・5-2 第54話 「過去との対決」

 危険は無いと、そう思い込んでいた。


 この惑星は、のどかで、牧歌的な場所。

 人畜無害な獣人ケモミミたちが、自由気ままに暮らしている。


 そんな世界に、どんな危険が潜んでいるというのだろうか?


 だが、違ったのだ。

 ソレは地中深くに埋もれ、深い森によって覆い隠されていただけ。

 危険はずっと、眠っていた。


 いったい、どれほどの年月をここで過ごしたのだろうか。

 過去の世界の遺物、おそらくはこの遺跡ダンジョンを破壊し尽くすことに貢献したもののひとつが再び目を覚まし、何も知らずにいた柴犬耳の少女をさらった。


「コハクっ!!! 」


 叫び、多脚戦車に向かってたどたどしく銃を構える。


 ———我が軍の兵器は、バカでも扱うことができる。

 コレを渡して来た軍曹は冗談めかしてそう言っていたが、実際のところ仕組みは単純だ。


 安全装置を解除し、狙いを定め、引き金を引く。

 後は高出力のレーザーが相手を貫いてくれる。


「コハクッ! 無事かっ!? 」


 引き金が固いことに気づき、慌てて安全装置を解除しながら、頭上高くまでアームで連れ去られてしまった少女に問いかける。

 とにかく、彼女の無事な声が聞きたかった。


「うん! わたしは、平気!

 だけど……、このっ!

 抜け出せそうにないよ! 」

「わかった!

 じっとしていてくれ! すぐに助ける! 」


 コハクは生きている。

 まだ助け出すことができる。


 それを確認すると、穣司はあらためて狙いを定め、引き金を引いていた。


 多脚戦車は装甲で全体をくまなく守られているから、本来であれば対人用の兵器である小銃など通用しない。

 しかし過去の戦闘の結果か、長い年月を放置されたことによる風化の結果か、あちこちに欠損が生じていた。


 そこを狙って、撃つ。


 ———命中率が悪い。

 専門の訓練をしたことがない素人が扱っているのだ。

 的は大きいはずなのに外れたり、装甲に阻まれてしまったり。


 だが、何発かは確実に命中していた。

 装甲鈑が剥がれ落ちてできた穴にレーザーが飛び込み、火花が生じる。


 残念ながら、大したダメージは与えられていないようだった。

 対人用兵器の出力では、絶対的に威力が足りていない。


「……いかん! 」


 それでも他に手立てがなく、エネルギー切れになるまで撃ち続けようとしていた穣司だったが、多脚戦車の砲塔がゆっくりと旋回し、その砲口が自分の方へ向くのを見て額に冷や汗を浮かべていた。


 咄嗟に回避行動をとるのと、ドカン! という破裂音が響くのは同時だ。


「……っ!

 げほっ、ごほっ!

 た、助かった、のか? 」


 横に大きく飛んで伏せた穣司は、あたりに漂う土埃でむせながら自身の状態を確かめる。

 無傷だった。


 あの至近距離で砲弾を発射されて、こんなことはあり得ない。

 戸惑いながら顔をあげると、その理由が分かった。


「暴発か!

 ……そりゃ、そうだよな。見るからに古そうだったもんな」


 こちらへ向けられていた多脚戦車の大砲が、バナナの皮をいたようになっている。

 穣司に向かって攻撃しようとしたが、砲弾は砲口を飛び出す前に内部で爆発するか詰まってしまったのだろう。


「コハク! 大丈夫か!? 」

「……うん! なんとかっ!

 でも、耳がきーんっって、するぅっ! 」


 心配になって声をかけると、爆発の影響で少し煤けてしまったコハクから反応が返って来る。

 破片の類は彼女の方には飛んでいかなかったらしい。


 そのことにほっとしつつ、少し冷静さを取り戻した穣司は考え込む。


(どうすれば……!

 どうすれば、コハクを助けられる!? )


 相手は旧世界の軍事兵器。

 そのことに驚き、恐怖を抱いていたが、その戦闘力は思ったほどではない。


 過去の戦いで負ったダメージの影響か、それとも長い間放置されていたせいか。

 脅威の破壊力を発揮したであろう戦闘マシンは、多くの機能を喪失している。


 うまくすれば、きっと、コハクを無事に救助することができるはずだった。


「ぬっ!? 」


 その時穣司は、多脚戦車が自身の身体をきしませながら、脚を振りあげるのに気づいていた。


 武器の使用ができなくなってしまったから、直接、踏み潰そうとでも言うのだろう。

 巨大な金属の塊が振り下ろされる。


「思ったよりは動きが遅いな……

 やはり、本調子じゃない」


 その攻撃は、あっさりと回避できた。

 当たればぺちゃんこにされてしまうが、その速度は意外とゆっくりで、軌道を見極めれば避けることは簡単だ。


「ジョウジさん! 」

「おお、ハスジローさん! 」


 振り下ろした衝撃でどこかの機構にさらなるダメージが入ったのか、身動きが取れずに身体を震わせている多脚戦車を睨みつけて攻略の糸口を探していると、隣にハスジローが駆けつけて来る。


「くそっ、コハク!

 ———おいらに、何かできることは!? 」

「あの多脚戦車の上に飛び乗れるか? 」

「上に? ……たぶん! 」

「なら、タイミングを見てやってくれ!

 そしたら、上の方、あの顔みたいに見えるところの、後ろ側を思いっきり鉄パイプで殴るんだ。

 そこに、制御コンピュータがある!

 うまくすればそれで動きが止まるはずだ! 」

「せいぎょ……、なに?

 と、とにかく、わかった! 」

「頼むぜ、ハスジローさん!

 オレは、アイツの動きを引き付ける! 」


 直接扱ったことはなかったが、多脚戦車のどこに制御ユニットがあるのかは分かっていた。

 かつて太陽系内の航路で貨物輸送に従事していた時に同系統の兵器を運搬したことがあり、その際に好奇心からデータを盗み見、いや、偶然目にする機会があったからだ。


「そうら! こっちだ!

 こっちを狙え! 」


 叫びながら前に出て、流れ弾でコハクを傷つけることが無いように注意をしつつ多脚戦車を銃で撃って威嚇いかくする。


 するとそれに反応して、緩慢かんまんな動きではあったがまた脚が振りあげられ、攻撃を続ける穣司に向かって振り下ろして来た。


「……今だ! ハスジローさん! 」


 それを横に転がって避けながら、タイミングが訪れたことを知らせる。


「おおおおおおっ!!! 」


 その瞬間、ハスジローは雄叫びをあげ、弾かれたように駆け出した。

 穣司を踏み潰そうと振り下ろされ、その勢いで地面にめり込んで引き抜けなくなった機械の脚を素早くよじ登り、「兄さん! がんばってーっ! 」というコハクからの声援を受けつつ登頂。


「くらえっ! 」


 素早く多脚戦車の頭部、車体上部に設置されているセンサーの集合体の背後に回り込むと、力の限り鉄パイプを叩きつけていた。


 戦車はなんとかハスジローを振り払おうと身体を震わせ、傾ける。

 しかし獣人ケモミミはその膂力りょりょくでしっかりとしがみつき、離れない。


「いい加減にっ、止まれっ!!! 」


 悪あがきをする相手に、ハスジローは鉄パイプを勢いよく突き込んだ。


 すると、突き破られた回路から一瞬、激しい放電が走る。

 だがそれが収まった瞬間、多脚戦車は全身から金属をきしませる不快な音を発しながら、ゆっくりと地面に沈み込んで行った。


「……ふぅ。なんとか、なったみたいだな」


 今度こそ、あの旧世界の兵器は沈黙した。

 そのことを理解した穣司は、立ち上がりながら深々と溜息をついていた。

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