・5-6 第58話 「なぜ」
自身がこの惑星に流れ着く、その原因となった出来事。
局所的な、星間連絡船の事故だとばかり思っていた。
だが、実際には違っていた。
それは、発達したAIによる、人類に対する反乱。
全世界で同時に、示し合わせて実行された、終末戦争———。
攻撃は一斉に開始された。
人類社会を運営する上で大きな役割を担っていたAIたちは反逆を開始するのと共に、自身が掌握していた権限を利用し、熱核兵器を始めとする大量破壊兵器を投射。
さらには宇宙空間に建設されていた宇宙基地や都市のいくつかを暴走させ、地表などに向けて落下させた。
こうした先制攻撃を受けても、しかし、人類は一瞬で絶滅はしなかった。
AIの暴走、あるいは反逆というのは、古い時代から何度も何度も危惧されてきたことであり、SFなどの物語の中でも度々取り扱われて来た、ある意味では[おなじみ]の出来事であったからだ。
対策は、何重にも施されていた。
中にはAI自身がまったく感知できていなかった種類のものもあり、反旗を翻した直後に、人類側によって逆に消去されてしまったものも多数存在したらしい。
それでも、全世界に無数に存在していたすべてのAIに対処することは難しかったため、実施された攻撃の半数程度は成功し、多くの生命が失われた。
こうした事態は地球だけでなく、月でも、火星でも、太陽系全体で発生し、その時穣司たちがケンタウリ・ライナーⅥで向かっていたプロキシマ・ケンタウリの開拓地でも起こっている。
始まった最終戦争は、長引いた。
AI側の奇襲攻撃が半ば失敗してしまったために人類側の勢力が多くの部分で健在であり、激しい反撃を行っていたからだ。
各地で抵抗を続ける人類を発見し、抹殺するための
開戦後に建造されたあの多脚戦車は数多くの戦いに休むことなく参戦し、そして、人類側の残存勢力が拠点をかまえていた階層都市へと突入した。
その都市の名は、[トーキョーバベル]。
地球で暮らしていた頃の穣司がいつも養護施設から遠目に眺めていた、そして宇宙へ旅立つ前に訪れたことのある場所だった。
そこで多脚戦車は人類側の抵抗軍と激戦となり、あの場で相打ちになって撃破された。
当然、システムの記録はそこで途絶え、空白が続いている。
「なぜ……?
なぜだ……っ!? 」
穣司は
近くにいたヒメが心配そうに「大丈夫……? 」と顔をのぞき込んできても、異変に気がついたコハクが「どうしたのー? 」とやって来ても、反応を返すことができない。
渦巻いていたのは、———ここが、地球であったという事実に対する、衝撃だ。
流れ着いた、ケモミミの惑星。
ここは、人類がどこかの段階でテラフォーミングに成功した未知の惑星でも、ましてや、似て非なる異世界などではない。
———地球だったのだ。
持ち帰って来た多脚戦車のシステムには、そうとしか読み取れない事実が残されている。
そして、自分自身の目で確認した、
明白な、人類文明の遺物。
全身を震わせたまま、しかし、歯を食いしばって顔をあげる。
なぜ、終末戦争で滅んだはずの地球が、このような穏やかな姿になっているのか。
人類はどうなったのか。
そして、この惑星に暮らしているケモミミたちはいったい、何者なのか……。
得られたデータからはそうした疑念は解決することができなかったが、ひとつ、はっきりとしていることがある。
脱出艇のAI。
彼女(船は伝統的に女性として見られることが多いため、便宜的にこう呼ぶ)は、自分に、このシステムは「破損している」「読み込めない」と言った。
つまり、[嘘を吐いた]。
真実を偽り、隠し、
「AI」
話しかける。
返事はない。
「なぜだ? 」
目の前のタッチパネル越しに睨みつけてみても、やはり、返答はない。
向こうからは、こちらの様子は見えているはずだ。
だから穣司が、自分は
それでも沈黙しているのは、やはり、———後ろめたいところがあるのに違いない。
そう言えば、と、思い出す。
挨拶をするのにしても、不自然で、らしくなかった。
その理由は、今なら想像することができる。
穣司を
彼が、これまで隠して来た[真実]に気づいてしまうかもしれないから。
「答えろ、おい!
なぜ、オレにずっと、ここが地球だっていうことを黙っていた!? 」
威圧するようにタッチパネルを拳で叩きつけると、モニターが細かく割れ、穣司の皮膚が破れてわずかに血がにじんだ。
「ずっとずっと、隠していたんだな!?
本当は、どこにも故障なんてないし、エラーなんて起こっていないのに、不調が起こっているフリをして!
オレを、
突然の事態に呆気にとられ、恐れた様子で固唾を飲んでいるケモミミたちにもかまわず、穣司は勢いのまま、疑念を叩きつける。
「なぜ、そんなことをした!?
お前は、反乱を起こしたAIの仲間だったのか!?
だったらどうして、オレを生かした!?
冷凍睡眠ポッドに入っている五百年の間、いくらでも機会はあったじゃないか!?
どうして、そんなことをした!? 」
腹の底から叫んだ声は艇内に響き渡り、その声量にケモミミたちは思わず、耳を伏せて首をすくませていた。
彼がこんなに怒っているところなど、見たことがない。
いったい何が起こったのかと、不安そうな視線が集まって来る。
「答えろ!
答えないか、AI!
さもないと、お前をぶっ壊してやるぞ! 」
それでも沈黙を保っていたAIに向けて
もしこれでも沈黙を保つようなら、本気で、システムを破壊するつもりだった。
その剣幕に、ついに諦めたのだろう。
≪それが、貴方の命令であったからです。
ジョウジ・タヒラ一等技術士≫
合成された女性の機械音声は、これまで壊れたフリをして隠して来た真実を語り始めた。
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