの溜まり場にした。結果、オヤジの追い出しに成功する。だが、ツケが回って、不良連中とのつき合いはすっかり常態化していた。

 そんな荒んだ時期に出会ったのが源田社長だった。

 社長は一目でワタシを気に入った。器量がいいし気っ風もいい。そう言って褒めてくれた。

 アンタは稼げるよ。成人したら、店を一つ持たせてやる──前払金と称して結構な金額を渡され、学校の休みには、事務所や店でのアルバイトを頼まれた。

 ありがたかったのは、不良たちを遠ざけてくれたことだ。

 社長に従うしか選択肢がなかった。庇護下に居れば、ヤバい連中と距離が置ける。一方で、漠とした不安が胸に拡がった。ワタシはこのままを歩いてゆくのだろうか、と。

 疲れた母親と、まだ小学生の妹。家族を思うたび、が自分の人生なのかと覚悟した。

 ケンと出会った。クラブJOYの社員だった。長身で端正な顔だちの青年は、ハデなメッシュ髪に似合わず、とても礼儀正しくやさしかった。何でも相談にのってくれた。

 ある晩、仕事帰りに、一杯だけとお酒に誘われた。

 オーダーしてくれたのは、イチゴ色の甘いカクテルだった。

 照明を落としたバーの片隅。卓上に灯るオイルランプを見つめるうちに、家庭のハナシをしていた。他人に打ち明けるのは初めてだった。

 気がつくと、ケンの頬を涙が伝っていた。あかりが映えて、涙が暖色に光った。

 その夜、ワタシはケンに抱かれた。

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