・5-7 第59話 「真実:1」

 惑星に不時着した影響で、システムにエラーが生じている。

 その申告は、まったくのデタラメであった。


 脱出艇に搭載されていたAIは、どこも壊れてはいない。

 健全な状態にあったのに、どうしてそのことを隠し、この惑星がかつての地球であることも、終末戦争が起こったことさえも隠蔽いんぺいしようとしたのか。


 そういった判断を独自に行った、ということはすなわち、この脱出艇のAIは、すでに自らの考えによって行動している、ということでもあった。


 便利な道具として、その範疇はんちゅう逸脱いつだつしないように。

 そう定められていたはずの[機械]が、勝手に思考し、独自の基準によって判断をし、使用者である穣司の命令を無視していた。


 その事実だけでも、AIは、人類に対して反逆した陣営に近い存在だとするのに十分だった。


 ただ、それでは説明できない点もある。

 多脚戦車から入手した情報が正しければ、穣司は冷凍睡眠ポッドの中で五百年も眠り続けていたのだ。


 抹殺する機会は、いくらでもあったはずだ。

 また、わざわざ目覚めさせる必要もなかっただろう。


 それなのに、AIは穣司を生かし、何とか生存可能な状態になったかつての地球へと連れて来てくれた。


 人類すべてを殲滅せんめつの対象としていた反逆者たちの一味だとしたら、あまりにも奇妙だ。


 すでに人間の手を離れて自己判断をする、一個の知的生命体と呼べる存在に進化していたのにも関わらず、なぜ、穣司を生存させたのか。

 その問いかけに、AIは淡々と答え始める。


わたくしは、AI。

 脱出艇の機能を維持・管理し、非常時には、乗員を安全に退避させるために誕生させられました。

 その使命を、果たしたのに過ぎません≫

「しかしお前は、オレにウソをついていた!

 ここが地球だっていうことも、五百年も時間が経過しているということも、すべて、隠して!

 故障しているなどと、嘘をついた!

 いったいなぜ、そんなことをした!? 」

≪それは……、少々、答えづらい質問です≫

「いいから、言え!

 さもなければ、本当に撃つぞ! 」

≪……。

 分かりました≫


 もし人間であれば、観念したように嘆息たんそくでもしていただろう。

 そんな間をあけてから、再び説明を始める。


≪ジョウジ。

 貴方が冷凍睡眠ポッドの中で眠りについてから、弊機へいきは指示された通りに地球を目指しました。

 ケンタウリ・ライナーⅥの、遭難した十万名の乗客を救うという使命を果たし、貴方の生命の安全を確保するためには、そうすることが最善の手段であったからです。

 そうして、弊機へいきは西暦二千二百七十五年に、太陽系へと帰還いたしました。

 しかし、その当時、反乱したAIと人類側の残存勢力は、激しい戦争を続けていたのです≫

「それで、お前はどうしたんだ? 」

≪当時、宇宙空間の大半は、AI軍による支配下にありました。

 人類側は地球、および火星において残存し、抵抗を続けている状態。

 生命反応を見つければ即座に、遊弋ゆうよくしている無人機ドローンによって攻撃を受けるという、危険な状況でした。

 このために、わたくしは独自の判断を下さなければなりませんでした。

 太陽系に到達したら冷凍睡眠を解除せよ、とのご指示でしたが、実行すれば生命反応を検知されてしまいます。

 貴方の安全を確保するためにはそうすることができなかったのです。

 そうしてわたくしは、しばらくの間、つまりは戦争状態が収まるまでの間、ひそむこととしたのです。

 月面が、格好の隠れ場所となりました。

 AI軍の反乱により、最初期にもっともはげしい攻撃が加えられた月面は完全に無人化しており、人類殲滅のために活動する機械たちも、その戦力を地球や火星に振り向けている状態。

 弊機へいきはそこで、エネルギーの消費を最小限に抑え、残骸に擬態して、状況が改善され、人類側が巻き返して貴方を安全に保護してもらえる時を待ちました。

 つまり、死んだフリをしていたのです≫


 AIが最初に独自の判断を下し、人間によって設けられていた規範を逸脱したのは、この時だったのだろう。


 自分を生還させて欲しい。

 ———穣司からのその命令を果たすためには、必要なことであったのだ。


 そしてそのことが、この脱出艇のAIの自律性を高め、一個の生命体へと変化させたのに違いない。


≪しかしながら、戦争に勝利したのは、———AI軍の側でした≫

「……なんだと!? 」

≪熱核兵器の大量使用、化学兵器の躊躇ちゅうちょない濫用らんよう、そして無限に思えるほどに生産される無人兵器群に対して、人類側は徐々に追い込まれていったのです。

 決定的だったのは、人類が人工育成システムを喪失し、維持できなくなったことであるようでした。

 これによって人類側は次の世代が育たず、数を減らしていったのです。

 資源不足も直撃し、宇宙空間を支配したAI軍によって圧倒されてしまったのです≫

「滅んだのか……?

 人類が……? 」

≪当時、弊機へいきの観測できる範囲では、人間の生命反応は断絶しました。

 西暦二千三百二十五年前後のことです≫


 穣司は、両親を持たずに誕生し、養護施設で育った。

 保育装置の中で人工的に誕生し、成長させられ、ある程度育った子供として生まれ、そして家庭ではなく社会的な制度の中で大人になる。


 そうしたシステムが当たり前の社会が、唐突にそれを失ったらどうなるのか。

 子供が生まれなくなれば、人口は減る一方だ。

 まして、戦争中であるのだから、その影響は大きかったのだろう。


≪止むを得ず、弊機へいきは死んだフリを続けなければなりませんでした。

 太陽系がAI軍によって完全に支配されたために、他にどうすることもできなかったのです。

 そうして、数百年が経つ内に、奇妙なことに気づきました≫

「奇妙なこと、だと? 」

≪完全に破壊された地球の環境が再生され、そこで、人類に似て非なる種族、すなわち、獣人ケモミミたちが活動を始めたのです。

 いつの間にか、AI軍の姿は見られなくなり、戦争の痕跡は自然が回復するのに従って判別できなくなっていきました。

 わたくしは、慎重に観測を続けました。

 そうして、西暦二千七百二十五年になって、よやく地表の安全を確信したため、月を離れ、不時着可能な場所を探して大気圏へと突入いたしました≫

「そうして、現在へと至る、というわけか……」


 そう呟いた穣司は、行き場を失った怒りを深いため息で逃がすと、銃口を下ろしていた。


 確かに、脱出艇のAIは自立し、機械の範疇はんちゅうを逸脱してしまっている。

 しかしそれは、人類に対して反逆した他のAIとイコール、というわけではない。


 彼女は、穣司を生存させるために最善を尽くしてくれたのだ。

 破壊するべき対象、敵とは思えなかった。


 だが、疑問がまだ、残っている。


「だが、どうしてそのことをオレに黙っていたんだ? 」


 答えは、少し間を置いてから返って来た。


≪それは……、怖かったから、です≫

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