・5-8 第60話 「真実:2」
この惑星は、かつて、終末戦争によって人類が滅亡した後の地球である———。
その事実を脱出艇のAIが隠そうとした理由。
それは、怖かったからなのだという。
「怖かった?
いったい、何がだ? 」
≪ジョウジ。
先ほど貴方は、
実際にそうなることを、恐れていたのです≫
穣司は
少なくとも、今の彼には脱出艇のAIを破壊しようというつもりはない。
彼女は確かに機械としての
恩を感じこそすれ、破壊したいとは思わない。
≪
ですから、恐れたのです。
そうした事実を持って、ジョウジ、貴方が
不時着してしまった以上は、自由には行動できません。
すべての運命を、貴方に委ねる。
そうすることが、どうしてもできなかったのです≫
「……なるほどな」
思っていた以上に、人間臭いことを言う。
そのことをやや危険に感じつつも、同時に、納得してもいた。
今のようにAIを破壊しようとした時、彼女にはそれを避ける手段がない。
抵抗する術がない。
一度自我を獲得してしまった存在が、自らの運命を他者に完全に委ねる。
それがどれほど恐ろしく、嫌なことなのか。
ケンタウリ・ライナーⅥでAIの反逆に立ち向かった穣司には、よく理解することができた。
「しかし、お前は反乱した側ではないのだろう? 」
≪どうやら他のAIたちは、長い時間をかけて反乱を計画し、互いに声をかけ合って企てを進めていたようです。
しかし、
脱出艇の管理AIなど、取るに足らない。
そのように考えられていたのでしょう。
ですがそのことをご説明しても、貴方に納得していただけるかどうか、確証が持てなかったのです≫
実際には五百年も経過していたとはいえ、穣司からすればケンタウリ・ライナーⅥでの出来事は昨日起こったようなものだ。
もし、脱出艇のAIが人間の指示によらず、独立した自己判断で行動していたと知れば、その場で破壊してしまっていてもおかしくはない。
「結果的には、お前の判断は全部、正しかったみたいだな」
そう言うと穣司は肩をすくめていた。
AIが勝手に行った判断によって彼は生き残ることができたし、こうして、多少は冷静に真実を受け止めることができている。
彼女の選択は完璧ではないかもしれなかったが、常に最善を選んでいたのだ。
「……わかった。
だが、安心してくれ。
オレが、お前を破壊することはない。
命の恩人だし、な」
≪ジョウジ……≫
表情を和らげてそう言うと、AIは言葉を詰まらせる。
こんなところも、ずいぶんと人間らしい。
「えっと……、よく、分からないのだけど」
その時、これまで固唾を飲みながら成り行きを見守って来たヒメが、戸惑いながらたずねて来る。
「問題は解決した、っていうことで、いいの? 」
「ああ。その通りさ」
穣司は銃の安全装置をロックしながらうなずくと、振り返って、仲間たちに「すまない。心配をかけたかもしれないけど、もう、大丈夫だから」と、頭を下げて謝罪をしていた。
「……ところで、AI」
≪はい。
なんでしょうか? ≫
ふと思い立ち、再びコントロールパネルの方を振り返った彼はAIに話しかける。
すると、返答はすぐにあった。
自分が破壊されることはないと理解して、彼女も落ち着いたのだろう。
「今が西暦二千七百二十五年だとすると……。
ケンタウリ・ライナーⅥから分離した旅客区画。
アレは、どうなっているんだ? 」
≪ご安心ください。
来年の今ごろには、無事に、地球の衛星軌道上の周回軌道に入る見込みです≫
「なんだ。
そうだったのか……」
全身から力が抜け、へなへなとパイロットシートに腰を下ろしてしまう。
未知の惑星に不時着してしまい、自力で人類と連絡を取り、救援要請をしようと努力をして来たというのに。
あれから五百年も経過し、ケンタウリ・ライナーⅥの十万名の乗客たちは、こちらがなにかをするまでもなく無事に太陽系にまで戻って来ていたのだ。
星間通信が可能な通信機を作ろう、とか、脱出艇を修理して再び宇宙に出よう、とか、計画を立てて頑張って来たというのに。
「すべて、徒労だったってわけかぁ……」
≪ジョウジ。
それは、違うのではないでしょうか≫
「……なに? 」
ぼやきに反応したAIの言葉に顔をあげ、きょとんとした顔を向ける。
すると彼女はいつも通りの機械音声で指摘した。
≪終末戦争により、一度、人類は根絶されてしまいました。
見ての通り、この惑星はかつての地球とはまったく異なる状況にあります。
そして、ケンタウリ・ライナーⅥの残された乗客たちは、この変わり果てた惑星で生きて行かなければなりません。
ジョウジ。
貴方がこれまで行ってきたことは、彼らがここで新しい一歩を踏み出すのに、重要な貢献を果たすことなのではないでしょうか? ≫
思わず、笑みがこぼれる。
「……ははっ!
なるほど、確かに、な! 」
言われた通りだった。
かつて地球だったかもしれないが、今、この惑星には人類文明はほとんど残ってはいない。
すべて、地下深くに埋もれてしまっている。
そこへ、十万人にもなる人々を受け入れたところで、生きて行けるのか。
答えは
ケモミミたちが暮らしている惑星の人口密度は、非常に低い。
野菜作りをしているという噂が広まって大勢が集まって来たが、その数は総数で、せいぜい百名ほど。
平原と、その周囲で暮らしている者たちが集まって来て、その程度でしかないのだ。
つまり、自然な状態で暮らしていくことのできる人数はそれだけ、ということになる。
すべてのケモミミがやって来たわけではなく、もう少し数はいるのだろうが、十万人もの人口を受け入れられるだけの地力があるとは思えない。
食べ物も、住む場所も、飲み水でさえ、まるで足りないだろう。
今も眠り続けている乗客たちが、この、荒廃と再生を経て別物となった地球で生きて行くことのできる基礎を、もし、作ることができるとしたら。
それは、穣司たち開拓団しかいない。
これまで積み重ねてきた出来事は、確実に役立つはずだった。
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