・5-9 第61話 「その名は」
ケモミミの惑星。
その正体は、終末戦争によって滅び、再生した、地球だった。
それは衝撃的な事実ではあったが、———穣司たちの暮らしぶりにさほど変化はない。
仲間たちと一緒に畑を耕し、肥料をまいて、作物を育て、収穫する。
時折周囲を探索し、採集を行ったり、みんなで楽しく遊んだり。
最近流行っているのは、ボール遊びだった。
両手で抱えるくらいの大きさの球を、植物繊維を使って付加製造装置(3Dプリンター)で出力したものが大層喜ばれている。
「まぁ、あんまり深刻に考えても仕方ないし、な」
楽しそうに歓声をあげながら平原を走り回っているコハクたちの姿を眺めながら、すっかりプレッシャーから解き放たれてしまった穣司は微笑みながら肩をすくめていた。
ケンタウリ・ライナーⅥの乗客を、救え。
そのために、かつての仲間はみな、死んだ。
自分がやらなければ。
その使命感で必死に、これまでやって来た。
だが、そんなに頑張る必要などなかったのだ。
気がついたら五百年も経っていて、人類文明は滅亡し、地球は生まれ変わり、そして、肝心の乗客たちを乗せたケンタウリ・ライナーⅥの旅客区画も、無事に太陽系に到達してしまっている。
今のところ、注意しなければならないような脅威はない。
そこにいるのは、楽しそうにはしゃいでいる、もふもふもケモミミたちだけだ。
そんな世界で、いったい、何を焦る必要があるというのか?
のんびり、気ままに、スローにやって行けばいい。
幸いにして、野菜の供給不足という問題は解消されつつあった。
今では周囲に家も建って、穣司たちの農場は村になりつつある。
こうしてただ遊んで楽しむだけの時間も確保できるようになっていた。
課題としては、生き延びた十万人の乗客たちを、どうやって受け入れるか、ということがある。
理論上はもう五百年は動力炉が稼働を続け、冷凍睡眠を維持できるが、永遠ではない。
どこかで目覚めさせなければならないが、それは当然、十万人が生きていける環境でなければならない。
ひとつの都市に相当する人口を受け入れる体制を整える。
ひいては、人類文明を再興する基盤を作る。
穣司が果たさなければならない役割は、より重要性を増したと言っていい。
だが、あまり肩ひじを張る必要はない。
慌てなくても良いのだと分かったし、なにより、穣司はこの惑星で、一人きりなどではなかった。
「ジョウジ~っ!
こっちに来て、一緒に遊ぼうよ~っ! 」
ボールを手に、コハクが屈託のない笑顔で手を振って来る。
「ああ、すまんな!
もう少しでこっちの仕事が終わるから、そしたらな! 」
「え~っ!?
んもぅ! 待ってるからね~っ!
約束~っ! 」
しかし穣司は、その誘いを断った。
不満そうに頬を膨らませた後、一方的に約束を押しつけて来た柴犬耳の少女と、笑顔のハスジローやディルクの姿を眺めた後、視線を手元へと戻す。
「ねぇ、ジョウジ。
貴方、ここ何日かずっとそうしているけれど、なにをしているの? 」
その時、ボール遊びには加わらず、マイペースに木陰で昼寝をしていたヒメが顔をあげ、そうたずねて来る。
「ん~?
これはな……、と、説明するより、見てもらった方がいいだろう」
穣司は手を止めないまま答え、そして最後のネジをしめ終えると、携帯情報端末で脱出艇のAIを呼びだした。
「おい、AI。
聞こえるか? 」
≪はい、ジョウジ。
どのようなご用件でしょう? ≫
「な~に。お前に、ちょっとしたプレゼントがあってな」
≪プレゼント?
「ああ。
コイツを、お前にやるよ。
義体として使って欲しい」
そう言って指し示したのは、ここ何日もかけて改造してきた、パワードスーツ。
自律行動ができるようにコンピュータとシステムをアップグレードしたものだ。
もっとも、その中身は空っぽ。
なぜかと言えば、そこには脱出艇のAIに入ってもらうためだ。
≪
「そうだ。
お前も、もうオレたちの仲間だからな。
それで、こうやって体があって、一緒にあれやこれや出来たら、楽しいだろうなって思った。
ぜひ、受け取って欲しい」
≪……≫
AIは、すぐには返答をしなかった。
代わりに、足元に寝かされていた元パワードスーツ、今は義体となったものに、電源が入る。
AIはしばらくの間、感慨深そうに腕を動かしたり、追加された頭部ユニットのセンサー越しに周囲や自分の状況を確認したりしていた。
だがやがて、スピーカーを通して、ぽつりと言う。
「あの……、ジョウジ。
ありがとう、ございます。
その、なんと申し上げて良いのか……。
とても、嬉しい、です」
「ああ。これからもよろしくな! 」
穣司が満面の笑みでそう言うと、AIは小さくうなずいてみせる。
もし表情を再現する機能があったら、彼女はぎこちなく笑っていたことだろう。
「うん、いい。
すごく、いいと思うよ」
その様子を眺めていたヒメも、実に楽しそうに微笑んでいる。
「けれど、今までみたいにAIさん、だと、なんだか味気なくない? 」
「む……。
確かに、そうかもしれないな」
猫耳の少女に指摘されて、穣司は真顔になる。
脱出艇の管理AIに過ぎなかった存在には、これまで名前が存在し無かった。
なぜなら彼女は[道具]に過ぎなかったからだ。
ドライバーやハンマーに、わざわざ名前を付けてやる者は、ごく少数のモノ好きだけだろう。
だが、彼女には確かに人格が存在していた。
すでに一個の生命体と呼んで差し支えの無い、自律した知的生命体となっている。
だとすれば、名前が必要だろう。
いつまでもAI、では、味気ないというか。
仲間なのに、なんだか寂しいような気がする。
「そうだな……」
しばらく考え込んだ穣司は、ある名前を思い出していた。
それは、かつてこの惑星で栄えていた人類文明で語り継がれてきた、とある神話に登場するものの名だ。
ノアの箱舟。
かつて世界全体が洗い流される大洪水が起こった際に、ノアの一族と多くの動物種の生命を救い守ったとされる、舟。
それが、ふさわしい気がした。
なぜなら、彼女は穣司を救ってくれたから。
五百年間も孤独に耐えつつ、一心に守り続け、そして、この地球に再び人類文明を復興するチャンスを与えてくれた。
「ノア、っていうのは、どうだ?
お前は、オレを救ってくれた。
ケンタウリ・ライナーⅥの乗客を救うチャンスもくれた。
だから、ぴったりだと思うんだが」
「ノア……。
AIはそう呟くと、唐突に立ち上がり、両手を大きく空に向かって広げていた。
「
光栄です、穣司! 」
「ひ、ひぇ~っ!!!
しゃ、しゃべった~ぁっ!!! 」
その姿を目にして、今まで無邪気に遊んでいたコハクが飛びあがって驚く。
思わず、笑い声が沸き起こった。
こうして穣司の開拓団には、また一人、新たな仲間が加わった。
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